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出会い編

飛竜騎士団 2

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 それまでの貧しく辛い生活が嘘のように騎士団は楽しかった。

 何より飢えることがない。眠る事を邪魔されない。
 剣術の稽古が出来てドラゴンの世話ができて、自分を魔族だと石をぶつける人間もそんなには、いない。嫌味や皮肉を言われることは多々あったが、飛龍騎士団の面々は皆ドラゴンが好きだ。
 ドラゴンと会話の出来るカイルの異能は重宝されたし、何よりドラゴンたちがカイルに優しかった。

『お前をいじめる奴がいたら、告げ口しにおいで――空から突き落としてあげる』

 そうドラゴンが言ったのだと噂になって騎士たちは震え上がってなんとなくカイルは不可侵の地位を得た。
 剣術の稽古も、基礎がない最初の一年は辛かったが、団長から命じられた騎士がこっそりと夜中に教えてくれたおかげで上達も早かった。
 効果が出ることを、真面目にやるのは楽しい。
 アルフレートは団の別の班所属だから滅多に会うこともなかったが、会えば軽口を叩く程度には気にかけてくれた。その彼が「辺境伯」という耳慣れない大貴族の三男坊だと知ったのは入団して従士になって、半年と少し経ってからのことだ。

「現国王陛下とアルフレートの父上は従兄弟なんだよ。だからあんまり無礼な口を聞くなよ」
「へえ……あいつ、本当にいいとこの子だったんだ」

 素直に感心すると、同じ班の先輩騎士は、拳骨を頭に軽く落とした。

「口の利き方に気をつけろ、って言ってるんだよ」
「……わかった。気をつける」
「でもお前はアルフレートに気に入られているみたいだからな、いっそのこと取り入ってみたらどうだ?媚び売って」
「は?どうやってやんだよ、そんなの」

 そりゃあ、と年長の男は笑ってカイルに手を伸ばす。
 節の目立つ指が首に触れてくるのでカイルは意味がわからず、同時に気色悪さに身を引いた。

「教えてやろうか?媚びって言えば――」
「カイル」

 割って入った鋭い声に、男はびくりと肩を震わせて背後を見る。

「アルフ!」

 一月ぶりくらい目にするアルフレートが扉のすぐそばにいて、カイルは思わず椅子から立ち上がった。
 アルフレートは目を細めてぎこちなく視線を逸らした先輩騎士を一瞥するとカイルを手招く。

「こっちへこい。お前に用事がある」

 なんだか怒っている気配がするので首を傾げながら廊下をついていくと、急に足を止めたアルフレートにぶつかる。アルフレートが見たことのないようなキツイ視線で振り返る。

「なんの話をしていた?」

 なんだか怒っているな、と思いつつカイルは馬鹿正直に答えた。

「あんたの話」
「――俺に取り入れとでも言われたか?」
「うん、言われた」
「……言われた、って……」

 素直に白状するとアルフレートは毒気をぬかれたかのようにカイルをまじまじと見つめて、はあ、とため息をついた。どうやら怒りが少し削がれたらしい。
 自分の噂話を陰でされるのは嫌、ということなのだろう。多分。

「アルフって大貴族のボンボンだったんだな。辺境伯って何?どれくらい偉い?」
「後で教えてやる――ボンボンと言っても、所詮は庶子だがな。で?俺にどうやって媚を売る?買ってやるぞ」

 どこか投げやりな言い方がおかしい。

「売るもんないからわかんねーけど。敬語とか使ったほうがいいのか?」
「はは、そうしろ。使った方がいいですか、だ。――ついでに様付けで呼べ」

 コツンと小突かれて、へへ、と笑う。
 そのまま指が髪を撫でてくれるのがなんだか久しぶりで嬉しい。指の動きを心地よく享受していると、アルフレートの表情が少しだけ険しくなる。

「それより、さっきの男は、なんだ?」
「さっきの?班の先輩」

 名前を告げると、アルフレートはふぅん、とだけ言い、低い声で彼の名を繰り返した。

「覚えた」

 知らない人間だったらしい。

「お前が何もわかってないなら、いい。――媚びを売るって言うなら――、あそこにいるあいつのようにするか、だな」

 東棟から中央の建物に向かう回廊から、下の広場にいる年配の騎士と、彼の側で柔らかく微笑む少女のような風貌の少年が視界に入った。騎士団の中には若い従士を恋人のように扱う騎士もいる。
 カイルは、美少女みたいな少年の顔を見ながら、ああ、と納得した。
 媚びを売る、の意味がようやくわかって首を振る。

「恋人のまねごとをしろって事?だったら俺は無理だな。あいつみたいに可愛かったら売るけど。華奢でもないし、女の子には見えないし、俺は男相手にするのは無理だし」

 自分の容姿なんか客観的に見たことがないからよくわからないが、きつい印象の目をしている自覚はあるし、少女には全く見えないだろう。
 栄養状態が改善したおかげか身長もこの半年でぐんと伸びた。
 可愛げがないとか生意気とか目つきが気に食わないとか、そういう理由で難癖をつけられてやたらと絡まれる事はあっても、女の子みたいだなんて言われたこともちやほやされたこともない。
 カイルが王都にくるのに乗じて自分も王都の教会の神官見習になった幼馴染のキースはよく女の子みたいで可愛いと褒められているみたいだが。

 媚びを売るというのは、ああいう可愛い少女みたいな少年達に許されるものなんだろう。

「おまえ、自分が可愛かったら売るのか?」

 呆れた口調のアルフレートに、売る、とカイルは断言した。広間の少年を遠目に見る。

「売ったらお腹がすかないなら、売る。――俺、あいつ知ってる。残り物のパンくれたし。いい奴だぜ」
「パン……」
「よくわかんないけど、親が死んで家が大変なんだろ?だから媚び売ってでも欲しいものがあるんだ。仕方ないよ」

 詳しい事情は知らないが、彼もきっと飢えないために必死なのだ。
 アルフレートは黙って聞いていたが、ふ、と肩の力を抜いた。

「子供のくせに、たまにおまえは妙に悟ったような口をきく」
「苦労してっから」

 嘯くと、そうだなとアルフレートは笑って行くぞとカイルを促した。

「どこに?」
「俺の部屋へ。実家から菓子が大量におくられてきた。カイルは甘いもの好きだろう?俺は食べないから全部やる」
「まじで?!」

 喜び勇んでアルフレートの後を歩いて、彼の部屋に入る。
 従士は相部屋だが騎士になれば一人部屋がもらえるらしい。部屋に足を踏み入れると、アルフレートといつも一緒にいる金髪の青年がいて、ベッドサイドの椅子に座って本を読んでいた。
 カイルはちょっと足を踏み入れるのを躊躇う。
 アルフレートは多分貴族の中でも変わり者でカイルにも優しいが誰もがそうとは限らない。「カイルのようなもの」と同席するのを嫌がる騎士や貴族もいるからだ。
 無益な争いは避けたいなと思っているとアルフレートが不思議そうに首を傾げた。

「どうした?早くこい」

 手招かれたので、うん、と返事をし、先客と距離を取りながら部屋に入る。
 金髪の青年は「おかえりなさい、アルフレート」と本を閉じて顔を上げた。カイルにも「こんにちは」とにこやかに微笑みかけてくるので、黙って頭を下げた。

「アルフレート、逢瀬に僕はお邪魔ですか?」
「そうだな。さっさと帰れ」
「わかりました。お菓子はともかく、別のものを食べちゃだめですよ?……くれぐれも」
「――おまえは俺をなんだと思っているんだ、そんなこと、ここでしない」

 では、と微笑んで青年が立ち上がる。

「こんにちは、僕はテオドールと言います。どうぞよろしく」
「――カイルです。お邪魔して申し訳ありません。テオドール」

 いえ、と微笑み、テオドールが退室する。アルフレートが呆れた。

「なんであいつには敬語なんだ?」
「ちゃんと敬語くらい使える、っての!――あ。これがお菓子?本当に食べていいのか?なんかすげえ、色がいっぱいあるんだけど。これ、本当に菓子か?」

 アルフレートは全部やると言って、果物がのったクッキーを一枚摘んだ。
 ほら、食べろとカイルの口に押し込む。
 甘いのと酸味と、花みたいな香りがして、控えめに言っても素晴らしく美味しかった。――初めての味に目を白黒させて、つい、アルフレートの指まで噛んでしまう。ゆっくり食べろ、こぼすなよとアルフレートは笑ってハンカチでカイルの口元を拭った。

「美味しいか?」
「――すごい、こんなの初めて食った」

 目をキラキラとさせてアルフレートを見上げると、お前が嬉しいならよかった、とアルフレートが笑って額にキスを落としてくれる。
 アルフレートの綺麗な顔が近くにあると、カイルは少し落ち着かない気分になる。
 顔の良さでいうなら幼馴染のキースだって負けていない気がするが、あっちには全くドキドキしないのに、と思ってじっと見つめてしまう。
 貴族の気品とか、品性の問題かなあと首を傾げた。
 キースは、顔は可愛いが中身は野生の猿だ。
 乱暴だし、手が早いし性格と口が悪い。アルフレートは尊大だし口は悪いがなんだかんだと優しいし、やっぱりどこか落ち着いて上品だ。
 きっと童話に出てくる王子様が本当にいたらこんな感じに違いない。

「どうした?俺に見惚れているのか?」
「――ちが、――わないのかなあ。アルフって綺麗な顔しているんだな」
「それはどうも。俺の顔は好きか?」
「うん、髪の色と目の色も好き。炎と氷みたい」

 素直に頷くとアルフレートは、あはは、声を立てて笑った。

「正直だな。――でもお前、男はだめなんだろう?」
「だめって?なにが?」
「男相手に恋はできないんだろ?さっき言っていた」

 ああ、とカイルはチョコを摘んだ。
 舌の上で蕩けて、甘い。

「よくわかんないけど、女の人がいいや。柔らかくて綺麗だし。男は硬いし汗臭いし」
「ふうん。どんな女がいいんだ?」

 アルフレートがこれも食べろ、と飴玉を握らせてくれる。カイルは考え込んだ。

「あんたの彼女みたいな綺麗な人が好きだな」

 アルフレートは美男子だし、貴族だから当然のように騎士団周りの女達に人気がある。
 貴族のご令嬢の間での噂は知らないが、騎士団の宴席によくくる素晴らしく美しい歌姫――高級娼婦ともいうらしいが――とアルフレートがそういう仲らしいともっぱらの噂だ。

「へえ?会わせてやろうか、今度」

 カイルはむかっとして、チョコを摘んでアルフレートに投げた。顔に当たったアルフレートが、痛と小さく叫ぶ。

「いいよ、別に。綺麗すぎてなにを話していいかわかんねーし。それに、そういう言い方よくないって」
「言い方?」
「会わせてやる、とか。物じゃないんだし。向こうの都合もあるだろ」
「……なるほど、それはそうか。改めよう」
「なあ、アルフ。このお菓子って同室の奴らに配ってもいい?」
「なんだ、独り占めしないのか?」
「したいけど。――皆、腹が減っているから、喜ぶかなって。ダメなら食える分だけもらって帰る。キースにも食べさせてやりたいし」

 おまえは可愛いな、と何故か上機嫌に笑ってから、アルフレートはいいよ、とまたカイルを引き寄せて今度こめかみにキスをした。

「全部おまえにやるから、好きにしたらいい。――だけど、同室の奴らには、俺からもらったと必ず言え」
「わかった。ちゃんと感謝するように伝えとく」
「別に感謝はいらないが――、お前が、誰からもらったか、彼らが知ることが重要なんだ。わかるか?」
「――?なんで?わからん……」
「分からないなら、今はそれでいい。気に入った菓子があれば言え。また頼んでやる」

 甘えたら悪いんじゃないかなと思ったけれど、結局、菓子の魔力に負けてうなずいた。
 砂糖は正義だ。
 アルフレートは菓子はいらないらしいし、どうせ捨てるものを自分だけじゃなくて、従士仲間もキースも食えるんならいいかと結論づける。

 そんなふうに月に一度か二度、アルフレートはカイルを部屋に招いて何か美味なものをくれる。
 物言いは偉そうだけど優しいし、剣術の稽古をつけてくれることも有れば高価な本を見せてくれることもあった。

 口にしたらきっと身の程を知れとか、無礼なとか怒られるだろうから言わないが。
 もしも、自分が普通の家に生まれて、兄貴とか居たらこんな感じなのかなとこっそり考える。
 見知らぬ世界で生きる青年が教えてくれる知識は面白くささやかな交流は、楽しかった。
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