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眠れない夜
しおりを挟む暗闇が空を占拠し、辺りは虫だけが元気に鳴いている。
私は隣に眠るニーナを起こさず天幕を出る。天幕を出て空を見上げれば満天の星空と綺麗な丸い月の光。
私は今日一日を振り返る。
昼食を食べてから私と殿下はまた洗濯場へ行き、今度は乾いた洗濯物を畳んだ。
『干しておけば勝手に取りに来る』私達を監視する隊長にそう言われた。それでも畳んであれば持ち運びが楽だろうと、上下名前を揃えて畳んで置いていた。大量にある洗濯物から自分の名前の訓練着を探すのも大変だろうと。一応小隊ごとに干すのだと教えてもらったから、教えてもらった通りに干したけど、それでも何十枚もある中から探すより、畳んで置いてあれば探すのも簡単だろうと。
たまたま今畳んでいた服の持ち主だった人は私から奪うように取っていった。『穢れるから触るな』そう言った人もいた。『これはもう捨てる』そう言い近くの屑箱へ捨てていった人もいた。
こんなのは序の口、いいえまだ始まってもいない。
「ミシェル」
私は振り返る。
「リーストファー様」
「眠れないのか?」
私はにこっと微笑んだ。
リーストファー様は私の手を引き天幕から離れた。
松明の明かりも届かない離れた場所。リーストファー様は土の上に胡座をかき、座れと自分の足を叩いた。私が胡座の上に座るとリーストファー様は包み込むように私を抱きしめた。
「辛いか?」
私は顔を横に振った。
たった一日で音を上げれない。辛い思いをするのは分かりきっていたこと。
「俺は辛い。ミシェルに下働きのような真似をさせている自分にも腹が立つ。それに……、殿下と仲良すぎないか?」
「ふふっ、妬いてくれるんですか?」
「当たり前だ。今は俺の妻なのに、ミシェルは殿下の元婚約者として責任を取りたいと言う。ミシェルは俺の妻だ…」
「リーストファー様の妻になれたからこそ、私は私の罪が分かりました。以前、王になる者の婚約者には覚悟が必要だと言ったのを覚えていますか?」
リーストファー様は頷いた。
「私は婚約者として殿下を正してきませんでした。王を正すのは妃の役目、なら王になる者を正すのは婚約者の役目でした。ですが、私は正すどころか、一応言葉で伝えるものの、殿下が聞くも聞かないも私には関係ないと、一応私は伝えたのだからと、そう逃げ道を作っていました。
でも今は殿下に何をどう思われてもこれから関係を築く相手ではない、だから私は殿下にはっきり言えるんだと思います。それが殿下に追い打ちをかける言葉でもです。
今更ですが、今だから元婚約者として殿下を正し導けるのでは、と思っているんです。
だって私にはリーストファー様が、どんな私でも私の味方になってくれるリーストファー様がいるんですから、だから私は頑張れる。
貴方がいる、それだけで…」
私はリーストファー様にもたれかかるように身を預けた。
「私は元婚約者として今度こそ正していきたい。それが元婚約者としての務めだと思っています。
それに打算もあるんですよ?私がリーストファー様の妻だという事は皆が知っていると思うんです。それでも皆さんの私の認識は殿下の婚約者としてです。でもその婚約者としての償いが認められたら、それはリーストファー様の妻として認めるという事になりませんか?結局は貴方の妻だと認めてもらう為に頑張っているのと同じなんです。だから殿下の為ではないんです。
ふふっ、言葉にするとなんて私は貪欲なんでしょう」
「俺は俺が認めているだけでいいと思う。ミシェルは俺の妻だからな」
「ですがお隣さんです。ご近所付き合いは大事でしょう?何かあった時に助け合わないといけないんですから」
「はあぁ、そうなるか」
「はい」
リーストファー様は私をギュッと抱きしめた。
「ミシェル、頑張れるお守りは欲しくないか?」
「お守りですか?欲しいです」
私がそう答えると、リーストファー様は私を胡座の上で横抱きにし、夜着のボタンを外し始めた。
「ちょ、ちょっとリーストファー様、ここは外ですよ?」
「外だと開放的にならないか?」
リーストファー様は私の耳元で囁いた。
「なりません」
少し大きな声が出たのは仕方がない。
「もう、私の旦那様はいつから獣になったのでしょう」
「ミシェル、好きな女が腕の中にいて獣にならない男はいない」
闇夜でもすぐ近くにあるリーストファー様の顔ははっきり見える。真剣な眼差しで私を見ている。
「好きな女に触れたい、そう思うのは悪い事か?」
「時と場合があります」
「もうずっと触れてない」
「外ですよ?それに離れているとはいえすぐ近くには天幕もあります」
「皆寝てるさ。それに俺だって最後までしようなんて思っていない、ただ少しだけ触れたい。ミシェルは俺の妻だと、俺だけが柔らかい部分に触れられると、俺だって本当は四六時中離れたくないのを我慢しているんだぞ?ミシェルを護りたいのに小隊長にその場を任せた俺の気持ちが分かるか?俺と居る時間より殿下と居る時間の方が長い、それだって気に食わない」
「もう、拗ねないで下さい」
「拗ねてない、俺の気持ちを伝えただけだ」
「もう、少しだけですよ?」
リーストファー様は私の胸や太股に触れ撫でた。そして『お守りだ』と胸に赤い印を付け夜着のボタンを首元までしっかりと留めた。
胸に付いた赤い一輪の花。それだけでいつもリーストファー様が側に居てくれる、そう思えた。
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