14 / 151
二人の時間
しおりを挟む朝食を食べ終わり、リーストファー様の服を用意した。
「どうして服を用意している」
「今日は一緒に絵を探しませんか?」
「絵か…そうだな、あの下手くそな絵をもう一度見たい」
「ふふ、ええあの下手くそな絵を一緒に探しましょう。ですが薬を飲んでからですよ?」
ベッドの脇にはまだ飲んでいない薬が置いてある。リーストファー様は薬を一度見て、薬から視線を外し『はぁ』と溜息を吐いた。
「リーストファー様でも苦手なものがあるんですね」
「俺にだって苦手なものはある。薬なんて飲まなくても治るものは治る。それに塗薬を塗らなくても傷口はいつか塞がる」
「ですがきちんと治す為です」
「今更治した所でもう…」
もう騎士にはなれない?
「もう、なんです?」
固く口を閉ざしたリーストファー様は私から顔を背けた。
「傷口は残りますがきちんと治しましょう。慌てず少しづつ治していきましょう」
そうしたら貴方次第だとはいえ、騎士に戻れるかもしれない。生きる希望を失った貴方が、またもう一度生きる希望を見つけるその日の為に…。
傷ついた体も、傷ついた心も、きちんと治さないといけない。
私はその手助けをしたい。その先に待ち構えているものが何であれ、私は貴方の妻だから。
リーストファー様は薬を手に取り、嫌そうな顔をして一気に飲み干した。疲れきった表情が本当に苦手だと分かる。
「飲んだぞ?」
「はい」
リーストファー様の苦いと歪んだ顔に、私は自然と微笑んでいた。
本当に少しづつではあるけれど、素のリーストファー様を見せてもらえている、そんな気になるの。
「さあ、着替えましょう」
男性の使用人を呼んで私は部屋を出た。流石に私では男性のリーストファー様の着替えを手伝う事は出来ない。自由に動かせられない体を私が支える事は出来ないから。
部屋の外で待っていると、服を着替えたリーストファー様が出て来た。杖を突き、激痛に耐え、それでも一歩一歩と近づいてくる。
「待たせた」
私は顔を横に振った。
「今日は一階を探しましょう。疲れたら遠慮せず言って下さいね?さっきワンズも無理は禁物だと言っていましたよ?」
薬を飲んで少し経った頃、ワンズがリーストファー様の部屋に入ってきた。私はその間部屋を出た。全身の傷口を見て塗薬を塗り包帯を替え、私は呼ばれ部屋に入った。その時今から絵を探す事をワンズに伝えた。
ワンズには、リーストファー様が騎士に戻れるように、治療をしてほしいと頼んである。でもそれは本人には気づかれないように。
『それは良いですね。横になっていては気が滅入ってしまう。あの絵を観て、絵に隠された真意を見つけるのも面白いと思いますよ。ですが無理は禁物です。疲れたら休む、大事な事です』と言われたばかり。
「ああ、分かってる」
静かな廊下にカツンカツンと杖の音が響く。私はリーストファー様の後ろを、リーストファー様の歩く速度に合わせて、ゆっくりと歩いていく。
廊下の壁に絵が飾ってあった。
立ち止まり絵を眺める。
「これは…また…」
「ええ、これは何でしょうか」
二人で絵を眺め考える。よくよく観ても、どれだけ考えても、お祖父様にしか分からない絵。
「辺境近くの領地なんだよな」
「はいそうです。リーストファー様、これは耳に見えませんか?」
「耳と言われれば耳、か?」
「兎でしょうか」
「兎ならもう少し耳が立ってないか?」
「では熊でしょうか」
「熊はいないはずだが」
「「うーん…」」
そんな他愛もない話を二人で話す。
「見ていて和む絵だよな」
「はい、私もそう思います。何を描いたのかはさっぱり分かりませんが」
「だな」
お互い顔を見合わせ微笑みあう。
またゆっくりと歩いて次の絵を見つける。
「これは…」
「ええ、これはまた、立派な大木ですね」
「大木と言っても木と葉が合ってないだろ」
「私が描いた方が上手く描けます」
「勝負するか?」
「受けて立ちます」
庭に移動し、庭の木をお互い描いた。描いてからお互い見せ合った。
先に、リーストファー様が描いた絵を見ている。
「リーストファー様は絵がお上手ですね。ですが私も負けませんよ」
私が描いた絵を、リーストファー様に見せた。
「ハハハッ、爺さんよりは上手いかもしれないが、爺さんの孫だけあるな」
リーストファー様は初めて声を出して笑った。
「笑うほど酷くありません」
私はもう一度描き直した。
「むきになるなよ」
「お祖父様と同じだなんて悔しいですもの」
「爺さんの絵は誰よりも温かい。どれだけ上手に描いても、爺さんの絵には誰も勝てないよ。
だが、クククッ、血は争えないってこの事なんだな、ククッ」
「もう!」
お腹をかかえ『痛た』と言いながら笑っているリーストファー様の笑顔を見れて良かった。
それでも悔しいのは別だけど。
「爺さんの絵の前では俺の絵なんか落書きだ」
「ならその落書きを私に下さい」
「こんなの貰ってどうする」
「私の部屋に飾ります」
「飾るような絵じゃないだろ」
「絵に価値を付けるのはその絵を手にした者の特権です」
「なら俺はこの2枚を貰う」
私が描いた2枚の絵をリーストファー様は手に取った。
「俺も部屋に飾って眺めては笑わせてもらう」
「リーストファー様は意地悪ですね」
「絵の価値を決めるのは手にした者の特権なんだろ?」
「そうですが、どうせ飾るならきちんとした絵にして下さい」
「俺はこの絵がいい」
私の絵を、優しそうな顔で見つめるリーストファー様の横顔から、私は目が離せなかった。
応援ありがとうございます!
5
お気に入りに追加
2,466
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる