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プロローグ
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「ふわぁぁぁ~、…………はぁ、ナポリタンが食べたい」
この世には〝だらけている〟という言葉がある。
ではどんな状態のことをそう呼ぶのか。
たとえそれを言葉で説明したとしても、きっと今、俺の目の前の光景を瞬時に想像できる人が何人いるだろうか。
大抵はそう、ソファやベッドの上でゴロゴロしている姿が簡単に目に浮かぶかもしれない。
だが……。
「あ~……世界ってつまんねぇ~……」
室内いっぱいにピンと張られた巨大ハンモックの中心に乗って、バカみたいにユラユラと揺らしながら、バカみたいに室内温度を低くし、バカみたいに唐突もないことを口走る幼気な女の子が目の前にいることを――誰が想像できようか。しかも右手に本、左手にはチョコレートを塗り手繰った麩菓子を持っている。
ったく、クーラーなんて作らなきゃ良かったな。
俺は軽い舌打ちとともに頭痛を感じながら、揺れるハンモックを掴んで勢いを止めた。
「んお!? ……あれ? 止まったけど…………あ」
「あ、じゃねえ。仕事しろバカ」
「えー」
「えーじゃねえ。古代文字の翻訳を依頼されてただろうが」
「…………だいじょぶだいじょぶ」
「何が大丈夫だこら。依頼先から俺に直に泣きついてきてるんですけど?」
「……よし、分かった」
「お、分かってくれたか。これでようやく――」
「うん、明日から本気出す」
――ピキッ!
俺の額にくっきりと浮き出た青筋。それを隠すわけもなく、冷笑を浮かべながら彼女に近づき……。
「んにゃあぁぁぁぁっ!? い、いいいい痛い痛いぃぃぃっ! 頭蓋骨が割れるぅぅぅっ!」
小さな顔を俺の大きな手をすっぽり嵌め込んでアイアンクローをお見舞いしてやる。
「使わない脳なんだ。そのまま潰れたプチトマトのようになっても平和のままだよな?」
「平和とちゃうぅぅぅぅうっ!? ひぎィィィィィィィィィィィッ!?」
ひとしきり彼女の折檻が終わったと、ハンモックから転げ落ち頭を抱えている少女に近づく。
「おふうぅぅぅ……痛いよぉ。ロニカの脳は世界の宝なのにぃ」
「使わない宝なんて必要ねえし。ほれ、いつまでもそんな暑っ苦しい恰好してないで着替えて仕事しろ」
ねだられて俺が作った着ぐるみの一つ――ウサギの着ぐるみでその身を覆っている。
彼女の幼い容姿も相まって、非常に庇護欲を掻き立てられ可愛いし、つい抱きしめて数時間撫でまくりたくもなるが、今はそんな時間じゃない。
「……おい、何だその膨れっ面」
ジーッと両頬をカエルのように膨らませて睨みつけてくる。まったくもって怖くない。
俺は黙ってクーラーのスイッチを消す。
「んあっ!? ちょっ、ロニカの天国を汚すつもりなのか!?」
「はいはい、文句があるなら仕事を終えてからにしろ。ったく、こんなに散らかして」
床に散らばっている本や玩具、ぬいぐるみや菓子の空き袋などを片していく。
「ぶぅぅ~、クロメはいつも意地悪だ! こうなったらロニカも訴えるとこに出るぞぉ!」
「おーおー、やってみろ。全面的に勝訴を勝ち取ってやらぁ」
「フッフッフ、君は裁判というものを分かっていない。いいかい、クロメくん」
何だか長くなりそうだ。しかし片付けている間だけは聞いておいてやろう。
「裁判を起こす、いや、検察が起訴をするということはほぼ百パーセント有罪を勝ち取れる自信があるからするのだよ! よって君はもう牢獄の中なのだ!」
ドーンという文字が背後に見えるが気のせいだろう。
「そもそもこの国に検察なんてものはねえ。ていうかそれは元々俺が教えた知識だろうが」
言い忘れていたが、俺はちょっと変わった人生を歩んでいる。
こう見えてただの人間じゃない。
黒髪に黒目。外見からは何を考えているか分からない不思議な雰囲気を漂わせる見た目が十六歳の少年と位置づけられているが、その正体は――カラスである。
いや、何言ってんの、頭大丈夫? とか言うのは少し待ってほしい。
正真正銘カラスなのだ。あの飛ぶ奴ね。真っ黒い鳥の。ゴミ回収日とかによく荒らして嫌われるアレね。あ、フンッてやれば黒い羽とか出せるし。
じゃあ何で人型なんだとかはあとで説明することにして、今はカラスが擬人化した存在だと思っておいてほしい。もちろんカラスの姿にもなれる。
そしてまだある。冒頭ですでに思考が渋滞しそうになるという人ももう少し我慢してくれ。
一番はこれから言うことがミソなのだ。
何せ――俺には前世の記憶があるのだから。
その記憶では、俺は地球の日本という国、さらには京都出身の二十歳だった。いや出身はどうでもいいと思うけど。
何ていうか二十歳の時に事故で死んでしまって、気づけばカラスになっていたというわけ。
いや何でカラス? できれば竜とか、可愛い系で攻めるならスライムが良かったと思わないでもなかった。
まあいわゆる転生というやつなのかもしれない。いや、もしかしたら憑依というジャンルかも。
それもまたあとで説明するとしよう。
とにかく俺が俺として意識を覚醒させた時、自分がカラスになっていて、さらにはそこが地球ではないどこか他の世界だということを知った。
つまりは異世界転生……ん? 異世界憑依? まあ、そんな感じだ。
んで、今目の前でふんぞり返っている女の子に出会って、それからずっと一緒に暮らしているというわけなんだが……。
「ムッフッフ~、ロニカが勝ったら何してもらおっかなぁ~。もう一生働かなくてもいい生活空間を作ってもらってぇ、食べ物も欲しい時に欲しいだけ用意してもらってぇ、あ、マッサージはもちろんオプションでつけるし、好きなだけだらだらしても許してくれる優しくて可愛いメイドをじゃんじゃん雇ってぇ、それにそれに……って、クロメ? あの、ものすっごい目が怖いんですけど?」
「…………てめえはいつまで逆上せあがっとんじゃこらぁぁぁぁっ!」
「ぎゃあぁぁぁぁっ、ごめんにゃしゃぁぁぁぁぁいぃぃぃぃっ!」
アイアンクロー再び。
ここでこのぐうたらでバカなアホを紹介しておこう。
名前は――ロニカ・メルエル・イスタリ。
種族名は、何とファンタジーの王道である『エルフ族』だ。しかもこれでも高貴な血族で、イスタリ家といえば……って長くなるから一旦ここで終わっておく。
とにかく、一言で言えば、コイツは俺の――ご主人様である。
あ、でも執事とかじゃないから。
言ってみれば飼い主?
だって俺――――コイツのペットだし。
この世には〝だらけている〟という言葉がある。
ではどんな状態のことをそう呼ぶのか。
たとえそれを言葉で説明したとしても、きっと今、俺の目の前の光景を瞬時に想像できる人が何人いるだろうか。
大抵はそう、ソファやベッドの上でゴロゴロしている姿が簡単に目に浮かぶかもしれない。
だが……。
「あ~……世界ってつまんねぇ~……」
室内いっぱいにピンと張られた巨大ハンモックの中心に乗って、バカみたいにユラユラと揺らしながら、バカみたいに室内温度を低くし、バカみたいに唐突もないことを口走る幼気な女の子が目の前にいることを――誰が想像できようか。しかも右手に本、左手にはチョコレートを塗り手繰った麩菓子を持っている。
ったく、クーラーなんて作らなきゃ良かったな。
俺は軽い舌打ちとともに頭痛を感じながら、揺れるハンモックを掴んで勢いを止めた。
「んお!? ……あれ? 止まったけど…………あ」
「あ、じゃねえ。仕事しろバカ」
「えー」
「えーじゃねえ。古代文字の翻訳を依頼されてただろうが」
「…………だいじょぶだいじょぶ」
「何が大丈夫だこら。依頼先から俺に直に泣きついてきてるんですけど?」
「……よし、分かった」
「お、分かってくれたか。これでようやく――」
「うん、明日から本気出す」
――ピキッ!
俺の額にくっきりと浮き出た青筋。それを隠すわけもなく、冷笑を浮かべながら彼女に近づき……。
「んにゃあぁぁぁぁっ!? い、いいいい痛い痛いぃぃぃっ! 頭蓋骨が割れるぅぅぅっ!」
小さな顔を俺の大きな手をすっぽり嵌め込んでアイアンクローをお見舞いしてやる。
「使わない脳なんだ。そのまま潰れたプチトマトのようになっても平和のままだよな?」
「平和とちゃうぅぅぅぅうっ!? ひぎィィィィィィィィィィィッ!?」
ひとしきり彼女の折檻が終わったと、ハンモックから転げ落ち頭を抱えている少女に近づく。
「おふうぅぅぅ……痛いよぉ。ロニカの脳は世界の宝なのにぃ」
「使わない宝なんて必要ねえし。ほれ、いつまでもそんな暑っ苦しい恰好してないで着替えて仕事しろ」
ねだられて俺が作った着ぐるみの一つ――ウサギの着ぐるみでその身を覆っている。
彼女の幼い容姿も相まって、非常に庇護欲を掻き立てられ可愛いし、つい抱きしめて数時間撫でまくりたくもなるが、今はそんな時間じゃない。
「……おい、何だその膨れっ面」
ジーッと両頬をカエルのように膨らませて睨みつけてくる。まったくもって怖くない。
俺は黙ってクーラーのスイッチを消す。
「んあっ!? ちょっ、ロニカの天国を汚すつもりなのか!?」
「はいはい、文句があるなら仕事を終えてからにしろ。ったく、こんなに散らかして」
床に散らばっている本や玩具、ぬいぐるみや菓子の空き袋などを片していく。
「ぶぅぅ~、クロメはいつも意地悪だ! こうなったらロニカも訴えるとこに出るぞぉ!」
「おーおー、やってみろ。全面的に勝訴を勝ち取ってやらぁ」
「フッフッフ、君は裁判というものを分かっていない。いいかい、クロメくん」
何だか長くなりそうだ。しかし片付けている間だけは聞いておいてやろう。
「裁判を起こす、いや、検察が起訴をするということはほぼ百パーセント有罪を勝ち取れる自信があるからするのだよ! よって君はもう牢獄の中なのだ!」
ドーンという文字が背後に見えるが気のせいだろう。
「そもそもこの国に検察なんてものはねえ。ていうかそれは元々俺が教えた知識だろうが」
言い忘れていたが、俺はちょっと変わった人生を歩んでいる。
こう見えてただの人間じゃない。
黒髪に黒目。外見からは何を考えているか分からない不思議な雰囲気を漂わせる見た目が十六歳の少年と位置づけられているが、その正体は――カラスである。
いや、何言ってんの、頭大丈夫? とか言うのは少し待ってほしい。
正真正銘カラスなのだ。あの飛ぶ奴ね。真っ黒い鳥の。ゴミ回収日とかによく荒らして嫌われるアレね。あ、フンッてやれば黒い羽とか出せるし。
じゃあ何で人型なんだとかはあとで説明することにして、今はカラスが擬人化した存在だと思っておいてほしい。もちろんカラスの姿にもなれる。
そしてまだある。冒頭ですでに思考が渋滞しそうになるという人ももう少し我慢してくれ。
一番はこれから言うことがミソなのだ。
何せ――俺には前世の記憶があるのだから。
その記憶では、俺は地球の日本という国、さらには京都出身の二十歳だった。いや出身はどうでもいいと思うけど。
何ていうか二十歳の時に事故で死んでしまって、気づけばカラスになっていたというわけ。
いや何でカラス? できれば竜とか、可愛い系で攻めるならスライムが良かったと思わないでもなかった。
まあいわゆる転生というやつなのかもしれない。いや、もしかしたら憑依というジャンルかも。
それもまたあとで説明するとしよう。
とにかく俺が俺として意識を覚醒させた時、自分がカラスになっていて、さらにはそこが地球ではないどこか他の世界だということを知った。
つまりは異世界転生……ん? 異世界憑依? まあ、そんな感じだ。
んで、今目の前でふんぞり返っている女の子に出会って、それからずっと一緒に暮らしているというわけなんだが……。
「ムッフッフ~、ロニカが勝ったら何してもらおっかなぁ~。もう一生働かなくてもいい生活空間を作ってもらってぇ、食べ物も欲しい時に欲しいだけ用意してもらってぇ、あ、マッサージはもちろんオプションでつけるし、好きなだけだらだらしても許してくれる優しくて可愛いメイドをじゃんじゃん雇ってぇ、それにそれに……って、クロメ? あの、ものすっごい目が怖いんですけど?」
「…………てめえはいつまで逆上せあがっとんじゃこらぁぁぁぁっ!」
「ぎゃあぁぁぁぁっ、ごめんにゃしゃぁぁぁぁぁいぃぃぃぃっ!」
アイアンクロー再び。
ここでこのぐうたらでバカなアホを紹介しておこう。
名前は――ロニカ・メルエル・イスタリ。
種族名は、何とファンタジーの王道である『エルフ族』だ。しかもこれでも高貴な血族で、イスタリ家といえば……って長くなるから一旦ここで終わっておく。
とにかく、一言で言えば、コイツは俺の――ご主人様である。
あ、でも執事とかじゃないから。
言ってみれば飼い主?
だって俺――――コイツのペットだし。
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