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妖精たちのティーパーティー☕️Tea party of Fairies

第12話 森の祝福

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「レティ――君さえ良ければ、ずっとこの森で暮らさないか?」

 アデルとドラコに料理を振る舞った後、白い月明かりの下。
 私はアデルから、この世界に居場所をもらった。

 優しく純粋な彼。
 人を傷つけることをいとい、ずっと一人でこの森に隠れ住んでいた彼。

 彼は、私の命を救ってくれた。
 闇から救い出して、あたたかな居場所を与えてくれたのだ。

 私はその晩、ふわふわした気持ちで、久しぶりになんだか幸せな夢を見た。



 翌日。
 私の身体は、まだ少し痛むものの、もう自由に歩ける程度まで回復していた。
 恵みの森の薬草は本当によく効くみたいだ。

 ドラコは、私の背中に薬を塗った後、宣言通り出かけていった。
 今日はアデルと二人きりだ。


 ノックの音が鳴り、返答するとすぐにアデルが部屋に入ってくる。

「アデルさん、おはようございます」

「ん、おはよう。起き上がって大丈夫なのか?」

「ええ、おかげさまで、もうすっかり良くなりました」

「そうか、良かった」

 私が笑顔で答えると、アデルも少しだけ口角を上げる。
 長い黒髪に彫刻のような顔立ち――切れ長の目、紅い瞳は一見怖そうな印象なのに、どうしてこうも柔らかな表情が出来るんだろう。

「君の体調に問題がないなら……少し、森を散歩してみないか?」

「わぁ、ぜひ! 私も行ってみたいと思ってたんです」

「そうか。ただ、具合が悪くなるようだったら、遠慮なく言ってくれ」

「はい、ありがとうございます」

 私に気を使いながら一歩前をゆくアデルを見ていると、昨晩と同じように心がふわふわしてくる。
 時折振り返る彼と目が合うと、とくん、と胸が鳴った。

 彼の後に続いて家から一歩外に出ると、目の前に広がっていたのは、想像を絶する光景。


 ――不思議な森だ。
 南国にあるヤシの樹、そのすぐそばには雪国に育つサトウカエデ。
 ひまわりが咲き誇っている隣で寒椿が花開き、つくしが頭を出すその横にはイガグリが落ちている。

 樹々の間には虹色の蝶や、花びらの服を身に纏った妖精たちが、透明なはねを羽ばたかせてあちらこちらで舞っていた。
 雪国に育つ樹の周りには青白い妖精が飛び回って、上から魔法の雪を降らせて遊び、南国の植物ではオレンジ色の妖精がのんびりとひなたぼっこしている。
 昨晩ドラコと一緒に洗い物をしていた、もこもこのアワダマたちも樹上に見え隠れしていた。

「わぁぁ……」

「すごいだろう?」

「妖精さんたちがいっぱい……それに、不思議な植生。季節も育つ土壌もバラバラなのに、どうして?」

「この森は特別なんだ。……ついて来てくれ。森に挨拶をしよう」

 アデルは、私に手を差し出した。
 私は、一瞬躊躇ためらったものの、おずおずとその手を取る。

「足元が悪い。転ばないように、気を付けてくれ」

「は、はい」

 アデルの手は大きくて、ごつごつしていて、温かい。
 彼は、怪我と慣れない浴衣で足捌きが遅くなっている私に配慮して、ゆっくり歩いてくれている。
 時折振り返るアデルと目が合うと、なんだか胸がドキドキしてくる。

「ここだ」

 いつの間にか、目的の場所に到着したようだ。
 アデルは立ち止まり、手を離した。
 遠ざかっていく温度を名残惜しく思っている自分に気が付いて、少し驚く。

「これは、精霊の樹だ。この星に広がる、世界樹ユグドラシルの枝葉のひとつが、ここから山の上まで伸びている」

「きれい……」

 純白の、神々しい樹だった。
 雪よりも白く、天使の羽のように柔らかな葉のドレスを纏っている樹は、息を呑むほど美しい。

「この樹のおかげで、この森は恵みに満ちているんだ。俺は――俺たち『炎の一族』は、森の外に小さな集落を作り、この樹を永きにわたって保護してきた」

「樹の、保護ですか?」

「ああ。この樹は、人の魔力を喰うんだ。俺たちはこの樹に魔力を供給し、代わりに森の恵みを享受して暮らしてきた」

「森と共にある一族なのですね」

「ああ。そして、この樹は枝葉に過ぎないものの、世界樹ユグドラシルと繋がっている。きちんと管理しないと、この星全体に影響が出てしまう可能性があるんだ。だが、皆この地を去った――いや、俺が皆を追い出した。この森に残っているのは、十年前から、俺一人だ」

「……アデルさん……」

「レティ。俺には、恵みの森を守る義務がある。この森からは出られない。けれど、君は別だ」

「――え?」

 アデルは、私に向き直った。その顔は、ほんの少しだが、不安そうにかげっている。
 この森でずっと暮らそうと言ってくれたのに、どういうつもりなのだろうかと、私は眉をひそめた。

「この森の外周には、地上から森に入れないように、炎の結界を張り巡らせてある。俺は、その結界を維持する必要があるから、この森からあまり離れられない。しかし、君はドラコの翼を借りれば、外と行き来することが出来る。空には結界を張っていないからな」

「それは、どういう――」

「……昨晩、ドラコから聞いたんだ。君には、夢が――」

 アデルが搾り出すように何か言おうとしたその時、目の前にあった精霊の樹が、ひときわ白く光を放ち始めた。
 紅く輝くアデルの魔力と、水色に煌めく私の魔力が混ざり合い、紫色の螺旋を描く。
 螺旋は頭上に昇ってゆき、ふわり弾けて炎の花を咲かせた。
 花は空へと溶け消えて、光の粒となって森へと降り注ぐ。

「わぁ……!」

「精霊の祝福……」

 あたたかい光だ。
 藤色、紅色、薄桃色、水色。
 色とりどりの光の残滓が、あちらこちらに散っては消えていった。

「森に気に入られたみたいだな、レティ」

「嬉しい……ありがとう、精霊さん」

 返事をするかのように、純白の木の葉がさわわと揺れる。
 爽やかな風が吹き抜け、鳥の囀《さえず》りが響き始める。
 先程よりも光に満ち、あちらこちらに感じられる明るく優しい気配に、私は森が心を開いてくれたことを直感した。

 シャララン、チリリン。

 その時、後ろから鈴を鳴らしたような音がして、私とアデルは振り返る。
 そこには、鮮やかな花のドレスを纏った妖精たちが、たくさん集まって来ていた。
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