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アレクサンドロス聖女王国

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 アレクサンドロス聖女王国には、絶世の美少女がいる。
 真っ白な長い髪、真っ赤な瞳、彫刻のような顔立ち……この世の者ものとは思えない、神が作り出した奇跡の存在である。
 その人物こそ、アレクサンドロス聖女王国の女王。アナスタシアだ。
 聖女の頂点。最上の者。世界の覇者。
 アレクサンドロス聖女王国に住む女性は、アナスタシアをあがめた。
 アレクサンドロス聖女王国に住む男性は、恐れひれ伏した。
 そんなアナスタシアは、王城の庭園を一人歩いていた。

「…………ふぅ」

 庭園を歩きながら、小さくため息を吐く。
 表情に陰りが見えたのは、つい先ほど入った報告のせいだ。

「……神の子」

 神の子セイヤ。
 聖女を見限ったヤルダバオトが残した、聖女の希望。
 セイヤがいないと、もう聖女は生まれない。
 アナスタシアは、セイヤを客人として迎えるため・・・・・・・・・・に迎えを出したのだが、かつての同士アスタルテが迎えをすべて返り討ちにしてしまった。
 それだけじゃない。聖女村の長クリシュナが、セイヤを捕獲・・すべく聖女たちを引き連れ戦い……圧倒的な敗北をしたとの報告も入った。
 さらに、セイヤはバルバトス帝国へ渡ったとの報告も。

「……愚かな」

 アナスタシアは、頭を抱える。
 聞けば、セイヤの聖女村での待遇も劣悪なものだったと聞く。
 確かに、聖女の胎から『男』が生まれれば、忌み子と捉えてしまうのも無理はない。しかし、なぜ聖女王国に報告を怠ったのか……それは間違いなく失敗だった。
 おかげで、セイヤは聖女を恨んで憎み、師であるアスタルテを殺された恨みを一生忘れることはないだろう。どんな待遇で呼ぼうとしても、跳ねのけられるのがオチだ。
 
「でも、このままじゃ……」

 もし、セイヤがバルバトス帝国と手を組んだら。
 表面では敵対していないが、水面下では互いにけん制を繰り返している。数年、数十年後には戦争になる可能性だってなくはない。
 アレクサンドロス聖女王国には、もう聖女が生まれない。
 バルバトス帝国とセイヤが手を組めば、戦力がひっくり返される。
 男の国バルバトス。純粋な『武』の力で聖女に匹敵する軍事国家……聖女というアドバンテージがなくなれば、敗北は間違いない。

「なんとか、しないと……」

 それに、アナスタシアは思うところがあった。
 アナスタシアは十五歳と若い。だけど、その生まれは特殊だった。
 アナスタシアは、セイヤが生まれると同時に生まれ落ちた聖女なのだ。ヤルダバオトが自らの手で取り上げた奇跡の子。
 その時、ヤルダバオトはこう残した。

『この子はアナスタシア。聖女の未来を担う子だ』

 アナスタシアは、生まれながらにして女王だった。
 そして、セイヤが生まれたことを知り、アナスタシアは理解した。
 ヤルダバオトが聖女をもう作らないこと、聖女の未来を担うのは自分だということ、そして……セイヤの存在が、アナスタシアの未来を決めた。

「私は……聖女の未来を担う。セイヤに会わないといけない」

 庭園を歩きながら、アナスタシアは考えていた。
 聖女の未来を担う。
 聖女はもう生まれないなら、これからの未来は自分が決めなくてはならない。
 そのために、アナスタシアはセイヤに会わなければならない。
 そして……アナスタシアは決めていた。

「未来を担う、子を作らないと」

 アナスタシアは、会ったことのないセイヤの子を欲していた。

 ◇◇◇◇◇◇

 庭園を歩いていると、アナスタシアの前に一人の女の子が現れた。

「お姉ちゃん♪」
「クレッセンド……お姉ちゃんはよしなさい」
「いいじゃん、二人きりだし」

 クレッセンド。
 アナスタシアと同じ聖女の胎から生まれた妹で、アナスタシアと同じ髪色と目を持つ少女だ。
 彼女は、聖女神教のトップでもある。
 護衛もつけず、王城の中庭を歩き回り、姉のアナスタシアの前に現れることは何度もあった。
 まだ十四と若いから仕方ない。儀式や祈りを捧げるときはあんなに大人っぽいのに……と、アナスタシアは苦笑する。
 クレッセンドはアナスタシアに抱きつき、にししと笑う。

「まーた神の子のこと考えてるんでしょ?」
「ええ……」
「ったく。うちの大司祭も捕獲だの連行だのうるさいのよ。ヤルダバオト様がもう聖女を作らないからって、みーんな焦ってるみたい」
「仕方ないわ……今までは聖女の力があったから、バルバトス帝国が手を出してくることはなかった。でも、その恩恵が失われ、セイヤがこの国を見限って出ていったのなら、だれしも焦るわ」
「お姉ちゃんも?」
「ええ……でも、私は……帝国の進行とか、そんなことじゃない。聖女の未来のためにセイヤが必要なの」
「ふーん。帝国はいいの?」
「そういうわけじゃないわ……私の代で和平条約を結べればとは考えているけど」
「そっかー……あのさ、バルバトス帝国にも聖女いるでしょ? ヤルダバオト様の『見限り』は全聖女に伝わってるし、聖女が生まれなくなったこともあっちは知ってるはず。ここで和平交渉なんてしても、あっちは『聖女王国が逃げた』って思うんじゃない?」
「それでも、争って双方が傷付くよりましよ。それと、できればセイヤに戻ってもらって、共に国を盛り立てて欲しいと思ってるの」
「わお! それって……旦那様?」
「ええ。夫に向かえたいわ。それが、私の役目だと思うし……それに、会ってみたい」

 クレッセンドは、にんまり笑う。

「じゃあさ、会いに行く?」
「え?」
「お姉ちゃんの旦那様に会うの。ふふ、私の『神眼プロヴィデンス』なら、神の子がどこにいるかわかるよ?」
「駄目よ。あなたの魔法は身体への負担が大きい……そんなことのために」
「ちょっとだけなら平気だって。お姉ちゃんの『世界ザワールド』なら、一瞬で行き来できるし」
「魔法を私的なことで使うのは……」
「頭硬い!! ああもう……」

 クレッセンドは頭を抱えた。

 ◇◇◇◇◇◇

 聖女神教・大神殿。
 神殿地下には秘密の部屋があり、ここを知る者は三人の大司祭だけ。
 秘密の部屋には、三人の聖女が密会を行っていた。

「このままではまずいぞ……」

 そう言ったのは、大司祭アウローラ。
 ヤルダバオトの『見限り』をその場で見ていた聖女だ。

「セイヤ。神の子……バルバトス帝国に行ったようだね」

 そう言ったのは、大司祭ヘルミーネ。
 蛇のような緑色の髪がユラユラにょろにょろと動いた。

「どうする? バルバトス帝国側に付いたらめんどくさいよ?」

 最後の一人、大司祭フェアリーが言った。
 まだ子供だが、聖女神教でもトップクラスの実力者だ。
 アウローラは、二人に告げる。

「私の意見を述べる……ヤルダバオト様はセイヤにこの世界の希望を託した。つまり……セイヤがいなければ希望は潰えるということだ」
「で?……捕まえるのかい?」
「ヘルミーネ……そうじゃない。希望が潰えれば、ヤルダバオト様が現れるかもしれない。いくらこの世界を、聖女を見限ったとしても、最後に残した希望が潰えればきっとお手をお貸し下さるはず。ヤルダバオト様が再びこの世界に降り立ったら……」
「お、降り立ったら?」
 
 フェアリーが、ごくりと唾を飲みこむ。
 ヘルミーネは興味津々と続きを待つ。
 アウローラは、力強く言った。

「ヤルダバオト様が降り立ったら……捕らえるのだ」

 アウローラは、本気だった。
 希望が潰えればまた現れる。そんな僅かな可能性にすがっていた。
 つまり、セイヤは不要。

「セイヤを始末する」

 アウローラは続ける。

「クリシュナ、かつての無敵聖女も歳には勝てない。なら……現役の無敵聖女をぶつけ、確実に始末する。それと、念には念を入れた……」

 アウローラが指を鳴らすと、秘密の部屋のドアが開く。
 部屋に入ってきたのは二人。
 一人は青髪のポニーテールで、腰に『刀』を差している。
 もう一人は黒髪の少女……まだ十四歳ほどだ。
 ヘルミーネは思わず言う。

「『夜刀ノ神ヤトノカミ』の聖女ミカボシ……」

 腰に刀を差した少女は、現在世界最強の聖女だった。
 アウローラがこれほど本気になるとは思っていなかったヘルミーネ。そして、もう一人に見覚えがないのか、フェアリーが聞く。

「あれ、そっちの子は誰?」
「見てわからない?……最強の聖女の相方なら、最強の戦闘種族しかいないでしょう?」
「……っ」

 どこか軽い調子のフェアリーも、アウローラの言葉に固まった。

「お……『鬼夜叉オーガ』って……アウローラ、マジ?」
「本気よ。この二人ならセイヤを確実に始末できる……ふふ、ヤルダバオト様をもう一度ここへ……待っていてくださいね……」
「「…………」」

 ヘルミーネとフェアリーは、アウローラの目が黒く濁っていることにようやく気が付いた。
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