上 下
35 / 57

アナスタシアとクレッセンド

しおりを挟む
 アナスタシアとクレッセンドは、町娘っぽい服に着替えて国境の町にいた。
 町の入口から少し離れた藪の中で、二人はコソコソしている。
 
「というわけで、到着しました!!」
「あぁ……魔法を私的なことに使うなんて……申し訳ございません、ヤルダバオト様」
「ほんっと硬いなぁ……ってか、聖女の魔法なんて使ってナンボでしょ」
「……あなたはお気楽でいいわね」

 あまり似ていない姉妹とよく言われる。
 片や、アレクサンドロス聖女王国の女王。片や、聖女神教のトップである枢機卿だ。
 同じ聖女の胎から生まれた姉妹は、セイヤを探してここまで来た。
 
「……はぁ、仕方ないわね。場所はわかるの?」
「んー、ちょっとだけしか『視れ』なかったからよくわかんないけど、バルバトス領土の山を越えて近くの町に入ったのを見たよ」
「そう。とにかく、他の聖女に見られるのはまずいわね……公務もあるし、早く戻らないと」
「だいじょーぶだって。お姉ちゃん、『心ナキ天使ドッペルゲンガー』置いてきたんでしょ?」
「まぁね。でも、大司祭クラスの聖女なら違和感を感じるかも」

 アナスタシアの魔法は『世界ザワールド』。
 この世界を創る魔法という大規模なもので、アナスタシアが望んだことを実現できる。
 肉の塊に仮の命を吹き込み、『アナスタシア』と『クレッセンド』を演じさせているが、あまり長く留守にするわけにはいかない。
 それに、『世界』は身体の負担が大きい。

「とりあえず、観光でもしよっか!」
「…………何を言ってるの?」
「いいから! 姉妹の時間なんてあんまりなかったでしょ? お姉ちゃん、変装して変装! あたしもね!」
「……はぁ、仕方ないわね」

 アナスタシアがそっと手を振ると、二人の姿が変わる。
 アナスタシアの長い銀髪は茶色くなり、クレッセンドの金髪が黒く染まる。
 これなら、旅の町娘にしか見えないだろう。少なくとも聖女には見えない。

「おっし! お姉ちゃんお姉ちゃん、町で美味しいもの食べよ!」
「クレッセンド……あのね」
「あ、その名前はダメ。クレッセンド……んー、クリスって呼んで。あたしは旅の娘クリス! お姉ちゃんは……そうね、アナスタシア……アナ、アナでいっか。アナお姉ちゃん!」
「あのね、聞きなさい」
「さ、行くよ!」
「あ、ちょっと!」

 クレッセンドことクリスは、アナスタシアことアナの手を引っ張り、藪から飛び出した。
 アレクサンドロス聖女王国側の町に入り、さっそく楽しむクリス。

「お姉ちゃん、あっちに串焼き売ってる!」
「……はぁ、仕方ないわね」

 ついに、アナが折れた。
 クリスと一緒に露店巡りを始めるアナ。
 庶民の暮らしも学んでいるので、こういう出店や露店の作法は知っていた。
 クリスも、串焼きの肉を頬張り幸せそうだ。
 なんだかんだ言っても、妹が可愛いアナだった。

 町を満喫した二人は、せっかくなのでバルバトス領土側の宿を選んでチェックインした。
 一番いい部屋を選び(もちろん二人一緒)、部屋に入るなりベッドにダイブするクリス。

「こら、はしたないわよ」
「いいじゃん。たまにはハメ外さないと心が死んじゃうー」
「まったく。それより、ちゃんと調べてよね」
「ん、一瞬だけね」
「お願い」

 クリスはベッドに座り、アナも対面側に座る。
 クリスはそっと目を閉じ───開く。

「『開眼』」

 クリスの眼に、不思議な文様が浮かぶ。
 これがクリスの魔法『神眼プロヴィデンス』。クリスが見たいものを見る力だ。
 その気になれば、わずかながら未来と過去も見える。だが、その2つを見ると寿命が縮まるという制約もあるので、あまり多用できない魔法だ。
 今回、一瞬だけ見たのは『神の子セイヤの行方』だ。そう念じて魔法を使用するだけで、セイヤがどこで何をしているのかわかる。
 だが、ほんの少しだけでも、クリスの体力はごっそり削られる。

「───っ、見えた。なにこれ、暗い……え、なにこれ? ドロドロ……っひ!?」

 クリスの魔法が解除された。
 大汗を掻くクリスは、怯えていた。

「どうしたのクリス!! 何を見たの!?」
「ど、ドロドロ……変なドロドロがいたの……神の子セイヤが、火でドロドロを……」
「……え?」
「ご、ごめん……よくわかんない。たぶん、どこかの地下……かな」
「地下で、ドロドロ?……一体、何を」
「……ちょっとタイミング悪かったかも。もう一度」
「駄目。今日はもう使わないこと。見るならまた明日、体力を回復させてから」
「……はーい」

 クリスは汗をかいて気持ち悪いのか、胸元をパタパタさせる。

「あ、お姉ちゃん。一緒にお風呂入ろ!」
「私は後でいいわ。まずはあなたから……」
「いいから! こんな時でもないとお姉ちゃんと一緒にお風呂入れないし!」
「きゃっ!? もう、クレッセンド……」
「クリス! ここではクリスだよ、アナお姉ちゃん!」
「はいはい。まったく……」

 結局、アナはクリスの勢いに負け、一緒に入浴……ついでに、ベッドも一緒だった。
 ちなみにセイヤはこの時、冒険者ギルドの依頼でスライム駆除の真っ最中だった。

 ◇◇◇◇◇◇

 翌日。
 朝っぱらから外が騒がしかった。
 クリスはアナの豊満な胸に顔を埋めていたが、外が何やら騒がしいので起きてしまった。

「すぅ……すぅ……」
「ん~……おねーちゃん、相変わらず寝坊助……」

 アナは一度寝るとなかなか起きないという弱点があった。
 クリスは窓際に向かい、寝ぼけ眼で窓を開ける。

「…………え?」

 一瞬で目が覚めた。
 外の広場に、30人ほどの聖女が集まっていた。
 さらに、見覚えのある聖女が数人。そのうちの一人に、クリスが大嫌いな聖女がいた。

「あれ……『夜刀ノ神ヤトノカミ』……なんでここに」

 最強の聖女ミカボシ。
 どういうわけか、聖女たちを率いて歩きだす。
 何が目的なのか……枢機卿であるクリスは何も聞いていない。
 なぜか、嫌な予感がした。
 そして……。

「───にひ」
「っっ!!」

 得体の知れない黒髪の少女が、クリスを見て顔をゆがませた。
 あまりの不気味さにクリスは窓から離れ、慌てて窓を閉める。

「な、なにあれ……せ、聖女、じゃない?」

 それが『鬼夜叉オーガ』のジョカだと知るのは、ずっと先のことだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

グラティールの公爵令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:18,326pt お気に入り:3,354

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:30,349pt お気に入り:2,920

王妃は離婚の道を選ぶ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:33,983pt お気に入り:223

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:217,339pt お気に入り:12,338

全てを諦めた令嬢は、化け物と呼ばれた辺境伯の花嫁となる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:390pt お気に入り:6,749

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,117pt お気に入り:4,135

【完結】嘘つきヒロインの懺悔は王子様には愛の告白

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,400pt お気に入り:59

処理中です...