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辺境へ
しおりを挟む馬車の長旅、ボビンやリック、公爵家の騎士達に護衛してもらいながら私は辺境を目指す。
馬車の中ではニーナと楽しく話しながら、宿屋は毎日飛び込みで泊まる。勿論安宿の時もある。それでも皆が横になって眠れればどんな宿でも文句を言うつもりはない。休憩を取りながらと言っても、馬に跨る騎士達の体を休める為だもの。それに安宿の周りには酒場や所謂娼館があり、窓から見る街の風景や人間模様は、見ていて案外面白い。その代わり部屋の外に一歩も出ない約束だけど。
今は安宿の部屋の中。
「窓は開けないで下さい」
私とニーナの夕食を買ってきてくれたリック。
「リックも酒場に行ってきてもいいのよ?」
安宿に泊まった日は騎士達は酒場で夕食を食べる。別にお酒を飲んでも次の日に差し支えなければ私は良いと思うし。
「いえ、俺は伯爵夫人の部屋の見張りを致します」
「ふふっ、リックの口調も板についてきたわね」
「王宮への送り迎えをしていましたから」
私は堅苦しいリックに笑いかけた。
「リック、似合わない」
一瞬ムッとしたリック。
「あのな、安宿の周りは危険なんだ。姫さんはただでさえひと目につきやすいんだから、こっちだって気が気でないわけ。分かったら窓を閉めてさっさと寝てくれ。
これで満足か?」
「ええ、今は私とニーナしかいないんだからリックも肩の力を抜いて?」
元々盗賊育ちのリックは口調が荒い。お父様も私も口調は気にしないけど、ボビンは違う。騎士同士なら許されても身分には厳しいから。
「ほら、リックも夕食まだでしょ?一緒に食べましょ。その為に多めに頼んだんだから」
「だからか、だから腹が減ったから多めに買ってこいって言ったのか」
「どうせ部屋の前で護るなら部屋の中でいいじゃない。ほらほら座って、リックが座らないと夕食が冷めちゃうわ」
溜息を吐いてドカッと椅子に座ったリック。3人で話しをしながら街で買ってきてもらった夕食を食べた。
夜になっても宿の外からは騒がしい人の声が聞こえる。横になって目を瞑っても考えることはリーストファー様のこと。
馬で駆ければ1ヶ月もかからない。私のように宿屋に泊まることもないだろう。馬を休める為に休憩はするだろうけど、それも最低限。
あれから2週間、もうそろそろ着く頃か、既に着いているか…。
私は窓を開け月を眺める。同じ月を眺めていると願って祈る。
辺境へ近づけば近づくほど、リーストファー様の心は何を思っているのだろう。あの戦場での出来事の記憶は、あの辛く悲しい記憶は、テオン様の死は、あの慟哭は、昨日のように脳裏をよぎる。
馬は前へ前へと駆け、日毎辺境に近づく。この月を、この星空を眺め眠れぬ夜を過ごしているだろう。静けさの中、目を瞑っても脳裏に浮かぶのはまだ新しい記憶。
貴方は今、何を思っているの?
私に出来る事は月に願うだけ。
せめて体が休まりますように…
今日も祈りを捧げて私は眠りについた。
それからも私の旅路は続いた。辺境へ近づけば近づくほど王宮軍が通っていった話題で持ちきり。『また戦が始まるのか』『何か辺境であったのか』
道すがら辺境で合同訓練だと言ったとしても、皆の記憶にもバーチェル国との戦はまだ新しい。
王宮軍の大軍が通る、それだけで人々は不安になる。さっきの街でも『嬢ちゃん悪いことは言わねぇ、引き返した方が賢明だぜ』そう言われた。
今私達は辺境に入るという所で足止めを食らっている。関所では通行証の確認だけでなく向かう場所や理由を聞かれ、物々しい空気が流れている。
関所近くにある宿屋にもう3日。宿屋から一歩も外に出れず缶詰め状態。辺境が緊迫しているのは宿屋に居ても伝わる。それに、私達が向かう場所が辺境を越えてしか行けないホーゲル領。私とニーナの部屋の前には関所の騎士が立っている。リック達も違う部屋で缶詰め状態。今回の長旅、大所帯での移動、この宿屋は私達で貸し切りになっている。
領地にいるシャルクが迎えに来るまでか、辺境伯に確認しているのか、
「ニーナ、待っててね、必ず旦那さんに会わせてあげるから。それまで耐えられそう?」
私は外にいる騎士に聞こえるようにわざと大きな声で話している。
「初産なのに不安よね?旦那さんの側で産みたいわよね?そうよね、私は女性だもの、その気持ちが分かるわ。それに旦那さんではない男性しか居ないここでは意地でも産めないわよね、分かるわ。
あぁ、何の罪もない赤ちゃん、もう少しの辛抱よ、頑張ってお腹の中で耐えてね。エーネ国の未来を担う赤子に何という仕打ちかしら」
ニーナは今、お腹に布を詰めて大きなお腹になっている。辺境へ入れば足止めされると踏んでいた。だからニーナには赤子を宿した母親役をしてもらっている。
騎士だって人の子、出産が命懸けなのは知ってる。それも初産で不安の中、もし自分の母が、もし自分の妻が、男性だらけの場所で子を産むとなったら、それも自分はその場に居ない。
想像したら、どう?
別に男性達が出産を覗く訳でもないし、お腹の大きな女性に乱暴なんてしない。
それでもいい気分ではない。
それに赤子はこの国の宝。未来を担う子が産まれなければこの国は衰退していく。
弱き者を護る騎士だからこそ情に訴える。
こんな所で足止めされたら…、とりあえず宿屋から出ないことには何も動けない。
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