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5、育児休業

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アルノルトの魔力封じをしてから、育児がぐっと楽になった。
壁が崩れ落ちることも、床が抜けることもない。
魔力封じをすると体調を崩すこともあるらしいが、アルノルトの体調に今のところ問題はなさそうだ。

デイノルトの方がアルノルトの夜泣きで夜は眠れず、体力が全く回復しないのだ。
睡眠って大事だったんだな。
そろそろ仕事をしながらアルノルトの面倒をみるのは限界かもしれない。

「アルの日中のお世話係を任命しようと思う。夜は俺様が面倒をみる予定だ。誰か適任はいるか?」

デイノルトがそう言うと、サミュエルは静かに手を上げた。

「王子のお世話なんですが、そろそろ妻が出産しそうですので私達夫婦にやらせてください」

デイノルトはウンウンと頷いた。
とりあえずは適任だな。
育児休業を許可する約束だったし。
ちょうど良いのではないだろうか?

それにアルノルトを他の者に預けるのは少し心配だった。
前にアルノルトを手下に預けた時はどうでも良いと思っていたが、今はアルノルトを丁寧にお世話して大切にしてくれる者が良い。
自分で世話をすると、情もわくしな。
サミュエルなら安心してアルノルトを預けることができるから、仕事に集中出来そうだ

「今日から育児休業に入りますね」

サミュエルはアルノルトを大切そうに抱き上げて突然そう言った。
デイノルトはその言葉に驚いてサミュエルを見つめる。

「今日から?」

「はい、王子のお世話もありますし」

それは仕方ないが……
だが、突然過ぎはしないだろうか?
仕事の引き継ぎも何も終わっていないぞ。

「代わりの者は?」 

「門外不出の機密情報ばかりですからね。魔王様一人で頑張るんですよ」

サミュエルは涼しい顔をして残酷な事を言う。
貴様、本気で言っているのか?
デイノルトとサミュエルが二人で頑張ってやっと終わる業務量だぞ。
確かに機密情報ばかりだが、外部に任せられないほどマズイ情報はないと思う。

「この仕事量を俺様一人でこなせと貴様は言いたいのだな?」

サミュエルはコクリと頷く。
こいつ何を考えているのだ?
アホなのか?
数日ならどうにかなるかもしれないが、何週間もではデイノルトの体力、気力はもたないであろう。

「普通に無理じゃないか?」

サミュエルの非情な提案に思わず弱音を吐いてしまった。

「魔王様が本気を出せばいけますよ」

「そうか……」

こいつ、もしや前回育児休業を取れなかったことを根に持っているのではないのだろうか。
前回と今回では状況が全然違うぞ。
意地悪な奴、さすが悪魔族だな。
デイノルトはアルノルトと出会うまでは育児の重要度が低かったのだから仕方ないであろう。

デイノルトの考えていることを正確に読み取っているようで、サミュエルは有無を言わせずにっこりと笑った。

デイノルトは何も言えない。

こうして、デイノルトは一人で地獄のような業務に当たることとなってしまった。
サミュエルに育児休業を取って良いって言ってしまった手前、反対することが出来なかった。

給料を増やさないと割りに合わないな……
あ! 俺様は管理職だった……
残業代が出ない……

デイノルトは日中ヘトヘトになるまで働き、夜はアルノルトの夜泣きに苦しめられることになるとは、その時はまだ知らなかった。



         ▽▲▽▲▽▲

アルノルトとずっと一緒にいたのに、いなくなるとなんだか落ち着かない。
何故かアルノルトの泣き声が聞こえる。
幻聴だろうか。

アルノルト、元気にしているのだろうか?

子育てはデイノルトより優秀なサミュエルに任せてあるから安心しているが、少し心配ではある。

サミュエルとアルノルトがいなくなってから、デイノルトは仕事を深夜まで頑張っていた。
サミュエルがいないと普段の何倍も時間がかかる。
疲れ過ぎて勝手に涙が出てくる。
書類に涙を落とさないように、袖でそっと涙を拭った。 

魔王の執務室の扉が叩かれた。

「魔王様、王子をお連れしました」

サミュエルはアルノルトを抱きかかえて入ってきた。

デイノルトは泣いているのを隠すため、慌ててうつむいた。

カッコ悪いな。
サミュエルが来てくれただけでこんなに安心してしまった。

涙もようやく引っ込んでくれたみたいだ。

デイノルトはやっぱりサミュエルがいないと駄目なのかもしれない。

「貴様、いつまで育児休業なんだ?」

デイノルトは泣いた顔を隠すため俯きながら、手元の書類に目を通す。

「そうですね。一年くらいでしょうか」

「そうか……」

絶望的な数字を聞いたような気がする。
これはちょっと無理かもしれない……
精神的にも肉体的にもきつい。

デイノルトはサミュエルから黙ってアルノルトを抱き取った。

「魔王様、大丈夫ですか?」

疲れ切って、顔色も良くないのかもしれない。
サミュエルが心配そうな顔をして言った。

「大丈夫だ。心配するな。貴様はアルを頼む」

アルノルトはすやすや眠っていた。
可愛い寝顔に思わず頬が緩む。
アル、貴様がいるから頑張れるのだ。

サミュエルにもいつも助けてもらっているのだから、サミュエルが大変な時は少しでも自分で頑張らねばならないな。

「魔王様、今日はお休みになってください」 

サミュエルはアルノルトをデイノルトから受け取ろうとした。
このままサミュエルがアルノルトの面倒を見てくれるようだ。
ありがたい。

「アルノルトもこのまま寝かせないとな」

デイノルトがアルノルトのぷくぷくした頬をツンツンすると、アルノルトは緑色の目を開けた。

その後アルノルトは目覚め、30分おきに泣き叫ぶことになったのは言うまでもない。
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