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ふたりの夕食

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「……疲れたな。今日は早く休もう」

 肩を落とし、ため息のように吐き出された桐野の声はその言葉の通り疲れが滲んでいた。

「ん。晩御飯、作るね」
「せっかくだ、一緒に作ろう」
「そーいちさん、料理すんの?」
「ああ。たまにだが」

 真山から見た桐野の笑みは、もういつもの柔らかなものだった。



 二人で並んでキッチンに立つのは新鮮だった。
 袖を捲った桐野の腕はうっすらと血管が浮き、筋肉が薄く陰影を落としている。逞しい腕をしていることに、真山の鼓動が早まった。
 たまにしか料理をしないと言う桐野だったが、自炊に慣れた真山から見ても手際が良かった。自炊に慣れている真山から見ても、動きに無駄がない。
 真山が昼食用に買い置きしていたパスタソースと冷凍していた挽肉を使って、二人でボロネーゼのパスタを作った。
 桐野がワインを出してくれて、テーブルの上にはパスタとワイングラスが並ぶ。

「食べようか、慎くん」
「うん、いただきます」
「いただきます」

 揃って手を合わせるのもすっかり慣れた。
 二人で囲む食卓はいつだって楽しい。
 さっきまでの重苦しい緊張は、ワインがもたらす心地好い酩酊感にぼやかされていった。



 その夜は、一緒に風呂に入った。ワインの酔いが薄れた頃、バスタブにお湯を張って、桐野おすすめの入浴剤を入れて、二人で浸かる。桐野が真山を抱き抱えるようにして、真山は桐野の胸に頭を預けた。

「なんか、疲れたね」

 あんなに年上の人間とやり合うのは初めてで、だいぶ神経がすり減った気がした。真山の吐いた小さなため息は、立ち上る湯気に混じって消えていった。

「そうだな。明日は、どこかへ出かけようか。授業、ない日だろう?」
「いいの? そーいちさん、仕事は?」

 真山は講義がないが、桐野はそうもいかない。桐野は社長だ。真山が知る限り、桐野は平日はいつも何かしら仕事をしている。

「明日は無理に働かなくても大丈夫だ。急ぎの仕事はもう片付けた。あとは明後日でも問題ない」
「ならいいけど」

 桐野が自分のために時間を作ってくれるのは嬉しかった。いつだって、桐野は真山を優先してくれる。
 真山の胸は甘くとろけた鼓動を奏でる。

「たまにはゆっくりしよう」

 桐野の唇がこめかみに触れた。
 そうやって甘く優しく触れ合って、過熱しすぎる前に風呂から上がって、一緒にベッドで眠るのはここ最近の習慣になっていた。

 桐野は真山に優しく唇で触れるばかりで、それ以上のことはしなかった。
 キスの最中に誘うように悪戯に舌を絡めても、優しくいなされてしまう。
 こんなふうに柔らかで穏やかな触れ合いは好きだ。でも、真山の本能はもっと深くまで触れられたいと喉を鳴らす。嬉しいのに、胸が痛い。
 まだ青く貪欲な真山には、快感が足りなかった。
 もっと深くまで荒々しく暴いて欲しいと、薄暗い願いを抱いてしまう。

 こんなこと、桐野が知ったらどう思うだろう。
 今度こそ淫乱だと言われるだろうか。
 嫌われるだろうか。
 そんな想いが重くのしかかるのに、身体ははしたなく熱を上げて桐野を求める。
 臆病な真山には、それを言葉にすることはできなかった。

 桐野から真っ直ぐ向けられる愛情に気付かないほど鈍感でもない。
 それでも抱いてくれないのは、やはり自分がアルファだからなのか。
 自分に何が足りないのか。
 そればかり考えてしまう。
 桐野の顔を見て名前を呼ばれればそんな気持ちはぼやけて消えてしまうのに。
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