蛙の子は蛙

アズやっこ

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中編

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『遅かったですね』

少し酔っ払っている彼の服を脱がした。使用人はもう眠っている時間。

いつものあの香り…。

お酒の匂いに混ざり込む甘ったるい香り。

彼は気づかない、服を脱がす人しか気づかない背中に付けられた消える事がない赤い印。

まるでこの人は私のものよ、そう主張する真っ赤な花。

私は真っ赤な花に手を伸ばした。

『何か付いていたか?』

『いいえ、塵が』

今貴方が前を向いていて良かった。きっと私の顔はとても醜い。瞳に溜まった涙、これはただの水。

貴方を信じたかった。

でもやっぱりとも思っているの。

貴方にも流れている、貴方が忌み嫌った人と同じ血。

蛙の子は蛙、なんて誰が言ったのかしら。貴方に似合いの言葉ね。

貴方の父親は誰か一人を愛することができない人。

でも貴方は誰か一人しか愛せない人。

愛人じゃないのよね?

ただ愛する人が代わっただけ。

私から誰かに…。

もう私を愛していないのよね?


前に誰かが言っていたわ。『妻は妻であって女ではない。子の母親で家族だ』と。『自分の母親や姉や妹を抱きたいと思うか?妻を家族だと思うからこそ大事だと思う。俺にとって必要な人だとも。だが女かと聞かれたら今はそう見えない。俺は女を抱きたいんだ』

女性をなんだと思っているの?と思ったわ。妻になろうが子の母親になろうが、例え家族になろうが女は女よ。何歳になっても女なの。お洒落もしたいし可愛い小物も綺麗なドレスも着たいし持ちたいわ。

貴方だって性別が男性と言うだけ。『貴方はもう男じゃない、誰かの夫で子の父親で家族でしょう』そう言われて気分がいい?

まだその頃は結婚していない頃だったから、男性はいつまでも男で女性はいつまでも女だと思っていたわ。

でも結婚して男とか女とかというより、それよりも父親や母親の顔が多くなる。『愛してる』と口に出さなくても接し方や何気ない仕草で愛は伝わったわ。

確かに『愛してる』とは言われなくなった。それだって『結婚した頃は言われたけど最近はそんな事言われないわよ』そう友人も言っていた。

確かに子供を産んで体を求められる事もなくなった。それだって『子供ももういらないし、それにそんな事をするくらいなら寝たいわ。最近はそういう雰囲気にもならないもの』と友人達は言っていた。

子供が少し大きくなれば社交初めでお茶会の誘いは多くなるし、お茶会を開かないといけない。それに子供達がいつ夜中に寝室に入ってくるか分からない。『一緒に寝てもいい?』って枕を抱えて寝室を訪ねてくる日もあるわ。

愛する気持ちは変わらない。それでも少しづつ穏やかな愛には変わった。自分の一部のような、無くてはならない存在。

言葉や体の繋がりではない、愛の形。

どちらが幸せなのかしら。

貴方の゙ように一人しか愛せない人か、貴方の父親の゙ように誰も彼も愛せる人か。

どちらも幸せではないわね。


大きくなったと言っても、子供達はまだ幼い。

今日も帰ってこない貴方を私は待っている。頬を伝っていた水滴はいつしか枯れてしまった。

確かめればいい、聞けばいい、何度も思ったわ。

『私より愛する人が出来たんですか?』

でも聞けなかった。家族で過ごす時間は増えても、夫婦で過ごす時間はなかったから。

サロンへ行った日は帰ってきたらそのままベッドに倒れこんだ。サロンへ行かない日は子供達を寝かせ終えて寝室へ戻れば貴方は先に寝ていた。

子供達の前でだけは絶対に聞きたくなかった。醜態をさらす母親にだけはなりたくなかった。そんな姿を子供達だけには見られたくなかった。

でも本当はその一言を聞く勇気がなかったの。聞いて受け止める心もなかったの。

私は貴方を愛していたから…。


彼の父親は平等に女性を愛していたのかもしれない。そんな夫を愛してると言う彼の母親を馬鹿な人、そう思ったわ。

でも今は私もただの馬鹿な女。


朝日が昇れば私は貴方の妻になり子の母親になる。だから今だけ一人の女になる。笑顔を作らなくてもいい。心を無にしてただぼうっと椅子に座っている。居心地が悪い寝室の奥の真っ暗な物置部屋、私が唯一私になれる場所。

ここで貴方の帰りを今日も待っている。



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