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 ケントさんは、夕食後にすぐに領主様の屋敷へと行ってしまった。明日の朝からさっそく、食事作りをするそうだ。

 ケントさんが寮を出て、最初の朝食作り。当番はクレハさんの班になる。夕食の片付け途中でクレハさんが来て、朝食作りを手伝ってくれないかと聞かれていた。
 先日、食事作りについて悩んだ様子もあり、結局ケントさんにも教えてもらうことができないままだったため、了承した。

 クレハさんの料理について、以前から明らかな態度で受け付けないひとたちがいた。そういった人にも食べてもらえそうなメニューを、一緒に考えることになる。
 
「それで、昨夜の夕食を参考にできればと思ったんです」
「昨夜のって、ビュッフェですか?」
「ええ、あの形式だったら、量も好みも選べます」
「確かに良さそうですけど、でも毎回ですか?それに食べ残しがあれば廃棄になって、かえってもったいないと思うんですが」

 現実世界のビュッフェでも「食べ残さないように取る」などの注意書きはある。それに一定時間を置いたら、衛生上の問題で廃棄になる。
 数十人が生活する寮で、あの形式を毎回となると、今とは違う問題が出てくる。

 うーんと悩み、ビュッフェの良いとこを選ぶ形で提案する。

「全部を自分たちで盛るのではなくて、アンケートかなにかで食べる量や好みを聞いて、主食やおかずの量をだいたい予想するのはどうでしょうか。それプラスひとりか二人分を多く作って、それをおかわりしたい人にまわすとか。……えっと、わたしの給食での方法なんですが。これだったら食べ残しもある程度防げます」

 クレハさんも考えて、アンケートを取ることに決まった。
 今日については時間もないので、パスタの量を昨日の分を参考に茹でて、二種類のソースを選んでもらう形式にした。

 そうして作っている間に思いついた問題点を、頭のなかでメモする。
 日々の食事は、一か月の予算のなかから支払いをしている。食べたいだけ食べることはできない。物価も季節によって変動があり、寒い時期は野菜の価格が高騰しやすい。また、主食がパンかパスタが多いため、食事慣れしていない人からの不満や、故郷の味が食べたいという話もあった。

 アンケートに、食べたい料理を聞く欄も必要だと思った。
 授業の合間にアンケートのベースを作成する。仕事でよく作っていたフォームを参考に……と言っても、PCはないので手書きで、定規とおペンで枠を作って、質問を手書きで書く。
 クレハさんにも文章を見てもらって、こちらの言葉で記入する。難しい言い回しではなく、だれにでもわかるような文章で。

 出来上がったアンケートは、手書きで人数分を書き写した。コピー機のようなものはあるらしいのだけど、あいにく寮には用意されていない。書き写すのは、ヘレンも手伝ってくれた。また、クレハさんと調理をしている数人も、声をかけてくれて書き写しをしてくれた。おかげで、夕食前にはアンケートの用意ができた。

 ――夕食の時間。

 朝と同様だが、主食はパンを用意していた。こちらはお店から仕入れたもので、数量が決まっている。食事量の改善をするならば、主菜や副菜やスープから選ぶことになりそうだ。

「……そうだ、スープの量を選べるようにしましょうか」
「えっ、どうやってですか?」

 具沢山にするにしても、野菜や肉の量を増やすには限界がある。
 だったら主食であり、大量に使っても予算に響かない小麦粉で、かさましをすることにした。
 小麦粉と塩を混ぜて、水を少しずつ入れて、いわゆる耳たぶの固さまで捏ねる。熱湯で茹でて、なかまで火が通ったらできあがり。
 スープの中に入れず、欲しい数を聞いてそれぞれの器に入れて、スープを注ぐ。パンだけで物足りない男性には、特に喜ばれた。

 このお団子は、この後もたびたびスープに使われることになる。
 アンケートに「また食べたい」というものが多く書かれていたからだ。

 ◇

 アンケートは夕食後に書いてもらい、片付け後に集計を始める。
 予備に取って置いたアンケート用紙に、結果を「正」の字で書く。この結果を調理場のみんなで共有して、毎日の食事作りの参考にする。

「……やっぱり、お米が恋しいって人、いますね」
「ええ、こちらもそうです。西洋風の料理だけだと、故郷が懐かしくなるって」
「お米はこちらでは入手できないんですよね」

 今日までの食事でも、領主であるグラファリウムさんのお屋敷でも見た事はなかった。

「今のところは」
「わたしも、コンビニのおにぎりでいいから、食べたいです」
「僕も、新米炊き立ての白米を食べたいです」

 思い出したら、食べたばかりなのにおなかが鳴りそうになる。まだ、炊き立てのご飯の匂いが思い出せるくらいなのだ。

「見つかったら、絶対に食べましょう」
「ええ、絶対にですよ」

 クレハさんと約束をして、ふふっと笑いあう。
 そうして、出来上がったアンケートをもとに、日々の食事をどうするかまでたどり着いた。

「給食、で思い出したのですが。一か月の献立を考えておくのはどうですか?」
「一か月分ですか」
「ええ、そうです。予算を最初に割り振りして、メニューも食堂に貼っておくんです。そうしたら、みんなが食べたいメニューも一か月はわかりますし、好きな食事の日が楽しみになりませんか?」

 寮の食事は、数日前に決めていることが多かったらしい。残っている食材からメニューを決めていたそうだ。だから、月の終わりになると、だんだんと食事がみずぼらしくなることも、たまにあったそうだ。
 こちらも次の月から改善をすることになった。
 とはいえ、一か月ぜんぶを別の食事にというのは、素人には難しいので、主食のパンかパスタに合わせた、主菜、副菜、スープを各5~7品のローテーションになる。
 また、就職が決まって寮を出る人がいれば、特別メニューも考えることも追記した。

 これらの案は、大変うまくいった。
 アンケートで今までの食事についての意見があり、それも改善に努めた。一か月の食事メニューの一覧も、食事後に見ていく人もいたし、自分で書き写すひともいた。次の食事の楽しみがあるとうれしいと言ってくれる人もいた。

 また、毎回メニューを考える時間からも解放された。
 これからも食事の改善をするということで、ご意見箱も設置した。あれが食べたい、これが食べたいというリクエストもあったし、その日の食事の味についての感想もあった。

 クレハさんが悩んでいた「みんなが食べられる食事」についても、これでほとんどが改善されたように見えた。クレハさんが作った食事を残しやすかった人も、割と食べている。それをみて、わたしもクレハさんもほっとした。

 ◇

 わたしが寮生活を始めてから、ひと月は経過した。
 文字の読み書きもできるようになり、そろそろ就職を目指しても良いという目処がたった。その間にも、就職が決まって出ていく人もいたし、新しく寮に入ってくる人もいた。

 いつの間にか、わたしは調理のメインをするようになっていた。
 ビュッフェを提案した頃から、なぜかわたしに質問やら相談やらが増えて。答えていくうちに、あれよあれよと、調理ならシズクさんに――という流れになっていた。
 けれども、ケントさんが寮を出た時のように、わたしがいなくなっても寮の食事は安定していないと困る。せっかくみんなが、美味しい食事を楽しみにしているのだから。

 新しいメニューが出来たら、わたしはひとつひとつをノートに書いていた。これを寮に残していくつもりで、書いている。今はたまたま、料理ができる人がいるけれども、異世界にやってきた人だれもが、料理を経験してきたとは限らない。
 外食ばかりしていたという人もいて、手作りの料理を久しぶりに食べたなんていって、包丁を持つ手が危うかったりする。そんな人が調理する日だってあるかもしれない。

(そういえば、街のひとたちって、普段は料理をするんだろうか……)

 グラファリウムさんはお屋敷で料理人を抱えていた。
 街には食堂がたくさんあって、そこで食べている人がいた。
 一般的な家庭では……ひとり暮らしをするひとたちは、どうやって食事をしているんだろうか?

 
 ある日、就職の準備のため街へ行く許可が出た。
 施設の職員と一緒に、街のいわゆる職業安定所で、就職の手続きをするのだ。ついでに、街の様子をみたり、就職後にどうやって生活をするかなどの話もすることになっている。

「街に行けるんだ……」

 わたしの街の記憶は、ひとつだけだ。
 グラファリウムさんが食事をしようとした食堂で出会った、こちらに飛ばされてきた人との記憶。そんなに遠くもないし、今も時々思い出す。

 この世界の所作を覚えたし、ちゃんと言葉も言えるようになった。きっともうあんなことなどないと思いたい。

 ◇

 数日後。
 施設の職員とともに、馬車に乗り込んだ。
 行き先は、街の職業安定所。様々な手続きをすることになっている。

 職業安定所での手続きは案外難しくなかった。
 説明も、就職までの手順も、どの世界でも同じなんだろうという印象だった。興味深かったのは、日本にはない職業が多いこと。
 冒険者だとか、護衛だとか、漫画やゲームでみかけたものもあった。そちらも希望があれば申し込めるらしいけれども、希望するほどの勇気も体力もない。
 あとは一定のスキルを会得すれば就職できる、特殊な職業もあった。

「シズクさんは何になりたいんですか?」

 子どもの頃に聞かれたような言葉を、職業安定所の職員が問い掛けた。

「わたしは、食を仕事にしたいです。食事作りが好きで、そういった仕事を探しています」
「……そうなんですね、では良さそうなものがあればピックアップしておきますね」

 食堂から貴族の屋敷に仕える使用人など、様々な仕事があるそうだ。そのなかでもわたしに合いそうなものを探してくれるらしい。
 用件が終わり、職業安定所の扉を開けようとしたら、ちょうどドアが動いた。

「すまない」
「いえ、大丈夫です……あっ」

 燃えるような赤い瞳がじっとわたしをみつめていた。

「シズク、久しぶりだな」
「アキレウス様、御無沙汰しております」
「ああ、君はもう就職を探すくらいになったのか?」
「はい。今日、手続きに来たばかりです」

 アキレウス様は、ふうんと呟いた。

「どんな職を探しているんだ?」
「料理をするのが好きなので、活かせるようなものを探しています」
「そうか。ならばちょうど良かった。騎士団で料理をしてくれないか?」
「えっ、騎士団……騎士団、ですか?」

 騎士団と聞いて、施設で勉強した王国の騎士団を想像する。
 こちらの世界では警察でも消防でも救急でもなく、騎士団がそういった仕事を担っている。
 騎士団って、めちゃくちゃすごいんじゃないだろうか。というかアキレウス様は、護衛騎士じゃないの?あれ、わたしなにか聞き逃していたんだろうか。

 あわあわするわたしに対して、アキレウス様はふっと笑う。

「手続きを終えたのならば、後程、正式な申込が届くだろう。シズク、君を騎士団で調理する職に任命する」
「は、はいっ!?」

 返事した声はだいぶひっくり返ってしまった。とっても恰好が悪い。それでも、アキレウス様は気にも留めず、そのまま職業安定所の職員へと向かっていた。

「……ど、どうしましょう?」

 そばにいた施設の職員へと問い掛ける。

「名指しいただいたのです。内容については後日届くでしょうから、それから考えても宜しいかと思います」

 断れるなら断りたい……ような感じでコクコクと頷いた。そのまま、意識はふわふわとして施設へと帰った。
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