上 下
38 / 50
靴職人と黄金の布団👠 The shoemaker and the golden blanket

第36話 靴職人のドッキリハウス

しおりを挟む

 それから、アデルとドラコにも手伝ってもらって、何度か試作を重ね、私たちなりのおせち料理が完成した。

「題して、『おせち料理・恵みの森風』よ!」

「にしし、なんていうか、そのまんまな名前なのですー」

 栗きんとん、黒豆、蓮根の梅酢漬け、紅白なます。
 干し椎茸の出汁をきかせた、里芋や大根、ほうれん草などの出汁煮。
 伊達巻きのかわりに、卵焼きもたっぷり焼いた。
 ナッツのメープル和えや、オリーブのピクルス、フルーツの飾り切りなども入れてある。

 また、赤と白は縁起が良いと聞いたので、夏野菜のトマト煮と、冬野菜の豆乳クリーム煮も作った。
 豆乳は、茹でた大豆を潰すのも濾すのも大変だったため、少量しか作れなかったが、あるとかなり便利だ――たくさんの大豆を均一にすり潰す方法があれば良いのだが。

 重箱はないけれど、弁当箱に料理をぎっしり詰めると、なんだか豪華な感じがしてワクワクする。
 レプラコーンが喜んでくれることを祈るばかりだ。

「さあ、行きましょう」

「……レティ、本当に君も行くつもりか?」

「もちろんよ。そんなに心配しなくても、大丈夫」

「だが……」

 アデルは、まだ不安が拭えないようだ。
 ここまで準備したのだから、今更心配することもないだろうに。
 私は腰に手を当てて、ため息をついた。

「もう、アデルったら、心配性ね! レプラコーンさんだって、生命に関わるような悪戯をしたりするわけじゃないんでしょう?」

「それは、そうだが」

「なら、何の問題もないじゃない! さあ、行きましょ」

 私はそう言うと、おせちの入った弁当箱を持って、さっさと玄関へ向かう。

「……レティには敵わないのですー。アデルもさっさと諦めるですー」

「……仕方ないな。はぁ……気が重い」

 後ろでぼそぼそと文句を言いながらも、二人はちゃんとついてきてくれた。





 レプラコーンの住処は、人間の家にとても良く似ていた。
 まさに小人の家……人間の家をミニチュアにした感じである。

 三角屋根に煙突が付いた、一階建ての小さな家だ。オレンジ色の屋根が周りの緑によく映える。
 四角い窓は外向きに開いていて、レースカーテンが風になびく。
 小さな花壇には何も咲いておらず、かわりに錆びたジョウロとバケツ、シャベルが転がっている。
 真っ赤なポストからは、葉っぱの手紙がはみ出していた。

「こんにち……」

「待て、レティ」

 真っ直ぐに玄関へ向かい、扉をノックしようとした私の肩を、アデルがそっと引く。
 その瞬間、シュッと音を立てて、何かが突然私の目の前を通り過ぎていった。

「きゃっ!?」

 アデルのおかげで、間一髪よけることができた。
 飛び出してきた物は、ボテッという音を立てて、近くの地面に落ちる。

「何……?」

「レプラコーンの悪戯だ」

 もう一度扉を見ると、ドアプレートの部分がパカっと開いていて、その奥にバネが取り付けられていた。
 飛んできた物が落ちた方を見ると、地面に何かが刺さっていた。

「あれは……おもちゃの矢?」

 先が丸めてあるとはいえ、至近距離からバネで射出したらけっこう危ない気がする。実際、ふかふかした地面ではあるが、やじりが浅く突き立っていた。
 アデルが肩を引いてくれなかったら、怪我をしていたかもしれない。

「危ないなあ」

「ん? 軸に紙片が付いてるですね? 妖精語で何か書いてあるですよ? なになに……?」

 ドラコは矢を拾い、紙片を引っぺがすと、それをビリビリと破って怒り始めた。

「ぐぬぬぬぬ……! これは腹立つ……!」

「何て?」

「聞かない方がいいと思うです! 言いたくもないのです!」

「……さて。あとは……」

 アデルはぐるりと辺りを見回すと、私たちに扉から離れるようにと言った。

 私たちが充分後ろに下がると、アデルはドアノブの近くに小さな火球を出現させた。火球は、何かを探すようにふよふよと辺りを漂う。
 すると、突然プチっと糸が切れたような音がした。それと同時に、花壇にあった水の入ったバケツが飛び上がり、玄関扉に向かって水をぶちまける。

 どうやら、ドアノブに触れると、仕掛けが作動するようになっていたらしい。アデルの火球は、今の水で消えてしまったようだ。

「よく気付いたね、アデル」

「……前に引っかかった」

「……そっか」

「まだある。もう少し待て」

「まだあるですか!?」

 その後も、扉を開けると上から落っこちてくる粉入りの布袋やら、踏むと「ブフゥ~」と鳴る床やら、天井から垂れ下がってくる毒蜘蛛を模したおもちゃやら……数え切れない悪戯に見舞われながら、私たちはようやく奥の部屋にたどり着いた。

「ぜぇ、はぁ……着いた」

「あちゃー、ワイの悪戯、半分以上避けられてもうた。なんやつまらんなぁ……て、あんた、こないだも来とったなぁ? 性懲りもなくまた来たんかいな」

 奥の部屋で待ち構えていたのは、赤いジャケットに茶色いズボンを身につけ、ハットをかぶった小人だった。なんだか変わった言葉を喋るのが印象的だ。

「はぁ、はぁ……それにしてもやりすぎですー……」

「きひひ。仕掛けはぎょうさんあった方がオモロいやん」

「レプラコーン……俺たちの用件はわかっているだろう?」

「ああ、靴のこっちゃろ? あんたこそ、ワイの出しとった条件、忘れてへんか?」

「金貨だろう。用意したぞ」

「はぁ? ホンマに?」

「ああ。……レティ、それを」

「うん」

 アデルに促されて、私は一歩前に出た。

「レプラコーンさん、初めまして。私はレティ、森でレストランをやってるの。今日は、あなたが私たちの靴を作ってくれると聞いて、特別なお料理を持ってきたのよ」

「はぁ? ワイは料理なんて頼んでまへんで。ワイが対価として受け取るのは、金貨だけや」

「まあまあ、いいから。ちょっと見てほしいの」

 そう言って、私は大切に抱えていた包みをテーブルの上に置いて、開いていく。
 アデルとドラコが悪戯から私を守ってくれたおかげで、盛り付けも崩れずに済んだようだ。

「……何やこれ? どれもこれも見たことない料理やな。こないなようわからんモン、食えやしまへん」

「あっ、待って。少しでいいから、話を聞いて」

「嫌なもんは嫌や。ええから帰ってえな」

 レプラコーンは、嫌そうに料理から顔をのけぞらせている。
 けれど、私はめげずに説明を続けようと、さらに前に出た。

「あのね、レプラコーンさん。このおせち料理には、特別な意味があって……」

「いらん言うとるのがわからんか! ええから、さっさと帰りなはれ!」

 レプラコーンは、邪魔だとばかりにしっしっと手を振って後ろを向く。

 その時、悲劇が起きた。

 レプラコーンの体が、テーブルに強くぶつかったのだ。
 その拍子に、弁当箱が床に向かって落ちてゆき――無惨にも、ひっくり返ってしまった。

「「「あっ」」」

 床に散らばる、おせち料理。
 私の目に、じわじわと、涙が滲んでくる。
 ――ひと口も、食べてもらえなかった。

「おい、レプラコーン!」

「いや、その、わざとやない……、いや、そんなんやのうて。とにかく、もう帰りい。二度と、ワイの家来んといてや」

「……っ」

「レティ!」

 私は、泣きながら、早足でレプラコーンの家から去ることしかできなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたにはもう何も奪わせない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:47,720pt お気に入り:2,788

ズットソバニイテ

BL / 連載中 24h.ポイント:205pt お気に入り:133

ねぇ、神様?どうして死なせてくれないの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:844pt お気に入り:6

貧乏令嬢、山菜取りのさなかに美少年を拾う

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:669

【壱】バケモノの供物

BL / 完結 24h.ポイント:433pt お気に入り:310

冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

BL / 連載中 24h.ポイント:12,909pt お気に入り:2,354

処理中です...