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蚊帳の外
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「ちょっと、それは言い過ぎじゃないですか」
悔しかった。自分のことはともかく、桐野が好き放題言われているのが気に入らない。真山は文句の一つも言ってやりたくて咄嗟に口を開いていた。
「君は下がっていろ。これは私と宗一の問題だ」
真山の言葉は容易く一蹴された。総亮にはもう真山のことなど眼中にないようだった。
そうなってしまうと真山は黙るしかない。
自分がオメガだったら総亮の反応は違ったのだろうか。真山は、自分がアルファであることを少しだけ呪った。
何度目かわからない。自分に与えられたアルファという性がまた、真山の胸に痛みを生む。
「それで父さんが納得すると思うか」
桐野に向き合った総亮が静かに言い放つ。
「それは……」
桐野は口籠る。握りしめた拳が微かに震えていた。
その父親という存在が目の前の二人にとってどれほどの存在か、真山にはわからない。桐野から聞いた話でしか知らない桐野の父親に、真山は思いを馳せた。厳しいということは聞いていたが、桐野が言葉を失うくらいには手強く、大きな存在なのだろう。
「このところ何かしていると思ったら、こういうことか」
総亮は呆れた様子で小さく息を吐いた。
話が見えなくなって蚊帳の外になってしまった真山には、黙って二人のやりとりを見守るしかできなかった。
「話は進めてある。また連絡する」
「待ってください」
踵を返した総亮を桐野の声が引き止めようとするが、総亮は聞く耳を持っていない。
「こんなの、相手にも失礼だ」
桐野の上げた声は硬い。
総亮は振り返る。兄から弟へと向けられた目は冷えきっていた。
それでも、怯んでいる場合ではない。真山は総亮に何か言ってやりたかった。
「俺は、絶対この人を幸せにします」
口をついて出た言葉に、総亮が刺すような視線を寄越した。背を這う冷たいものに真山は息を呑む。
それでも真山は引くつもりはなかった。隣で笑ってくれる桐野を、不安を払ってくれる桐野を、守られるばかりではなく、自分も守りたいと思った。自分を幸せにしたいと言ってくれた桐野を、幸せにしたいと思った。
「どうするつもりだ。宗一をオメガにでもするつもりか?」
そんなことは許さないとでも言いたげな怒気と嘲笑混じりの低い声が、棘となって真山の胸に突き立てられた。
そこにはもう敵意しか見えない。自分よりもずっと年上の大人から向けられる刺々しく冷たい言葉に、真山は息が詰まるような苦しさを感じた。
何の覚悟もなく桐野の恋人になったつもりはなかった。しかし、桐野の家族からしてみればそんなことはどうでもいいのかもしれない。
「そんなこと、しません」
真山はいつの間にか震えていた。さすがに頭にきていた。
喚きたい気持ちを何とか押さえつけて、真山は静かに答える。そんな真山の言葉は総亮に届いたのか定かではない。
真山には桐野をオメガにしようなんて気持ちは欠片もない。そんなこと、したくなかった。
桐野はアルファだ。自分なんかよりも余程、アルファらしい。どちらかといえばオメガになりたいのは自分の方だ。
そんなことを言っても、きっと笑われるだけだとわかっている。真山は口を噤んだまま、視線だけは総亮から逸らさなかった。
黙り込んだ真山をしばらく見つめ、総亮は真山から目を逸らした。負けたわけでは決してない。ただ、ここでこれ以上話すのは無駄だと思った、そんな雰囲気だった。
真山も、その一言だけで総亮が納得したなどとは思っていない。
「また連絡する」
静かな言葉が響いて、総亮が踵を返した。ドアが開き、総亮の後ろ姿がドアの向こうに消える。
静かにドアが閉まると、小さなため息が聞こえた。桐野のため息だった。
悔しかった。自分のことはともかく、桐野が好き放題言われているのが気に入らない。真山は文句の一つも言ってやりたくて咄嗟に口を開いていた。
「君は下がっていろ。これは私と宗一の問題だ」
真山の言葉は容易く一蹴された。総亮にはもう真山のことなど眼中にないようだった。
そうなってしまうと真山は黙るしかない。
自分がオメガだったら総亮の反応は違ったのだろうか。真山は、自分がアルファであることを少しだけ呪った。
何度目かわからない。自分に与えられたアルファという性がまた、真山の胸に痛みを生む。
「それで父さんが納得すると思うか」
桐野に向き合った総亮が静かに言い放つ。
「それは……」
桐野は口籠る。握りしめた拳が微かに震えていた。
その父親という存在が目の前の二人にとってどれほどの存在か、真山にはわからない。桐野から聞いた話でしか知らない桐野の父親に、真山は思いを馳せた。厳しいということは聞いていたが、桐野が言葉を失うくらいには手強く、大きな存在なのだろう。
「このところ何かしていると思ったら、こういうことか」
総亮は呆れた様子で小さく息を吐いた。
話が見えなくなって蚊帳の外になってしまった真山には、黙って二人のやりとりを見守るしかできなかった。
「話は進めてある。また連絡する」
「待ってください」
踵を返した総亮を桐野の声が引き止めようとするが、総亮は聞く耳を持っていない。
「こんなの、相手にも失礼だ」
桐野の上げた声は硬い。
総亮は振り返る。兄から弟へと向けられた目は冷えきっていた。
それでも、怯んでいる場合ではない。真山は総亮に何か言ってやりたかった。
「俺は、絶対この人を幸せにします」
口をついて出た言葉に、総亮が刺すような視線を寄越した。背を這う冷たいものに真山は息を呑む。
それでも真山は引くつもりはなかった。隣で笑ってくれる桐野を、不安を払ってくれる桐野を、守られるばかりではなく、自分も守りたいと思った。自分を幸せにしたいと言ってくれた桐野を、幸せにしたいと思った。
「どうするつもりだ。宗一をオメガにでもするつもりか?」
そんなことは許さないとでも言いたげな怒気と嘲笑混じりの低い声が、棘となって真山の胸に突き立てられた。
そこにはもう敵意しか見えない。自分よりもずっと年上の大人から向けられる刺々しく冷たい言葉に、真山は息が詰まるような苦しさを感じた。
何の覚悟もなく桐野の恋人になったつもりはなかった。しかし、桐野の家族からしてみればそんなことはどうでもいいのかもしれない。
「そんなこと、しません」
真山はいつの間にか震えていた。さすがに頭にきていた。
喚きたい気持ちを何とか押さえつけて、真山は静かに答える。そんな真山の言葉は総亮に届いたのか定かではない。
真山には桐野をオメガにしようなんて気持ちは欠片もない。そんなこと、したくなかった。
桐野はアルファだ。自分なんかよりも余程、アルファらしい。どちらかといえばオメガになりたいのは自分の方だ。
そんなことを言っても、きっと笑われるだけだとわかっている。真山は口を噤んだまま、視線だけは総亮から逸らさなかった。
黙り込んだ真山をしばらく見つめ、総亮は真山から目を逸らした。負けたわけでは決してない。ただ、ここでこれ以上話すのは無駄だと思った、そんな雰囲気だった。
真山も、その一言だけで総亮が納得したなどとは思っていない。
「また連絡する」
静かな言葉が響いて、総亮が踵を返した。ドアが開き、総亮の後ろ姿がドアの向こうに消える。
静かにドアが閉まると、小さなため息が聞こえた。桐野のため息だった。
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