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消えた笑顔
しおりを挟む子供達の笑顔を私は見つめる。
子供達の笑い声、何も知らない屈託ない笑顔、皆で協力し、仲が良く、それでも勝ち負けはあり、こうして幼少期から共に過ごし、絆は深く強いものになる。
子供達は騎士が迎えに来て、洗濯場に残された私と殿下。次から次へと洗濯物は運ばれてくる。それを私達は黙々と洗う。
「殿下、子供達の笑顔を見ました?」
「ああ」
「私にも殿下にもあんな子供時代がありました。それは辺境の騎士達も同じです。それは分かりますよね?」
コクリと殿下は頷いた。
「どうして私が一番最初に洗濯場を選んだと思います?」
何も答えない殿下。
「天に召された彼等にも、勿論生き残った彼等にも、あの子達のように屈託ない笑顔の頃があったんです。幼少期から共に暮らし同じ時を過ごし、彼等の絆は誰にも切れないほど強く頑丈なものになりました。
殿下、子供達のあの笑顔を心に刻んで下さい。そして貴方の命令で彼等からあの笑顔を奪ったと、辺境の騎士達の笑顔を消したのは殿下、貴方です」
私は手を止め殿下を見つめた。殿下も手を止め私を見つめている。
「貴方はただ自分が正しいと、自分の考えが間違う訳がないと、戦場を軽視し、人の命を貴方の身勝手で、騎士達の命を駒のように弄んだんです。
あの子達の笑顔を守る為にも、これから償いをする為にも、私は貴方に知ってほしかった。あの子達と交流し、その中で会話をし、教えてもらい、共に手を取り同じ作業をしました。彼等の純粋な心に、人を恨むという感情もまだない彼等の心に触れ、貴方にも少し芽生えたのではないですか?
彼等の笑顔を心を守らないとと。貴方は本当はとても真面目な人だもの」
「彼等に恥じないように生きなくては、と思った。私にとって、初めて出来た友のように思えたんだ。忖度なく私に笑いかけてくれた初めての人だった」
「ええ、彼等には貴方は新入りのお兄ちゃん、彼等は貴方の師匠、弟子は師匠を慕うものです。
彼等の笑顔だけは消さないようにしましょうね」
「ああ」
それからも黙々と洗っては干しを繰り返した。
『お昼にするぞ』とテネシー隊長が呼びに来て、私達は王宮軍の天幕に向かう。
「殿下、先程も言ったように子供達の屈託ない笑顔を、純粋な心を知ってほしくて今日は洗濯場に行っただけで、明日からは地獄だとお思い下さい」
「ああ、分かってる」
殿下は頷いた。
天幕に着けば心配そうな顔でリーストファー様が待ち構えていた。
「前はすまなかった」
殿下は勢いよくリーストファー様に頭を下げた。
「赦しません」
「ああ分かってる」
リーストファー様は私を見つめた。
「それでも…、恕します。妻が私を恕したように、私も殿下を恕します。
私は妻に嫌われたくない。それに殿下には感謝もしているんです。殿下が手放してくれたおかげで私は最愛の妻を手に入れられた。
罰を与えるのが人なら、恕すのもまた人です。彼女は私に大切なものを与えてくれました。今の私は彼女の大切なもので出来上がっています。感謝するなら彼女に」
殿下は私の方を向いた。
「ありがとうミシェル、私は本当に何も見えていなかった…。すまない、すまなかった…」
殿下は頭を下げた。
「私も殿下には感謝しているんです。貴方が私をあっさりと手放してくれたおかげで、私はこんな格好良い夫に出会えました。
ごめんなさいね?私だけ幸せになっちゃいました」
なんとも言えない顔をしている殿下。
「さあ飯だ飯、俺は腹が減った」
おじさまの大きな声。
若い騎士達とシャルクとニーナも手伝い配給していく。
私も手伝おうとした。
「ミシェルはここ、俺の隣に座る」
手を引っ張られそのままリーストファー様の隣に座った。
「今は妻を返してもらいます。殿下はもう少し離れて座って下さい」
殿下を追い払うようにリーストファー様はシッシッと手を振った。
『ハハハッ』と大きな声で笑うおじさま。
「ミシェル、昔のようにおじちゃまが食べさせてやろうか?」
「テネシー隊長」
私はおじさまをキッと睨んだ。
「昔は『おじちゃまの膝の上に座って食べたいの』って言ってただろ?座ったら座ったで口を開けて『食べさせてくれないの?』って言ってたじゃないか。久しぶりにおじちゃまが膝の上で食べさせてやる、来いミシェル」
おじさまは自分の膝をポンポンと叩いている。
「自分で食べれます」
「ならしっかり食え。食わないと体力が無くなるぞ。お前はこれから気力が擦り減る、体力だけはつけろ。だから遠慮せず食え、いいな」
「はい」
私は夜にパン1個だけ貰おうと思っていた。
遠慮もある。王宮軍の食料を減らすのは悪いと思っていた。ただでさえ人数が増えた。
それに、罪を償う私が食べていいのか、3食食べていいのかと思っていた。
「殿下もしっかり食え、空腹は思考を鈍らせる。償いたいなら、しっかり食べろ」
「感謝する」
殿下がパンを一口食べるのを見届ける。
「ミシェル」
リーストファー様は一口大に千切ったパンを私の口元に持ってきた。
リーストファー様と目が合い、リーストファー様は一度瞬きをした。
「ほら」
私は口を開けて、リーストファー様は私の口の中にパンを入れた。
「今は何も考えずに食べろ、な?」
私は頷き、目の前にあるパンを手に取り食べ始めた。
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