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第一章

奴隷だった女の子2

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 冬が近い。寒いこのころでは、泥の中で風邪をしのぐほうが温かい。
 レインは、泥の中に浸るようにして、あるはずのない人形を探した。そうやって、寒い中で濡れていたのがわるかったのか、だんだんと体が震えてきた。

 寒い。熱があるのかもしれない。
 レインはそのままだと立ちあがれなくなる、と思って、震える体を陸へ上げた。

 雨がレインの体に容赦なく打ち付ける。ぐっしょりと濡れた体を一生懸命動かして髪を絞る。そんなことをしても泥は消えない。汚れた名無しは汚いもののまま。このまま朽ちて消えていければどれだけいいだろう。そう、熱でゆだる頭で、ぼんやり思っていた時だった。

「名無し!さぼるんじゃない!お嬢様に言いつけられたいのか!」

 するどい叱責は嵐のようだ。冷たくなった手足が一層冷える。
 あれは誰だったか、使用人のうちの一人だった気がする。

 いつもご主人様に殴られていて、目のあたりを腫らしているレインは、目があまり見えない。
 だからうまくその人を判別できなくて、反応が一瞬遅れてしまった。それがいけなかった。

 ばちいん!という大きな破裂音がした、と思ったら、レインの小さな体はその場からひと一人分くらいの距離を飛んでいた。
 どた、と倒れ込んだレインの体を、使用人の足が容赦なく踏む。きしむような嫌な音がして、レインは呻いた。

「ぁあ……」
「人形は見つけたのか!名無し!」

 耳が聞こえにくい老人特有の大きな嗄れ声。厩番だ、とレインは気づいた。
 レインはいつも、厩の近くの干し草小屋で寝起きする。彼は自分の生活範囲の中にレインのような汚いものがあることをひどく嫌った。

 厩番はレインを足蹴にしながら、脚が悪いために持ち歩いている杖で思い切りレインを打ち据えた。ばしん、ばしん、と響く音が、ただでさえ熱と怪我で弱っていた心を降り砕く。

(痛い……)

 助けて、と言おうとして、やめた。助けを求める先などない。
 助けを呼べば、待っているのは冷たい視線のみ。

 無駄なことだ、と思いながら、レインはおぼろげな意識の中で涙を流した。
 涙は雨に流されて消える。結局は、レインを助けてくれる存在などないのだ、とすべてを諦め――レインの意識は暗転した。
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