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転生15年目、ニリギアの中庭にて

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 この世界に存在する三大大国が一つ、フルエア大帝国はここ数百年に渡り他の二大国と比較的平穏な関係を築いている。

 もっとも平穏といっても仲良しこよしという訳ではなく、拮抗した武力や活性化する魔物の動きへの対処などの要因が重なった上での三すくみ状態なのだが、それでも国境を接した国家間の状態としてはかなり良い方と言えるだろう。

 しかし現在の均衡を維持するためにも国防の要である軍の育成を疎かにすることはできない。次代の軍の育成には大きな力が注がれている。

 王属の騎士への給与の増額や、武具の強化なども盛んに行われ、数年前には国内四校目となる国立の騎士団員育成学校が新しく新設された。

 フルエアの南東の端。ニリギア地方に建てられたその校の名前は、ニリギア国立王国騎士団員育成学校。在学期間3年の完全寮制の学校だ。
 新設とあって設備も最新鋭のものばかりであり、教師も元騎士団団長や、現役騎士団員など名だたる顔ぶれが揃っている。

 その入学試験は厳しくその合格率は一割を切る。勿論、貴族の出自や現騎士団員の家族を持っていようと一切の忖度はない。そして騎士団員育成専門学校を卒業しなければ国王軍に入ることは出来ない。

 騎士団を目指す俺にとっても、避けて通ることは出来ない壁だったのだ。
 だから…………本ッ当によかった。

「おいリアム。そういや次の講義ってなんだっけ……って、なんで涙ぐんでんだ? 」

「いや、ちょっとウルっと来ちゃって。歳をとると涙腺が緩くなるよ」

「急にジジイみたいなこと言い出すじゃん……相変わらず変わってんなお前は」

「そうかな? あ、次の講義は基本戦術学ね」

「じゃあ東棟の2階だな。行こうぜ」

 そう言ってハルが少し早足に歩き始める。ニリギア在学者の証であるブロンズの耳飾りが太陽を受けキラリと一度輝いた。
 自分の耳元を触り、自分の耳にも同じ耳飾りが付いていることに再びなんとも言えない感慨を覚える。
 本当に、一時はどうなることかと思ったよ。

   ◯◯◯

 1ヶ月ほど前、俺はニリギアに入学するべく待ちに待った入学試験を受けた。
 もちろん騎士になると決めてから毎日のように父さんには稽古をつけてもらっていたし、座学もそう要領が良い訳じゃなかったから寝る間を惜しんで努力もしていた。

 それでも緊張するものは緊張する。正直、実技も座学も普段ほどは実力は出せなかったと思う。だが特にひどかったのが面接だ。

 ……正直ね、面接に関してはぶっちゃけ余裕だと思ってたんだよ。俺前世あるし。一応高校とか大学の入試も就職も経験してきた訳だし。
 大人の余裕で面接とか華麗にこなしてみせよう、とか内心イキってたんですよ。


『貴公はなぜ騎士を目指す』

『ごっ、ご存知かも知れませんが私の父は第7騎士団副団長でして、幼い頃からその背中を見て国と人々を守る姿に感銘を……あの、どうかいたしましたか? 』

『騎士団は我らがフルエアの神聖なる鉾であり盾だ。信念を偽るような者を我々がその一員に加えると思うか? 』

『え……!? きょ、虚偽などでは—— 』

『もう一度だけ問う。三度目はないぞ。貴公は何故騎士を志す』

 ええええええええええ!?

 ……想像の二百倍試験官の人が怖かった。
 いやもう俺の勤めてた会社とかの面接官とは目つきが違いすぎる。現代社会であんな超超超圧迫面接したらその筋の人じゃないと入学できないレベルだよあれ。
 5人ぐらいの面接官の人全員目が座りきってたし、死線超えてきてる感がダダ漏れなんだよ。

 そんなこんなで落ちたかもしれないという不安の中待ち続けること2週間。10日前、飛竜で届いた合格の知らせを見た時はさすがに泣くかと思った。結局泣きはしなかったけど。
 ちなみに父さんと母さんは号泣だった。

「そういえば、俺結局あの質問にはなんて答えたんだっけ」

 思い出せない……。落ちるかもと思ってパニックになってたからかなりトンチンカンなこと言ったかもな。
 
「おい、リアム。この問題教えてくれよ」

「ん、どれ? 」

「13ページのこれだよ。弱者戦略についてのやつ。今日俺が板書なんだよ」

 言われて黒板に書いてある板書に目を通す。確かにもうすぐその問題の解説もしそうだ。
 俺もそんなパッと解けるとは限らないから、そういうのはもっと早く言って欲しいんだけど……

「……え、ハルこれが分からないの? 」

「逆にリアムは分かんのか? 」

「いやこれ基本戦術学の最初の授業でやった基礎の基礎的な内容だし……これ分からないと、ここ2、3日の授業の意味も分からなくない? 」

 神妙な面持ちでハルが頷く。
 まったく、本当にコイツは。

「陽動作戦と一点集中だよ」

「よーどー作戦と一点集中だな。助かったぜリアム」

 ハルが手元のノートに乱雑にメモを取り爽やかに笑う。
 コイツの名前はハルバート・レギルグス。俺がこの学校にきて最初にできた友達だ。俺含め皆からはハルと呼ばれている。

 さっきのやり取りから分かる通りハルは座学がかなり苦手だ。そのうえ雑で忘れっぽい。俺と友達になったのも、入学試験の時に会場の場所が分からず迷子になっていたハルを俺が見つけて案内したのがきっかけだ。
 ただその分裏がないし、根性もある体育会系なので一緒にいて気持ちのいい奴でもある。

「……——であるからして、スホビアの第一則より戦闘力が同じならば頭数が多い軍に軍配は上がる。そこで活用するのが弱者戦略だ。今日は18日だから……出席番号18番のハルバート・レギルグス。右下の図の場合において特に活用すべき弱者戦略を2つ答えてみなさい」

「はい! よーどー作戦と一点集中です! 」

「ふむ。よろしい。それではもしこの図の軍1が丘の上ではなく、丘の麓にいた場合はどうかな? 」

「えっ!? えっとぉ…… 」
 
 ハルが視線で俺に助けを求めてくるが首を振る。
 いやこの状況だとどうやってもバレるだろ。悪いけど諦めてくれ。別に単位落とすわけじゃないんだから。

「うぐぐ……わ、分かりません」

「まったく。次回からは授業前に予習をしておくんだぞ。他! 分かる者は挙手を! 」

「た、助かったぁ…… 」

「良かったな」

 安堵するハルを横目に思考を巡らせる。
 これ意外と難しいな。単純に考えるならここの地の利を活かして敵を分断してから局地戦に……いや、それは兵力的にギリギリ過ぎるか。うーん、前世だと戦術学とか学ばなかったからなぁ。当たり前だけども。

「お」

 静まり返る教室の前の方の席で一本の白い腕が上がった。

「ん? カエラ・ラステリア、分かるのか? 」

「はい」

 カエラがボブカットを揺らし控えめに微笑む。
 謎の迫力と気品を纏ったその仕草に教室の空気が呑まれる。

「おい、アイツ例のやつじゃないか? 」

「例のやつ? 」

「ほら、話題になってたろ。一般の身分出身で、入学試験を国内過去最高得点で突破したやつがいるって。“天才”カエラだよ」

 一つ前の列に座る2人がヒソヒソと話し始める。いつのまにか教室全体もにわかに騒がしくなり始めていた。

「単なる噂じゃないのか? 」

「本当なんだよ。俺の親が教師の間でも話題になってるって言ってたんだ」

「そういえば私の親もそんなこと言ってた気がする~」

「なんでも特例でヘキトのライセンスを持ってるって話だぜ」

「は!? まだ入学して10日だぞ!? 試験すらしてないのにそんな事があるわけ…… 」

「入学前に個人でギルドに行って試験を受けてきちまったらしい。なんでもギルマスにひどく気に入られてるらしくてな」

「わ、わたくしも父から聞いた事があります。“天才”カエラ・ラステリアですよね」

「あのカエラ・ラステリアがあいつなの!? 」


「静粛に!!! 」

 先生の怒号で騒がしくなりつつあった教室が一気に静まり返る。

「授業に関係のない話ならば授業後に好きなだけしろ!! まったく……すまんなラステリア。して、答えは? 」

「…… 」

 全員の視線がカエラに集まる。
 隣に座るハルも息を呑むのが分かった。

「……弱者戦略ではなくヒジア兵法に基づいて兵を分散させ、地形攻撃を仕掛けます」

 教室の随所から「おー」と小さな歓声が上がる。

「合ってますか? 先生」

「あ、あぁ………… 」

 先生が手元の教科書とカエラの顔をなんども見比べる。
 しばらくして先生はゆっくりと口を開いた。
 
「その……斬新な発想ではあるが…………全然違う」

「「「「「「「「へ? 」」」」」」」」」

 教室中の全員の困惑がシンクロする。
 再び教室中の視線がカエラに集まる。
 
「…………あちゃ? 」

 頬を少し赤くしてカエラは顔を伏せた。

   
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