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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
閑話:ユキさんとちょきちょき 05
しおりを挟む幸在という存在を刻み付け、他のものなど男の世界から消し去ってしまいたい。
どくんどくん、と心臓が拍動を打つ毎に体内に欲という欲が回る気がした。
クラクラと目眩を覚える欲を、耳輪への口付け一つで抑え込み、華奢な体躯を解放する。
「サチ、お前は一生、俺の犬だよ。安心して幸せになればいい」
愛しいからこそ欲に支配され、愛しているからこそ欲を抑えるしかない。
束縛することでしか愛を表現出来ない矮小な己を知った。
「オ、オレは。幸せとか、ようわからへん、です。せやけど。ユキさんとおるのは、めっちゃ好きや。ココがぬくくなって、嬉しいって言いますねん」
中途半端に切られた髪が揺れ、サチのはにかんだ顔が振り向く。
泣いてしまいそうな表情で微笑む彼の掌が、幸在の胸に当てられる。
「オレ、ユキさんと生きてもええのかな。オレ、おっちゃんのとこに行かなアカンのとちゃうかな」
ぼそぼそ、と告げる青年の瞳が幸在を捉える。
何に不安を抱いているのか、幸在には解らないが、彼を丸ごと受け止めたかった。
「死ぬのは許さないって言ってんだろ。俺と生きたらいい。嫌でも最期には死がやってくる。生き急ぐこともないさ」
死も生も曖昧にしか解っていないだろう男に言い聞かせるように告げる。
死にたいと思いながらも、それでも彼は幸在との未来を生きたいと言ったのだ。
今はそれだけで十分だった。
置いたままの鋏に手を伸ばし、サチの顔を前に向かせる。
散髪を再開し、柔らかな髪を襟足に掛かる程度まで切り揃えていく。
サイドを耳の上辺りまで切り、全体的に梳いて軽くした。
納得いくまでカットし、満足した幸在は小さく口元に笑みを刻み、青年を立たせる。
裸体に張り付く髪を払い除け、床に敷いた新聞紙の上の毛を零さないように包んでいく。
ぐしゃり、と髪を内包したまま丸められた新聞紙を持ち少年は脱衣所に向かう。
ゴミ箱に捨てた後、身に纏う衣服を脱ぎ捨て洗濯物カゴに放った。
「髪、すっきりしたな」
「はい。おおきに、です」
全裸で浴室に戻りシャワーヘッドを掴む。
今まで顔に掛かっていた、もっさり、とした髪が短くなり、サチの西洋を感じさせる面立ちが露になっていた。
浴槽の淵に腰掛けている青年を見遣り、幸在の胸中は充足感に満たされる。
彼の何もかも全てを、自分の色に染めてしまいたかった。
蛇口を回しお湯になった頃合いを見て青年の体躯に水流を掛けていく。
裸体の上に点々と残る髪の残骸を洗い流し、「髪洗うぞ」と声を掛ける。
「オ、オレ。自分で洗えます」
慌てたように立ち上がるサチを睨む。
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