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18 ははおや

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 ニコが言うには、こういうことらしい。


 数か月前から、この街では謎の病が流行っている。

 その病に罹った者は、軽い眩暈、手足のしびれを覚えるらしい。
 その症状はだんだんと悪化し、激しいアレルギー反応、循環器の機能不全を起こす。
 やがては深刻な魔力欠乏か、心不全により、死に至る。

 未知の疫病に対し、医師団が派遣され、研究が開始されたが、結果は振るわず。
 その原因は突き止めたものの、排除することはできなかった。

 結局人々は、街を捨てた。


「そこから先の記憶はないのか?」

「分からないな、神主が街を去る前に、ここの扉を閉めてしまった。この水盆は民衆の声を聞いていただけで、全てを知っているわけではない」

 ニコは水盆の水と記憶を共有し、この街に起きたことを教えてくれたようだった。


「……それ、オレ達も危ないんじゃないのか?」

 と、ケケが呟く。

「人間よりは耐性はあるけど、オレ達も病気に罹らないわけじゃない。ニコ、周囲の魔物がすごく死んでるとか、そういう記憶はなかったのか?」

「少なくともこの水は知らないようだが、街の中には魔物などいないから、聞こえなかったとしても無理はない。我々への影響は未知数だな」

『ビョウキッテ、ナニ?』

「そうか、ポポみたいな無機物の魔物は、疫病とは無縁だよな。となると、危ないのはオレとルルと……ジャックか」


 と、ケケがそう言ったときだった。

 ルルはふと気配を感じて振り返る。
 は森の木々を揺らしているように見えた。

「……ケケ、うしろ」
「え?」


 さっき見たばかりの門のようなものと同じ、真っ赤なウロコを持つ様は、確かに蟲に見えた。

 長く太い胴体がヘビのように木々に絡みつき、楼閣の天守を思わせる凶悪な鎌首をもたげてこちらを見下ろしている。

 口元の巨大なハサミは、囚われただけで体が二つに千切れてしまいそうだった。


『ピギギャア!』
「お、おいポポ!!」

 ポポが変な悲鳴を上げて、一目散に逃げ出した。

 慌てたニコがポポを止めるが、ポポは被食者の本能からか、ぽんぽん跳ねつつ全力で逃走する。

「うぉおお!? な、なんだあのデカイの!?」

 ケケも少々驚いたようで、既にそのツメを変化させ、油断なく構えていた。


「……ん。いいヨロイなの」

 ルルはその蟲を見上げて、小さく手招きした。

『……』

 ヨロイは、しばらくルルの方を注意深く睨みつけていたが、やがて頭を垂れ、ルルの方へと近づいてくる。


「ん、こわくない」

 ルルはその凶悪な頭を撫でてなだめながら、小さく呟いた。

「お、おい。大丈夫なのか?」

 困惑したケケが、ルルに尋ねた。


「このこたち、すごくよわってる」

「弱ってる?」
「ん」

 ルルはヨロイの頭を撫でる手を止め、両腕を開く。

 ヨロイは少し戸惑ったようだったが、意を決してルルの体を押しつぶすように巻き付いた。


「ルル!?」

 ケケはびっくりして走ってきたが、ルルは首を振ってケケを制止する。


「げんきに、なぁれ。げんきに、なぁれ」

 ルルは小さく唱えながら、ヨロイの体を優しく撫でる。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 ルルが撫で続けると、やがてヨロイはズルズルとルルから離れていき、深く地面に伏して感謝した。

『……アリガトウ、ゴザイマス』

「ん」

 ルルは満足げに頷いた。


「な、なんだったんだ……?」

 ケケが不思議そうに呟く。


 そのとき、遠くの方からペチョンペチョンと音がして、ようやくポポが再び姿を見せた。

「戻ったぞ!」

 ニコが大きな声で帰還を知らせた。


 ルルは「ん」と頷き、ジャックに合図した。
 ジャックはポポを迎えに行き、その背中に乗せて戻って来る。


「お帰りニコ。この魔物のこと、ニコは知ってんのか?」

「知ってるぞ。フラメン・ケイだ。他の生物の体内に寄生して操る、珍しい生態で有名だ」

「このデカさで、どうやって寄生するんだよ? どっちかっていうと寄生される方だゼ」

「火山やその近くの峡谷に生息する魔物に寄生するからな、あのあたりの魔物はかなり大きいし、大きさの問題はあまりないと思うぞ。それに今のように、自立して行動することもするようだ。ワラワは、火山のことには、詳しくないが。溶岩は水じゃないからな」


「……それで、なんで火山の魔物がここにいるんだよ?」

『ワタシ、コドモタチノ、イエヲ、サガシテイマス。コドモタチハ、イエガ、アリマセン』

 ヨロイは地面を這いながら言った。

 その体は地面にあってもとても大きく、ルルが上に乗って移動できそうなくらいだ。


「……ケケ、だいぶおおきい」

 と、ルルは小さく呟く。

「うぇっ?! い、いやその、オレはやめてくれよ! そりゃ魔物の姿のときは大きいけど、今は小さいだろ! こんなに大きいの、絶対無理だって!」

『カラダノオオキサ、カンケイアリマセン。コドモタチ、トテモチイサイ。デモ、コノコハムズカシイデスネ』

「……ケケ、だめなの?」

『スデニ、ベツノソンザイヲ、カンジマス。ジュウニンイルイエ、ハイレマセン』

 と、ヨロイは言って体をくねらせ、ジャックの方を見た。


『……デモ、ソコノ、ケムクジャラナラ』

「ジャックはだめ」

 ルルはきっぱりと言い放つ。
 ヨロイもそれを見て、視線を逸らした。


「え? オレはいいのに、なんでジャックはだめなの?」

「……」
「ルル?」

「……」


 ルルはヨロイの方を見て、首を傾げた。

「にんげん、おそった?」

 ヨロイはすごすごと頷く。

『ニンゲンハ、タクサンイマシタ。コドモタチノ、イエガ、ナカッタカラ……』


 きまり悪そうに言うヨロイに、ケケが「まさか」と呟いた。

「人間に寄生したのかよ? アイツラに手を出したら、一族皆殺しにされるまで追いかけられるっていうのに」

「貴様が言うと説得力が違うな」

『デモ、ソウスルシカ、ナカッタ……』

 悲しそうに項垂れるヨロイに、ルルはその頭をよしよし撫でて慰めた。


「どうして、おうち、いなくなった?」

『コドモタチ、ココデウマレマシタ。ワタシハ、コドモタチヲ、マモリタクテ……』

「この辺りの大きい魔物はみんな危険度が高いから、根こそぎ人間に狩られたからな。で、行くところを失ったコイツラは、仕方なく人間を寄生先に?」

「結果、大量の死人が出たんだな」

『コドモタチ、タクサン、シニマシタ』

 ヨロイは深く項垂れ、小刻みに震え始めた。


「……かなしい」

 ルルは小さく呟く。

 ジャックも、慰めるようにヨロイに寄り添っていた。


「死んだってことは、そのコドモタチ、ってヤツはもう一匹も残ってないのか? その言い分にしてみれば、オマエは親みたいだけど」

 と、ケケが言う。ヨロイの話は、特別にケケの同情を引いたわけではなかったみたいだ。


『ノコッテイマス、スコシダケ』

 そう言うと、ヨロイは再び鎌首をもたげて体を震わせた。

『ミンナ、デテオイデ』


 その瞬間、ヨロイの体から、無数の真っ赤な何かが撒き散らされ、周囲に散らばった。

 まるで花びらのように、または砂漠の砂嵐のように。

 
 とても小さい。子供の指ほどのサイズに見える。
 しかし無数に存在する。空から降る雨粒のように。

 そしてそれらは一つ一つが、ヨロイとほとんど同じ形をした、深紅の蟲だった。


「ギャアアアアアア!!」

「……」

 ケケが絶叫し、そのまま空の彼方へと飛び去った。


『ピギャアアア!』
「おい、ポポ! 待て逃げるな!!」

 さらに、再びポポが転がるように逃げて行く。


「め、めっ、めぇえ!」
「……」

 一方、ジャックはルルを背にして、勇敢に立ち向かっていた。


 ルルは忠実なジャックに満足しながら、小さいヨロイを一匹、摘まみ上げる。

『フルッ、フルッ!』

「ん……」


 そしてルルは気だるげにジャックの上によじ登り、周囲の子ヨロイを見下ろした。

「んっ!」


 その瞬間、方々に散らばっていた子ヨロイたちは一斉にルルの方を振り向き、動きを止めた。

 周囲の地面に広がる彼らの数は、百、いや千、万を超えるだろうか。


 ルルはそんな彼らに向かって、問いかける。

「みんな、ルルがみんなをまもる。みんな、ルルにしたがう?」


『……』
『……』

『……ギャザ・ト・ルーチェス』

 彼らはしばらく沈黙していたが、親ヨロイがそう言って、頭を垂れると、子ヨロイも整列し、唱和する。


『ギャザ・ト・ルーチェス!』
『ギャザ・ト・ルーチェス!』

 そして、全員で揃って王たる者への尊敬を示し、信愛と忠誠を誓う。


「……ん」

 ルルは納得したように頷いて、ジャックから飛び降りた。

「みんな、ルルのかわいいなかま」
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