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聖夜の街のキッチンカー🎄Kitchen car in the Noël Town

第48話 すべてはここから ★アデル視点

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 レティとドラコが、無事に聖夜の街ノエルタウンから帰ってきた。
 今はリビングで、レティの土産話を聞いていたところだ。
 ちなみにドラコは、長旅で疲れたのか、昼寝をしている。

「――それでね、後払いにしてもらったキッチンカーの出店料を早速支払ってきたら、ほとんどお金が手元に残らなかったの。でも、出店許可証の期限はかなり長いから……」

 人と妖精が共存しているとか、素敵な風習に胸を打たれたとか、それまで嬉々として聖夜の街ノエルタウンの話を話していたレティだったが、今度は言いづらそうに、上目遣いで話し始めた。

「だから、もし良かったら、週末……ううん、月に一回だけでもいいから、聖夜の街ノエルタウンに営業に出させてもらえないかな?」

「ああ、構わないぞ」

「えっ? 本当に?」

 こんなにあっさり許可が下りるとは思っていなかったのだろう。レティは目を丸くして驚いている。

「ああ。昨日の夜、レティと会った後で光の精霊と少し話したんだ」

「光の精霊様と……?」

「ああ」

 彼はこう言っていた――『本物の絆があれば、心はいつでも繋がっている。二人の心が繋がっていたから、今夜の奇跡を起こせた。相手を信じ、互いを尊重することも必要だ』と。

 俺は……レティのことを尊重していないわけではないのだが、どうしても、安心して外界に送り出せなかった。
 恵みの森の端で大怪我を負っていたレティを拾ってからずっと、彼女がどこか危なっかしいと……目の届くところに置いておきたいという気持ちがあったと思う。

 けれど、今は、レティはひとりではないのだ。レティを守れるのは、もう、俺だけではない。

「――俺たちには信頼できる使い魔ドラコもいる。聖夜の街ノエルタウンには、頼りになる友人たちライやフウやノルもいる。なら、安全面の心配はいらないだろう?」

「うん」

 光の精霊は、こうも言っていた。

『これから彼女が果たす役割は、お前が思っているよりも大きい。そして、お前自身が果たす役割も、また然り。後悔することのないように行動しろ』と。

 レティの果たすべき役割が何なのかはわからないが、きっと、それはこの森の中にとどまるものではない。
 彼女の大きな愛は、俺たちだけではなく、外の世界へも向けられるべきものだ。

 そして、俺自身が果たすべき役割――それが何なのか、俺は薄々感づいている。

「レティは、外の世界でも輝くべきだと俺は思っている。外で疲れてしまったら、この森に、この家に帰ってくればいい。ここにはドラコもいる。花の妖精たちもいる。それから――俺も」

「アデル……」

「――後悔しないように。思うがままに、やってみるといい。それから……俺も、俺にできることを、少しずつ始めていこうと思っている」

「――うん! ありがとう、アデル!」

 レティは花が咲いたように笑って、俺の手を取った。
 この笑顔に、俺も、森の妖精たちも、絆されてしまったのかもしれない。

「ああ」

 俺も、彼女につられて微笑んだ。この森を守り、この地を守ることで彼女の笑顔が守れるのなら、俺は頑張れる――どんなに苦しいことがあっても。


「あ、そうだ! あのね、少ないんだけど、お土産があるのよ。ほら――これ!」

 レティが背負い袋の中から取り出したのは、割れないように布でぐるぐる巻きにされた瓶らしきものと、小洒落た楕円形の箱だった。

「これは……?」

「ワインとチーズよ」

「ワイン?」

「うん。私は十八歳だから飲んだことがないし、まだ飲めないけれど、アデルはもう二十一歳。成人しているでしょう? ドワーフさんのお酒は人間には強すぎるし、たまには飲みたいかと思って買ってきたの。ワインなら、アデルがもし苦手だったとしても、お料理に使えるしね」

「そうか……ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

 実際には、俺は十年前から森に引きこもっているから、ワインどころか酒自体、一切口にしたことはない。
 だが、わざわざそれを言う必要もないだろう。レティの気遣いは素直に嬉しい。

「チーズは、色々あって、人からもらったのよ」

「もらった?」

「うん、そうなの。実はね――」

 レティの話によると、彼女のキッチンカーの隣に出店していたのが、聖夜の街ノエルタウン名産の乳製品を販売する店だったらしい。
 祭り用にホットミルクとチーズの盛り合わせを販売していて、レティの販売していたフルーツ飴とホットミルクを交換したのだそうだ。

「それでね、店主さんがうっかり自分のホットミルクの中にいちご飴を落としてしまったの。そしたら――『なんだこれは!』って急に叫んで。どうやら、飴をコーティングしてた花の蜜がミルクに溶け出して、ほんのり甘いホットミルクになったみたい。それがいちごとぴったり合って、とっても美味しかったらしいのよ」

「ああ、確かにそれは美味そうだ」

「うん、私ももらったホットミルクで試してみたんだけど、本当に美味しかったの! でね、店主さんが恵みの森のフルーツと花の蜜に興味を持ってくれてね――」

 恵みの森のいちごが気に入った店主は、いちごを使ったチーズケーキや、いちごミルクを開発するために、いちごと花の蜜を買い取ってくれたそうだ。それが上手くいけば、もしかしたら正式に乳製品とフルーツの長期的な取引が成立するかもしれないらしい。

「いちごが上手くいったら、バナナとか、他のフルーツも持って行ってあげようかと思ってるの。そうしたら、こっちでもチーズやバター、生乳も使えるようになるかもしれないわ。乳製品があれば、作れるお料理も格段に増えるから楽しみね」

 そう話すレティはすごく楽しそうで、俺は彼女の料理への熱を再認識した。やはり、彼女は森の中だけでなく、外で輝くべきだ。

「あとね、ホットミルクにいちご飴も美味しかったんだけど、ひとつ思いついたことがあって――今ちょっと作ってみるね」

 レティはそう言うと、一旦キッチンに向かって、空のグラスといちごジャム、そしていちご飴を持って戻ってきた。

「まずはグラスの底にいちごのジャムを入れて」

 そう言いながら彼女はスプーンでふた匙ほど、ジャムを入れる。

「次に……えいっ」

 レティが指を鳴らすと、グラスになみなみと水が注がれる。彼女は泉の精霊の加護を受けているから、魔法で美味しい水を用意することができるのだ。
 だが、今出てきた水は、ただの水ではないようだ。シュワシュワと気泡が浮き上がって、表面で弾けている。

「これは?」

「これはね、炭酸水よ。炭酸泉からお水を分けてもらったの」

「炭酸水……そんなものも出せるのか」

「うん、泉の精霊が行き来できる綺麗な泉なら、炭酸泉の水も持ってきてもらえるの。それで――」

 レティは次に、持ってきたいちご飴を、あろうことか、いちごを下にしてグラスの中に挿した。

「せっかくの飴なのに、中に入れてしまうのか?」

「うん。串の部分を持って、かき混ぜて」

 言われた通りにグラスをかき混ぜると、いちごジャムがグラスの上の方まで広がって、ほんのり赤いソーダが出来上がった。

「これは……」

「タンフルソーダっていうの。さ、どうぞ召し上がれ」

 俺はソーダを口に含む。炭酸のピリリとした感触と、自然な甘みが口の中で弾けた。

「いちご飴も食べてね」

 ソーダに浸かっていたいちご飴をかじると、パリパリ食感の飴と、ジューシーないちごの甘みが口の中に広がる。

「これは美味いな」

「そうでしょ? それに、見た目が可愛いから、若い女の子たちに人気が出ると思うの」

「そうかもな。あと、他のフルーツで作っても美味いかもしれない」

「うんうん、そうよね。ぶどうとかオレンジとか。見た目も華やかだし、近くに飲食できるスペースがあれば、お祭りじゃなくてもきっと売れる気がするわ」

 レティは嬉しそうに笑って、ああでもない、こうでもないと次の計画を立て始めた。
 そんな風に一生懸命な彼女を見ていたら、俺も頑張ろうという気持ちになってくる。

「レティ。俺も、頑張るよ」

「え? もしかしてアデルも、何かやりたいことがあるの?」

「ああ。まだ詳しくは言えないが、そんなところだ」

「まあ! 私、応援するよ! 何か手伝えることはある?」

「レティは、レストランとキッチンカーを頑張ってくれれば、それでいい。どうしても君の助けが必要になったら、その時は言う」

「うん、絶対よ。私はアデルにたくさん助けてもらったんだもの、私もアデルを助けたいわ」

「その言葉だけでも充分なぐらいだ。だが――その時は、頼りにしているよ。レティ」

「……! うん! ありがとう、アデル」

 俺に頼られたことがよっぽど嬉しいのか、レティは、ふにゃりと笑った。

 これからだ。

 恵みの森が在り方を変えてゆくのも、精霊や妖精と、人との未来も。

 それから――人も精霊も妖精も笑顔にする、魔法のような料理で、レティがたくさんの幸せを届ける日が来るのも。


 そう、ここから始まるのだ。
 レティと魔法のキッチンカーが、空を翔けめぐる、新しい日々が――。



  【第二部・完】


✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚

 これにて、レティと魔法のキッチンカー、第二部完結となります。
 第三部の開始時期は未定となりますので一旦完結設定をさせていただきますが、これからも細々と書き続ける予定でおりますので、ブックマークはそのままにしていただけますと幸いです♪

 ここまでお読みくださり、ありがとうございました!
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