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二人の時間

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朝食を食べ終わり、リーストファー様の服を用意した。


「どうして服を用意している」

「今日は一緒に絵を探しませんか?」

「絵か…そうだな、あの下手くそな絵をもう一度見たい」

「ふふ、ええあの下手くそな絵を一緒に探しましょう。ですが薬を飲んでからですよ?」


ベッドの脇にはまだ飲んでいない薬が置いてある。リーストファー様は薬を一度見て、薬から視線を外し『はぁ』と溜息を吐いた。


「リーストファー様でも苦手なものがあるんですね」

「俺にだって苦手なものはある。薬なんて飲まなくても治るものは治る。それに塗薬を塗らなくても傷口はいつか塞がる」

「ですがきちんと治す為です」

「今更治した所でもう…」


もう騎士にはなれない?


「もう、なんです?」


固く口を閉ざしたリーストファー様は私から顔を背けた。


「傷口は残りますがきちんと治しましょう。慌てず少しづつ治していきましょう」


そうしたら貴方次第だとはいえ、騎士に戻れるかもしれない。生きる希望を失った貴方が、またもう一度生きる希望を見つけるその日の為に…。

傷ついた体も、傷ついた心も、きちんと治さないといけない。

私はその手助けをしたい。その先に待ち構えているものが何であれ、私は貴方の妻だから。

リーストファー様は薬を手に取り、嫌そうな顔をして一気に飲み干した。疲れきった表情が本当に苦手だと分かる。


「飲んだぞ?」

「はい」


リーストファー様の苦いと歪んだ顔に、私は自然と微笑んでいた。

本当に少しづつではあるけれど、素のリーストファー様を見せてもらえている、そんな気になるの。


「さあ、着替えましょう」


男性の使用人を呼んで私は部屋を出た。流石に私では男性のリーストファー様の着替えを手伝う事は出来ない。自由に動かせられない体を私が支える事は出来ないから。

部屋の外で待っていると、服を着替えたリーストファー様が出て来た。杖を突き、激痛に耐え、それでも一歩一歩と近づいてくる。


「待たせた」


私は顔を横に振った。


「今日は一階を探しましょう。疲れたら遠慮せず言って下さいね?さっきワンズも無理は禁物だと言っていましたよ?」


薬を飲んで少し経った頃、ワンズがリーストファー様の部屋に入ってきた。私はその間部屋を出た。全身の傷口を見て塗薬を塗り包帯を替え、私は呼ばれ部屋に入った。その時今から絵を探す事をワンズに伝えた。

ワンズには、リーストファー様が騎士に戻れるように、治療をしてほしいと頼んである。でもそれは本人には気づかれないように。

『それは良いですね。横になっていては気が滅入ってしまう。あの絵を観て、絵に隠された真意を見つけるのも面白いと思いますよ。ですが無理は禁物です。疲れたら休む、大事な事です』と言われたばかり。


「ああ、分かってる」


静かな廊下にカツンカツンと杖の音が響く。私はリーストファー様の後ろを、リーストファー様の歩く速度に合わせて、ゆっくりと歩いていく。

廊下の壁に絵が飾ってあった。

立ち止まり絵を眺める。


「これは…また…」

「ええ、これは何でしょうか」


二人で絵を眺め考える。よくよく観ても、どれだけ考えても、お祖父様にしか分からない絵。


「辺境近くの領地なんだよな」

「はいそうです。リーストファー様、これは耳に見えませんか?」

「耳と言われれば耳、か?」

「兎でしょうか」

「兎ならもう少し耳が立ってないか?」

「では熊でしょうか」

「熊はいないはずだが」

「「うーん…」」


そんな他愛もない話を二人で話す。


「見ていて和む絵だよな」

「はい、私もそう思います。何を描いたのかはさっぱり分かりませんが」

「だな」


お互い顔を見合わせ微笑みあう。

またゆっくりと歩いて次の絵を見つける。


「これは…」

「ええ、これはまた、立派な大木ですね」

「大木と言っても木と葉が合ってないだろ」

「私が描いた方が上手く描けます」

「勝負するか?」

「受けて立ちます」


庭に移動し、庭の木をお互い描いた。描いてからお互い見せ合った。

先に、リーストファー様が描いた絵を見ている。


「リーストファー様は絵がお上手ですね。ですが私も負けませんよ」


私が描いた絵を、リーストファー様に見せた。


「ハハハッ、爺さんよりは上手いかもしれないが、爺さんの孫だけあるな」


リーストファー様は初めて声を出して笑った。


「笑うほど酷くありません」


私はもう一度描き直した。


「むきになるなよ」

「お祖父様と同じだなんて悔しいですもの」

「爺さんの絵は誰よりも温かい。どれだけ上手に描いても、爺さんの絵には誰も勝てないよ。

だが、クククッ、血は争えないってこの事なんだな、ククッ」

「もう!」


お腹をかかえ『痛た』と言いながら笑っているリーストファー様の笑顔を見れて良かった。

それでも悔しいのは別だけど。


「爺さんの絵の前では俺の絵なんか落書きだ」

「ならその落書きを私に下さい」

「こんなの貰ってどうする」

「私の部屋に飾ります」

「飾るような絵じゃないだろ」

「絵に価値を付けるのはその絵を手にした者の特権です」

「なら俺はこの2枚を貰う」


私が描いた2枚の絵をリーストファー様は手に取った。


「俺も部屋に飾って眺めては笑わせてもらう」

「リーストファー様は意地悪ですね」

「絵の価値を決めるのは手にした者の特権なんだろ?」

「そうですが、どうせ飾るならきちんとした絵にして下さい」

「俺はこの絵がいい」


私の絵を、優しそうな顔で見つめるリーストファー様の横顔から、私は目が離せなかった。


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