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京都編

呪詛がえし

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 意識を取り戻したおじさんはあちこち打ち身でふらふら、橘はボロボロの服に全身切り傷だらけ、そして濡れネズミ状態の俺……屋敷に帰ると、それはもう大騒ぎになった。

 風呂でしっかりと温まった俺は心身共に完全復活したが、橘の方はかなりキツいだろう。
 あれは何日も風呂に入る度にめちゃくちゃ沁みるぞ。
 俺は客間に敷いてもらった布団に横になり、橘の怪我を心配しながらも疲れには抗えず、早々に眠りに落ちたのだった。


 翌朝――…。
 俺と橘は昨日同様、二人並んで「THE和食!」の豪華な朝ご飯をいただいていた。
 橘はあちこち包帯だらけでミイラのようになってるかと思ったが、深い傷は肩だけだったようだ。ガーゼと絆創膏はあちこちに貼ってあるが、痛そうな素振りも見せず行儀良く正座して食べている。
 足だって傷だらけなんだから、無理せず胡坐でもかけばいいのに。

 橘が昨日のことを説明してくれるのを聞きつつ、俺は焼き魚をほぐしていた。

「え? じゃあ、昨日お前が倒したヤツと結界を壊したヤツは別ってこと?」

「きちんと結界が機能していたら、あぁいった類のものは鹿苑寺の敷地内へ入ることもできなかったはずなので……」

「じゃあ、石が崩れた理由は分からずじまいなのか」

「はい。見えてはいても認識できないようにしてありますし、人対策以外にも様々な角度から結界が崩れないよう対策を施していたはずなんです……」

 見えてはいても認識できない……あぁ、店長のスキル『透明人間』(俺命名)の応用版だな。
 俺は魚の身をご飯にのせて一緒に口へ運び、続いて出汁巻き玉子を頬張った。
 もぐもぐしながら考えを巡らせる。
 つまり、やっぱり何者かが意図的に結界を壊したと考えるべきなのか。

「なんか、もやもやした終わり方だなぁ……」

「すみません」

「いやいや! お前が謝るのおかしいだろ!?」

 俯いてしまった橘に、俺は箸を置いた。
 ほんの少しの沈黙。
 あー、もう! こういうの苦手なんだ。話題を変えるぞ!

「そうそう! 聞きたいことがあったんだ」

「なんですか?」

「店長の逆凪が俺んとこに来てるのって、今もだよな?」

「はい」

「それってさ、店長の方へ戻したりできないかな?」

「戻す?」

 橘は目をぱちくりさせた。

「そりゃ、俺は何にも感じないし影響受けないけどさ……なんか、こう面白くないっつーか」

「な、なるほど……」

「できるか?」

 俺の問いに橘は軽く首を傾げて考える。

「しようと思えばできますが……、それは『呪詛がえし』という形になりますね」

 またしても初めて聞く単語が出て来たぞ。

「呪詛をかけられた時に、それをそのまま術者に返すことを『呪詛がえし』と言います。でも尾張さんのことだから……呪詛を跳ね返す防壁を張ってらっしゃるはず」

「返しても、もっかい戻って来るってことか?」

「はい。しかもそれが、倍返しとなる『一掃返し』でも仕掛けられてたとしたら……」

「……したら?」

「都築さんは何も影響なくても、術者の僕は手足の二、三本は失います」

 こっっっわ!!
 人間は手足二本ずつしかない……うん、やめとこう。

 勝ち誇ったような店長の笑顔が頭に浮かび、俺は苦々しい思いで味噌汁をすすった。
 
「ま、まぁ……呪詛がえしは諦めるとして。ゼミ旅行の日程だと今日の昼前には電車乗って帰ることになってるんだ。だから、京都駅で皆と合流しようと思う」

「……分かりました」

 俺はポケットからスマホを取りだした。

「お前もスマホだせよ、ほら……LIMEの登録!」

「え……?」

 橘は何を言われてるのか分からないといった様子で目を瞬かせる。

「LIMEの登録だってば、友達ならLIMEくらい交換するだろ?」

「あ、はいっ!」

 大慌てでスマホを取り出した橘は、慣れない手つきで俺とLIME交換をしたのだった。



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



 ゼミの皆と合流する前に、俺は忘れてた京都土産を買うため午前中またしても橘を連れ回した。
 よーじやのあぶら取り紙三つは千代ちゃんへ。店長には晴明神社の五芒星ステッカー。迷った挙句アレクには橘おすすめの「寿司!」Tシャツになった。部屋着か寝巻にでもしてくれ。
 買い物に付き合ってくれてる間も、橘はずっとにこにこ楽しそうだった。
 

 京都を発つ電車の時間が迫り、橘が京都駅近くまで送ってくれる。
 突然の拉致という犯罪まがいの出会いだったが、別れ際俺は橘に笑顔を向けた。

「世話になったな……お前んち、飯も風呂もすっごく良かったし、お前が一緒してくれて京都観光も楽しかった、ありがとう! また京都来た時にもお前んとこ泊めてもらうから、よろしくな」

「はい!」

 橘は笑顔で頷く。
 そして橘はちょっと俯き、意を決したように顔を上げた。

「都築さん、大学を卒業されたら……うちに就職しませんか!? 都築さんのように稀有な方なら、この業界からは引く手あまただと思いますが、どうか就職先の候補として橘家も入れておいてください」

「は? 急に何言いだすんだよ、まったく!」

 橘の突拍子もない提案に俺は思わず笑ってしまった。
 しかし俺だって大学三年生、のんびりはしてられない。一ノ瀬なんかは六月くらいからしっかり就職活動を始めている。俺も夏休みが終わったら就職活動に本腰を入れなくてはならない。

「まぁ、どこにも雇ってもらえなかったら橘に泣きつくかもな……その時はよろしく頼む」

「はい!」

 冗談ぽく返したのに橘は大きく頷いた。
 こいつ、割とマジだ。

 こうして、俺の夏休み最後の一大イベントとなった波乱のゼミ旅行は、なんとか幕を下ろしたのだった。

 俺が京都駅の構内に入って見えなくなるまで、橘は手を振り続けていた。
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