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第二章
第二章第30話 特訓
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「ちょっと! 何よその弱っちい攻撃は!」
「うわっ!」
俺がエレナに打ち込んだ一撃は簡単にいなされ、俺は訓練用の木剣を弾き飛ばされてしまった。
「何なの? 迷宮ってこんなに弱くても攻略できるわけ? それとも何? あのオカマだけが強くて周りは雑魚しかいないから手こずってるの?」
エレナはイライラした様子でそう吐き捨てる。すると、周りで訓練をしている他の冒険者たちはそれに反応してエレナのことを睨み付けた。だが、さすがにそれだけで絡まれるようなことはない。
エレナが有名人ということもあるが、ここは冒険者ギルドの訓練場なのだ。すぐにバレる場所で騒ぎを起こすような馬鹿はそうそういない。
さて、俺がどうしてこんなところで訓練しているのかというとエレナに無理矢理連れてこられたからだ。
トーニャちゃんに完膚なきまでに叩きのめされたエレナは見習い冒険者となり、この訓練場を利用する権利を得た。そのことを知ったエレナは朝一番で俺の宿にやってくると問答無用で俺を拉致し、そのまま訓練場へと連行して修行をさせられることになったというわけだ。
俺たちは昔からこんな感じで、やることはいつもエレナが決めて俺はそれに文句を言いながらも何だかんだと付き合っていた。
だから何となく昔に戻ったような気分ではあるのだが、何とも複雑な気分だ。
ちなみに、昨日トーニャちゃんにやられたエレナの怪我は治癒のポーションで全快している。エレナの奴は 1,500 マレの大金をポンと支払って治癒のポーションを買っていたのだ。
どうして学生のくせにそんなお金があるのかと思ったが、どうやらエレナは本当に特別待遇を受けているらしい。エレナは特待生として学費や生活費、装備費などは全て学園持ちなうえに一日 100 マレもの奨学金を受け取っているそうだ。
だがその待遇に見合うだけの活躍はしているそうで、たった半年で学園最強の座に登りつめてしまったらしい。
俺にはよく分からない話だが、こいつが規格外なのは昔からだ。
こうして殴られないだけでも俺としては――。
ゴチン。
頭に衝撃がやってきた。
エレナが木剣で俺の頭を叩きやがった。
もう、殴らないって言ってたのに!
「訓練の最中によそ見するな!」
『今のはディーノが悪いよっ! ちゃんと集中しよう?』
「う……ごめん……」
「分かったら、もう一回打ち込んできない。もっと、こう、シュッってやってバッってやるのよ!」
うん。言っていることがさっぱり理解できない。
だが俺は何とか見よう見まねで剣を振ってみる。
「こ、こうか?」
「違うわよ! こうよ!」
目にも止まらぬ速さの一撃をくらって俺はそのまま尻もちをついてしまう。
「もう! 何くらってんのよ! まじめにやって!」
「わ、悪い……」
こうして俺は徹底的にエレナにいたぶら……じゃなかった。修行をしてもらったのだった。
◆◇◆
「ちょっと! ディーノ! 早くしなさいよ!」
「フラウちゃんに私も会いたいわ」
俺たちは今、昼食を食べるためにギルド併設の酒場へとやってきている。この酒場は夜の営業がメインではあるものの、昼間はこうして軽食を出す喫茶店としても営業しているのだ。
「じゃあ、召喚します」
召喚を発動すると、淡い光に包まれてフラウが現れた。二人の顔はすぐにとろけて笑顔になる。
「こんにちはっ!」
「あ! こんにちは! フラウ!」
「フラウちゃん。久しぶりね!」
「うん。こんにちはっ! あ、セリア! クッキー、ありがとっ! すっごく美味しかったよっ!」
お礼を言われたセリアさんはものすごく嬉しそうにニコニコしている。
「あのねっ! セリア! エレナったら、すっごく強いんだよっ!」
「あら? さっきのを見てたの?」
「うん! ずっと近くにいたんだよっ! それでねっ! エレナがすっごく強くってね! ディーノったら全然相手にならなかったのっ! それでねっ!」
「ふ、ふふん。当然よ」
先ほどの訓練場での様子を楽しそうにセリアさんに報告している。そこで褒められていることが嬉しくて仕方がないのか、エレナはニマニマとだらけた表情を浮かべながらも冷静を装っている。
うん。何だか微笑ましい光景だ。
「何見てるのよ?」
「え? あ、いや。そんな風にニヤケているのは珍しいなって」
あ! しまった! これは殴られるやつだ!
そう直感した俺は慌てて防御の姿勢を取ったが、予想した鉄拳は飛んでこなかった。
「あ、あれ?」
そぅっとガードを降ろすと、俺のことなど気にせずフラウとおしゃべりをしている。
え? 本当に殴られない?
俺が疑問に思っているのが顔に出たのか、エレナは呆れたような表情でこちらを見た。
「殴ってほしいなら前みたいに殴ってあげるわよ?」
「い、いや。勘弁してください」
「そう」
エレナはそう言うとまたフラウを見て何かを話そうとした。
「あ!」
「フラウちゃん、消えちゃいましたね」
『あ、ディーノの MP 切れだっ』
おっと。たしかにもう MP がゼロになっている。
「あんた、もう MP 切れなの?」
「俺の MP は 3 しかないから」
「え? たったの?」
「ああ。これでも増えたんだがな。まあ、増やす手段がないわけじゃないんだが……」
「ディーノさん? あのギフトに頼ってはいけませんよ?」
セリアさんに釘を差されてしまった。
「ギフト? ディーノのって『ガチャ』よね? フラウが来てくれるギフトなんじゃないの?」
「いえ、違います。あのギフトは――あ!」
セリアさんがしまった、という表情で俺のほうを見てくる。
「その……お話しても大丈夫ですか?」
「はい。支部長も『蒼銀の牙』の皆さんも知っていますから。それに、自分で説明しますよ」
「はい」
それから俺は自分のギフトの説明をした。
「ふーん。じゃあ、お金があればあっただけフラウと遊べる時間が長くなるのね」
こいつ、俺のことをフラウ召喚マシーンか何かと勘違いしているんじゃないのか?
「じゃあ、さっさと迷宮に行きましょう。魔石が山ほど手に入るはずよね? それを売ってあんたの MP を増やすのよ!」
「エ、エレナさん! いけません。あのギフトの力は頼り過ぎればきっと破産してしまいます!」
「何よ? あんたはフラウに会いたくないの?」
「え? そ、それは会いたいですけど……」
「それに、ディーノはものすごく弱っちいんだからね! 早く強くしないと死ぬわよ?」
「ですが……」
「ですがも何もないわ! こいつ、学園だったら一番下よ。間違いなく!」
いや、俺が強くないということはわかってるさ。ステータスだって、ようやくスタート地点に立てた程度なんだ。
だが何もそこまでバッサリ言わなくても……。
「大体ね。こんな弱っちいディーノがエースとして前線にいるから攻略が進まないんじゃないの? あのオカマ以外にこのギルドには強いやつはいないのかしら」
「エレナさん……周りを……」
大声で捲し立てるエレナの声は酒場中に響いており、周りの冒険者たちがものすごい目でこちらを睨んでいる。
「あら? やるの? いいわよ。勝負してやろうじゃないの。誰からかしら?」
エレナが立ち上がってそう宣言すると冒険者たちはさっと顔を背ける。
「お、おい。落ち着けって」
「何よ? 事実じゃない。あたしみたいに小柄な女の子からこんなこと言われても言い返せないなんて、意気地なしにも程があるわね。本当に男なのかしら?」
「おい、エレナ!」
エレナはフンっと顔を背けると椅子に座り、昼食のサンドイッチに手を伸ばす。
「おう! 嬢ちゃん! そこまで言うならやってやろうじゃねぇか」
振り返るとそこには額に青筋を浮かべたロベルトさんの姿があったのだった。
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次回更新は通常通り、2021/04/04 (日) 21:00 を予定しております。
「うわっ!」
俺がエレナに打ち込んだ一撃は簡単にいなされ、俺は訓練用の木剣を弾き飛ばされてしまった。
「何なの? 迷宮ってこんなに弱くても攻略できるわけ? それとも何? あのオカマだけが強くて周りは雑魚しかいないから手こずってるの?」
エレナはイライラした様子でそう吐き捨てる。すると、周りで訓練をしている他の冒険者たちはそれに反応してエレナのことを睨み付けた。だが、さすがにそれだけで絡まれるようなことはない。
エレナが有名人ということもあるが、ここは冒険者ギルドの訓練場なのだ。すぐにバレる場所で騒ぎを起こすような馬鹿はそうそういない。
さて、俺がどうしてこんなところで訓練しているのかというとエレナに無理矢理連れてこられたからだ。
トーニャちゃんに完膚なきまでに叩きのめされたエレナは見習い冒険者となり、この訓練場を利用する権利を得た。そのことを知ったエレナは朝一番で俺の宿にやってくると問答無用で俺を拉致し、そのまま訓練場へと連行して修行をさせられることになったというわけだ。
俺たちは昔からこんな感じで、やることはいつもエレナが決めて俺はそれに文句を言いながらも何だかんだと付き合っていた。
だから何となく昔に戻ったような気分ではあるのだが、何とも複雑な気分だ。
ちなみに、昨日トーニャちゃんにやられたエレナの怪我は治癒のポーションで全快している。エレナの奴は 1,500 マレの大金をポンと支払って治癒のポーションを買っていたのだ。
どうして学生のくせにそんなお金があるのかと思ったが、どうやらエレナは本当に特別待遇を受けているらしい。エレナは特待生として学費や生活費、装備費などは全て学園持ちなうえに一日 100 マレもの奨学金を受け取っているそうだ。
だがその待遇に見合うだけの活躍はしているそうで、たった半年で学園最強の座に登りつめてしまったらしい。
俺にはよく分からない話だが、こいつが規格外なのは昔からだ。
こうして殴られないだけでも俺としては――。
ゴチン。
頭に衝撃がやってきた。
エレナが木剣で俺の頭を叩きやがった。
もう、殴らないって言ってたのに!
「訓練の最中によそ見するな!」
『今のはディーノが悪いよっ! ちゃんと集中しよう?』
「う……ごめん……」
「分かったら、もう一回打ち込んできない。もっと、こう、シュッってやってバッってやるのよ!」
うん。言っていることがさっぱり理解できない。
だが俺は何とか見よう見まねで剣を振ってみる。
「こ、こうか?」
「違うわよ! こうよ!」
目にも止まらぬ速さの一撃をくらって俺はそのまま尻もちをついてしまう。
「もう! 何くらってんのよ! まじめにやって!」
「わ、悪い……」
こうして俺は徹底的にエレナにいたぶら……じゃなかった。修行をしてもらったのだった。
◆◇◆
「ちょっと! ディーノ! 早くしなさいよ!」
「フラウちゃんに私も会いたいわ」
俺たちは今、昼食を食べるためにギルド併設の酒場へとやってきている。この酒場は夜の営業がメインではあるものの、昼間はこうして軽食を出す喫茶店としても営業しているのだ。
「じゃあ、召喚します」
召喚を発動すると、淡い光に包まれてフラウが現れた。二人の顔はすぐにとろけて笑顔になる。
「こんにちはっ!」
「あ! こんにちは! フラウ!」
「フラウちゃん。久しぶりね!」
「うん。こんにちはっ! あ、セリア! クッキー、ありがとっ! すっごく美味しかったよっ!」
お礼を言われたセリアさんはものすごく嬉しそうにニコニコしている。
「あのねっ! セリア! エレナったら、すっごく強いんだよっ!」
「あら? さっきのを見てたの?」
「うん! ずっと近くにいたんだよっ! それでねっ! エレナがすっごく強くってね! ディーノったら全然相手にならなかったのっ! それでねっ!」
「ふ、ふふん。当然よ」
先ほどの訓練場での様子を楽しそうにセリアさんに報告している。そこで褒められていることが嬉しくて仕方がないのか、エレナはニマニマとだらけた表情を浮かべながらも冷静を装っている。
うん。何だか微笑ましい光景だ。
「何見てるのよ?」
「え? あ、いや。そんな風にニヤケているのは珍しいなって」
あ! しまった! これは殴られるやつだ!
そう直感した俺は慌てて防御の姿勢を取ったが、予想した鉄拳は飛んでこなかった。
「あ、あれ?」
そぅっとガードを降ろすと、俺のことなど気にせずフラウとおしゃべりをしている。
え? 本当に殴られない?
俺が疑問に思っているのが顔に出たのか、エレナは呆れたような表情でこちらを見た。
「殴ってほしいなら前みたいに殴ってあげるわよ?」
「い、いや。勘弁してください」
「そう」
エレナはそう言うとまたフラウを見て何かを話そうとした。
「あ!」
「フラウちゃん、消えちゃいましたね」
『あ、ディーノの MP 切れだっ』
おっと。たしかにもう MP がゼロになっている。
「あんた、もう MP 切れなの?」
「俺の MP は 3 しかないから」
「え? たったの?」
「ああ。これでも増えたんだがな。まあ、増やす手段がないわけじゃないんだが……」
「ディーノさん? あのギフトに頼ってはいけませんよ?」
セリアさんに釘を差されてしまった。
「ギフト? ディーノのって『ガチャ』よね? フラウが来てくれるギフトなんじゃないの?」
「いえ、違います。あのギフトは――あ!」
セリアさんがしまった、という表情で俺のほうを見てくる。
「その……お話しても大丈夫ですか?」
「はい。支部長も『蒼銀の牙』の皆さんも知っていますから。それに、自分で説明しますよ」
「はい」
それから俺は自分のギフトの説明をした。
「ふーん。じゃあ、お金があればあっただけフラウと遊べる時間が長くなるのね」
こいつ、俺のことをフラウ召喚マシーンか何かと勘違いしているんじゃないのか?
「じゃあ、さっさと迷宮に行きましょう。魔石が山ほど手に入るはずよね? それを売ってあんたの MP を増やすのよ!」
「エ、エレナさん! いけません。あのギフトの力は頼り過ぎればきっと破産してしまいます!」
「何よ? あんたはフラウに会いたくないの?」
「え? そ、それは会いたいですけど……」
「それに、ディーノはものすごく弱っちいんだからね! 早く強くしないと死ぬわよ?」
「ですが……」
「ですがも何もないわ! こいつ、学園だったら一番下よ。間違いなく!」
いや、俺が強くないということはわかってるさ。ステータスだって、ようやくスタート地点に立てた程度なんだ。
だが何もそこまでバッサリ言わなくても……。
「大体ね。こんな弱っちいディーノがエースとして前線にいるから攻略が進まないんじゃないの? あのオカマ以外にこのギルドには強いやつはいないのかしら」
「エレナさん……周りを……」
大声で捲し立てるエレナの声は酒場中に響いており、周りの冒険者たちがものすごい目でこちらを睨んでいる。
「あら? やるの? いいわよ。勝負してやろうじゃないの。誰からかしら?」
エレナが立ち上がってそう宣言すると冒険者たちはさっと顔を背ける。
「お、おい。落ち着けって」
「何よ? 事実じゃない。あたしみたいに小柄な女の子からこんなこと言われても言い返せないなんて、意気地なしにも程があるわね。本当に男なのかしら?」
「おい、エレナ!」
エレナはフンっと顔を背けると椅子に座り、昼食のサンドイッチに手を伸ばす。
「おう! 嬢ちゃん! そこまで言うならやってやろうじゃねぇか」
振り返るとそこには額に青筋を浮かべたロベルトさんの姿があったのだった。
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次回更新は通常通り、2021/04/04 (日) 21:00 を予定しております。
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