R18 短編集

上島治麻

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41ー14

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番外編2

朝起きたら部屋に飾ってあるアクリルキーホルダーのキメにキメまくった陽那岐と、それとは打って変わって、あざと可愛く写る陽那岐のブロマイドに『おはよう』の朝の挨拶をしてから準備するのが最近の凪月の日課だ。楽しい。そして朝からとても満たされる。どんなに前日が過酷な撮影だろうと舞台稽古だろうと舞台公演だろうと、このルーティーンさえこなせば眠気など宇宙の彼方に飛んでいき、朝から仕事に向かう足取りは軽やかになる。なるほど、世の先人たちが推し活をすると人生が変わるといっていただけのことはある。俺は人生初のアイドルオタク生活を、これでもかと言うほど満喫しまくっていた。

先日、俺は晴れて初恋の人と結ばれ現在は幸せの絶頂にいる。ただいま絶賛公開中のBL映画の撮影で俺たちは知り合った。より恋人感を出すためと役作りの一環で俺は恋人役である朝田陽那岐という、お前は蛍かと聞きたくなるほど身体の内部から光を振り撒きまくっているキラキラ眩しい職業アイドルの男性と仮の恋人になることになった…のだが、なんやかんやあって陽那岐のことを俺は本当に好きになってしまったのだ。さらに驚いたことに恋した相手は自分の長年のファンときた。これは告るしかないと意気込み告白したところ、ファンとバレたからには付き合えないなんて、見られたからには去らなくては行けませんという鶴の恩返しの鶴のような理論で振られた俺は当然納得出来る理由もなく。だったら俺も陽那岐のファンになるから問題ないよね!?という頓智のような返しを持ってして迎え撃った。まぁ、結局は泣き脅しをした結果、晴れて恋人同士になれたわけなのだが。そんな、話だけ聞いたらどこの漫画だと思わず突っ込みたくなるような経験をしたのが1ヶ月前のこと。
最初は勢いと怒りと陽那岐の恋人になりたいという恋情の5:3:2の感情でアイドルオタクを始めた。アイドルを追うことが目的ではなく手段でしか無かった俺としては目的は達成したので陽那岐の所属するアイドルグループ(ライラ)オタク…通称ヒロインを辞めても問題は無い。問題は無いのだが普通にライラにハマった俺はオタ活継続中なのである。
今日は半年ぶりのオフの日で、しかも『最近忙しかったから疲れたでしょう。』という事務所の社長とマネージャーからの計らいで、なんと5連休の初日だった。恋人の陽那岐に連絡すると陽那岐も2連休ということで、ありがたく、お宅にお邪魔させていただいている。そこで休日のルーティンであるライラのLIVEDVDを見るというミッションを達成するべく『DVDとか見ていい?』とお伺いを立ててみたところ『どうぞ』という承諾が貰えたのでLIVEDVDを、いそいそと準備して見始める。正直、断られると思ったので許可が貰えて嬉しい。思わず鼻歌でライラの歌を歌う。『それかよ。』という怒りのような呆れのような何とも言えない声をあげた陽那岐は無視だ。無視。嘘はついてない。確かに"ライラのLIVEDVD"とは言ってないけども。
ふかふかしている生成の絨毯に膝を丸めて言わいる体操座りをすると陽那岐が俺の後ろに座り手を腹に回してくる。必然、陽那岐の脚に挟まれる形になりながらDVDを見ることになった。それは、良い。温かな温もりと陽那岐の優しい香りに包まれながら見る推しのDVD is最高だ。
だけど。だけれども…!
「陽那岐!さっきから邪魔しないでよ。」
「だって、凪月が構ってくれないから暇なんだよ。せっかく、2人きりのオフなのにさ…。」
そう拗ねながら俺の首筋に頭をグリグリと押し付けながらも先程から手を俺の顔の前でヒラヒラ振る動作は辞めない。何が楽しいのか全く分からない動作のおかげでテレビの中で色気と輝きを振り撒きながら投げキスする陽那岐を見逃した俺は当然、陽那岐に怒りをぶつけた。若干涙が目に滲んだのも、全て陽那岐のせいだ。この男はいつも自分のことを泣かせるのが上手い。大きなことから小さなことまで。
「うぅ…。陽那岐のせいで、投げキスする陽那岐見逃した…。あのシーン好きなのに…!!」
「陽那岐がゲシュタルト崩壊しそうなんだけど…。投げキスどころか、普段から直でキスしてるじゃん。」
「それと、これとは別なんだよ!」
くわっと、勢いよく噛み付くように文句を言いながら後ろを向くと陽那岐の鼻と俺の鼻がぶつかるんじゃないかと言うほど近くに美しく華やかな、ご尊顔が視界いっぱいに広がって撃沈する。そのまま、ズルズルと陽那岐の肩に額を当てた。
「顔がいいってずるい…。そんな顔で見られたらなんでも許してしまう…。この人生の勝ち組め。」
「凪月の好みの顔みたいで良かったよ。たとえ100億人中100億人からイケメンって言われても凪月の好みじゃなかったら俺は迷わず整形する。」
「それは、流石に重い…」
ぜひ、そんなことはやめて欲しい。その理論でいくと俺は100億人の人から恨まれることになる。そんな傍迷惑極まりない理不尽な恨みがあっていいものか。思ったより引いた声を出してしまってから気づく。
「ていうか、陽那岐は俺の雑誌とか写真集とかテレビ番組とかあんまり見ないよね?本当に俺のファンなの?もうファンじゃないとか?」
別にファンでずっと居て欲しいわけじゃない。恋人として愛してくれるのなら。けれども少し寂しいなと思う気持ちが無いわけでは無いのだ。
「そんな、可愛い顔で見られると困るんだけど。」
ずっと頭を撫でていた手が頬まで降りてきてゆっくりと撫でられる。それが存外、心地好くて陽那岐の手に顔を擦り寄せた。
「んっ。」
「可愛いな…。じゃなかった、さっきの答えだけど俺は凪月のファンをやめたわけじゃない。凪月は今も昔も俺の月だから。凪月がいない時に写真集とか雑誌とかテレビ番組は見てる。でも、今は凪月がここに居るんだぞ。目の前の凪月を愛でる以外に選択肢なんてないだろ。」
「んー、そうなの?」
「あぁ。実際に月が昇ってるのに月の写真見る人なんていないだろ。そういうのは、雲とかで月が見えない時にすれば良い。」
「ふぅん?そういうもんなんだ。」
「凪月は?凪月は何で目の前に本人が居るのに画面ばっかり見るわけ?」
頬から温かな手が離れて陽那岐にギュッと抱き締められる。少し苦しい。けど、その何倍も幸せ。少しだけ身じろぎをして顔を覗く。少しだけ眉根を寄せて左唇を噛む拗ねたような陽那岐の顔は普段のクールなかっこよさが、なりを潜めて可愛いで溢れてる。顔が良いと拗ねた顔さえ絵になるのか、それとも惚れた弱みというやつだろうか。…じゃなくて、えっと画面ばっかり見る理由?改めて考えたこともなかったから戸惑う。
「うーん、たぶん俺の中でライラの陽那岐と恋人の陽那岐をはっきり分けちゃってるからだと思う。推しの顔は、かっこいいところを余すとこなく観たいけど恋人は、その、居てくれるだけで良いって言うか…なんだろ。一緒には居たいけど、ずっと見てたいのとは違う…みたいな?」
これで答えになってるのだろうか?少し不安になって、じっと見詰めると俺を抱き締めていた両腕のうち片方を持ち上げてポンポンと、良く出来ましたというように頭を撫でられたので一応答えにはなってたようだ。良かった。
「うん。そっか。…あー、俺、自分に嫉妬してかっこ悪いな。」
「嫉妬?」
「そ。LIVEDVDに凪月があんまりにも夢中になるから嫉妬した。凪月がアイドルの俺を好きでいてくれるのは嬉しいけど恋人の俺も、もっと見てよ。」
真剣な眼差しに射抜かれる。この爛々と輝いて研ぎ澄まされた日本刀のように美しさと畏れを見た人に与える目が俺は初めて会った時から好きだった。そのまま刺されて、この世に別れを告げることが出来たらそれはそれで幸せだろうなと思うくらいには。その燐火のような陽那岐の光は内側から放たれて見る人を貫く。それは、彼のこれまでの経験とか意志とか、そういったバックボーンから生まれるものなのだろう。陽那岐は、ずるい。可愛いと思ったら急に、かっこよくなる。そんなところに、囚われ続けてる。まるで1度絡まったら2度と外すことなど出来ない蜘蛛の糸みたいだ。絡め取られ続けてる。そんな目で見られたら従順になるしか選択肢はなかった。俺の事を月だなんだと褒め称えるけど、遠から眺めて大切に大切に愛でてなんてくれない。ロケットに乗って着陸して無遠慮に、自分のものだと言わんばかりに、己の旗を突き立ててくる。
「うん…。」
「良い子。」
俺の頤を細くて長い綺麗な指で持ち上げると、唇を重ねてくる。緩やかに何度も何度も角度を変えて重ねられる唇。どれくらいそうしていたのだろう。急に陽那岐の舌で唇を舐められる。これは、あれだ。口を開けろのサイン。最近覚えた。
「んっ、ひ、陽那岐…」
陽那岐の意向通りに少しだけ口を開いて名前を呼ぶ。
「可愛い」
たっぷりの生クリームにメープルシロップを、ぶっかけたみたいな甘い声で囁きながら唇を再び重ねてくる。陽那岐の紅く形の良い下が口内に入ってきて歯列をなぞられた。俺も陽那岐に気持ち良くなって欲しくて侵入してきた舌に、そっと触れると、陽那岐の舌がビクッと動く。それが面白くて口づけられたまま目だけで笑うとスイッチが入ったかのように今まで優しく口の中を動き回っていた舌が喉の方まで激しく侵入してくる。
「ん!んんー!!」
流石に苦しくなって肩をバンバン叩いて抗議したものの陽那岐は無表情のまま目だけで篝火のように爛々と輝かせてさらに深く口付けてくる。焼き焦がされそうだ。深い深い口付けに意識が朦朧としてきて酔ってるみたいにふわふわする。そのまま、うなじをスリスリとさすられて、ふかふかの絨毯に押し倒されて視界は陽那岐の顔しか見えなくなる。よく、天井のシミでも数えてれば大丈夫なんて言うけれど、そんなの無理だ。だって、視界は全て陽那岐で埋もれて見えるのは焦げそうな程に熱い目と飢餓感の中に好物が差し出された時のような切羽詰まった陽那岐の顔だけなのだから、天井なんて見えるわけが無い。陽那岐のその顔が俺はどうしようもなく怖いのに愛おしい。唇が離れてシャツのボタンを、いささか乱暴に外される。風が地肌を撫でて寒さと擽ったさにビクッと揺れた。
「ま、待って!む…無理!」
「なんで?」
「だって、まだ明るいし…。」
「明るい方が、凪月の可愛い顔がちゃんと見える。」
何か問題でも?むしろ好都合では?みたいな顔をして首筋に口づける。
「あっ。ん。ま、待って…」
いや、こっちはダメだって言ってるのに何を勝手に続行してるんだ。もしかして、自分の恋人は馬鹿か思考回路の配線が1本抜けてるのではないか?何せ、小さい頃に見た俺に一目惚れして、今も推し続けている男だ。思考回路の配線が1本どころか2、3本抜けていてもおかしくは無い。凪月は段々恋人の脳が心配になってきた。…ちがう!心配などしている場合ではない。凪月が健気にも恋人の心配をしている間にも当の恋人は抵抗がなくなって好都合と言わんばかりに舌で凪月の身体を舐めながら服をぬがしているのだから。気づいたらズボンも下着もほぼ足に引っかかっているだけの状態だし、上のシャツは腕に引っかかっているだけの傍から見たら大変間抜けな状態だ。
「ね、陽那岐…っ、よ、夜じゃダメなの…?」
もうこうなったら、なりふり構ってられない。あまり好きではないが陽那岐には効果抜群なあざとさ攻撃である。上目遣いのオプションもつけた。さぁ、これだけ大盤振る舞いしたのだ。いくら配線が抜けていようとも止まるだろう。というか、止まってくれ。
「んん…。可愛い。でも、それは逆効果なんだよなぁ。」
陽那岐は口元を手で抑えて唸るように声を上げる。その後、少し節ばった細くて大きな手が俺の髪を柔らかく掻きあげると、おでこにキスをしてきた。そのままスルスルと唇を下ろして身体中にキスを落としていく。残念無念、世はなんと無情で陽那岐は、なんと酷い男なのだろうか。けれども、宥めるように大きな手に頭を撫でられると俺の思考も砂糖をガムシロップで溶かすように段々と蕩けていって、まぁ良いかな、なんて考えてしまう。そんな自分も大概、思考回路の配線が抜けているのかもしれない。窓から射し込む陽の光にキラキラ照らされながら足を、手を、身体という身体の全てを絡ませ合って、離れてるところなんてひとつもないほどに混じり合う。赤と青の絵の具を混ぜ合わせて紫になるように本来は違うもの同士が1つになる。明るい中でされるのは恥ずかしいけれど、特別な人と1つに混じりあえるこの時間は何よりも幸せだ。快楽も苦痛も、陽那岐からもたらされるもの全てが愛おしい。あぁ、きっと、甘い、甘い蜘蛛の巣の糸に囚われた自分が今さら出来ることなど捕食される時を待つか、せめて優しく捕食して欲しいと捕食者に願うことくらいなのだろう。つまり、もう手遅れということだ。
薄い水の膜越しに見たTVではDVDが終わりメニュー画面に戻っていた。
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