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捜査応援という罠
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イーサンが昼休みからもどると所長の部屋から宿舎で親しくしているダグラスと見知らぬ男が出てきた。
ダグラスに声をかけると一瞬おどろいた顔をしたが、「そうだ、お前の担当地区だったな」と笑顔をみせた。
「あとで所長から説明があるだろうが、このあいだ話した多発してる盗難について捜査応援をお願いしにきた。お前がいるなら心強い」
相棒に行くぞと声をかけられダグラスがあわただしく去ると、所長が部屋から出るなり隊員に集まれと声をかけた。
所長が捜査部からどのような応援を頼まれたかを説明したあと、
「まあ、捜査部も協力を要請したという事実が必要なだけで、本気で俺たちが助けになると思ってない。だから別に何もする必要はない」とやる気のない言葉がくわえられた。
所長のやる気のない態度と何もする必要はないといったことには理由があった。
この駐在所で騎士として正式な訓練をうけているのは所長とイーサンだけだった。そのため所長はこの駐在所の隊員に見回り以外のことを期待していない。
そして所長は不祥事に巻き込まれこの駐在所に左遷されたことから、まともに働く気をすっかりなくしているようだ。
そのような駐在所の事情を捜査部は把握している。イーサンが所長のことや駐在所の同僚の事情について知ることができたのは、捜査部にいるダグラスから聞いたからだ。
その上でわざわざこの駐在所に捜査応援を頼みにきたということは、何らかの事情がかくされているのだろう。
解散となり相棒のラッセルの姿をさがすといつになく顔色が悪かった。
「大丈夫か?」
声をかけるとめずらしく素直に「ああ、大丈夫だ」といい、イーサンからはなれた。
その姿が気になり目で追っていると近くにいた隊員が、
「またここにいる誰かの知り合いが捜査対象にはいってんのかよ。俺らが情報をもらすの待ってやがる」といっているのが聞こえた。
わざと情報がもれるようにし相手をゆさぶり計画にない行動をさせようとしむけている。
本来であれば騎士団の情報を漏洩させるなどあってはならないことだが、この駐在所の在り方からすれば現実的な方法をとっているといえた。
早ければ情報がつたわった瞬間に相手は動く。遅くても明日までにけりがつくはずだ。
何事にも無関心なラッセルが顔色を悪くしていたので、ラッセルとかなり親しい人物が対象者にはいっており助けたいのだろう。
ラッセルもこの駐在所の人間が情報をもらすことを捜査部が待っているのを知っているはずだ。捜査部の裏をかきどのように自分の知り合いを逃がすかを必死で考えているだろう。
この隊だけで行動するなら逃がすのは簡単だが捜査部がいる。一人でも多くの犯罪者を逮捕しようと網をはっている捜査部の目をかいくぐるのはむずかしい。
「下手な動きをしなければいいが」
イーサンは深く息をはいた。
イーサンはラッセルといつも通りに町の巡回をしていた。
落ち着かない様子でイーサンのとなりを歩いていたラッセルが、捜査部から通達されている監視対象地の近くで足をとめると、暗い顔をしてイーサンの腕をつかんだ。
「頼む。ひとりだけ見逃せるよう手をかしてくれ。きっとはめられたんだ」
イーサンは小さく息を吸い腹に力をいれた。
「それは出来ない。これ以上、犯罪者をのさばらせることは守るべき市民を危険にさらす」
「あいつはきっとおどされたんだ。こんなことする奴じゃない。
ちゃんと俺が言い聞かせる。もう馬鹿なことはするなって。だから頼むよ! あんたさっき捜査部の奴と話してただろう? 頼んでくれよ。下っ端ひとりを見逃したって大丈夫だろう」
ラッセルの知人は犯罪をおかすような人間ではなく、まっとうに生きてきたのだろう。
しかし自身の弱みをにぎられたり、弱みとなる家族がいたり、借金のせいで強制的に犯罪の片棒をかつがされることは少なくない。
イーサンはゆっくりラッセルの手を自分の腕からはずしラッセルと目を合わせた。
「お前ならこの地域のことをよく知ってるだろう。
もし今回お前の知り合いを見逃したら、お前の知り合いは騎士から目をつけられてないと今より危険な仕事をさせられる。どっぷり犯罪に手をそめることになる。
どのような事情で巻き込まれたか知らないが、いま捕まれば抜け出すきっかけになる。一時的に牢にはいることになるかもしれないが、ここが大きな分かれ目だ。
本物の犯罪者になってしまうのか、罪をつぐない普通の市民として生きていくかの。
犯罪者と一度できたつながりは今回のことが終わっても簡単に断ち切れないかもしれない。だからこれからはお前がもう二度と犯罪に巻き込まれないよう気をつけてやれ」
ラッセルの瞳がゆれた。イーサンのいっていることが間違っていないのはラッセルの方がよく分かっているだろう。
歯を食いしばり泣くのをこらえていたラッセルの目から涙がこぼれた。
騎士はつねに冷静であるべきだがしょせん人間だ。知人が逮捕されることに冷静さをたもてる騎士は少ないだろう。
イーサンも初等学校の同級生を窃盗で捕まえたことがある。親しいわけではなかったが、子供時代を知っているだけにどこで道を間違えたのかとやりきれなかった。
人の動きをかんじ意識を監視対象の建物にもどすと、ダグラスともう一人の騎士が建物にはいろうとしていた。いつの間にかまわりに捜査部の騎士があつまっておりダグラス達につづく。
動くなという声のあとさまざまな音や怒号が聞こえた。イーサンは関係のない人達が巻き込まれないよう周囲に警戒する。
しばらくすると多少の怒鳴り声は聞こえるが静かになり捕縛された男達が出てきた。
イーサンのとなりにいたラッセルが息をのむような音をさせたあと、一人の男を凝視していた。
その男がラッセルの姿をみとめるとすぐに顔をそらした。
ラッセルの歯ぎしりがきこえる。
いつもは眠たげでやる気のない姿しか見せないラッセルだが、連行される男を見る真剣な表情にイーサンは二人のつながりの強さを感じた。
イーサンは何事かと集まってきた人達を大丈夫だからと追い返したあと、残りの巡回をこなすためラッセルをうながした。
イーサンはこの逮捕がどのていどの規模なのかを考えていた。
どこで情報がもれるか分からないのでダグラスは盗難が多発していることはイーサンに話したが、捜査のくわしいことは話したことがない。
地方の犯罪集団もかかわっているといっていたが、地方には手を出さないまま王都の犯罪集団をつぶすことにしたのかもしれない。
これがダグラスの上司の暴走でないことをねがう。熱血上司のせいで異動になってはあまりにも報われない。
巡回中ずっとイーサンから顔をそむけていたラッセルが突然、「なあ、あんた牢屋に伝手はないのか?」と聞いた。
「ない。王都にきてまだ日が浅いから知り合い自体がすくない」
「使えねえ騎士様だな」
ラッセルにいまいましげにいわれ、人に物を頼む態度ではないだろうと苦笑した。
イーサンに牢にかかわる知り合いはいないが、宿舎で知り合った団員からたどることは出来るかもしれない。
しかし騎士様という呼び方をされ気持ちがさめた。
騎士様という呼び方は騎士を持ち上げるために使われるのではなく、騎士という地位におごり偉そうにしている騎士をあざけるものだ。
ラッセルが小声で女を調達して目をそらせたすきにといったのが耳にはいった。
捕まった知り合いにこっそり会いにいくといったことではなく、物騒なことを考えていそうだとイーサンはラッセルに注意することにした。
「よからぬことを考えてそうだがやめろ。大切な人を助けたい気持ちは分かるがお前までやばいことをすれば、ここから逃げて生きていくしかなくなるぞ」
「うっせえよ! 何も知らないくせに分かったふりすんな!」
ラッセルの必死な様子から何かやらかしそうな気がする。牢屋から知人を逃がそうとするような馬鹿なことをしなければよいが。
ここでイーサンが何をいってもラッセルが聞くことはないだろう。ラッセルが冷静になるようイーサンは祈った。
ダグラスに声をかけると一瞬おどろいた顔をしたが、「そうだ、お前の担当地区だったな」と笑顔をみせた。
「あとで所長から説明があるだろうが、このあいだ話した多発してる盗難について捜査応援をお願いしにきた。お前がいるなら心強い」
相棒に行くぞと声をかけられダグラスがあわただしく去ると、所長が部屋から出るなり隊員に集まれと声をかけた。
所長が捜査部からどのような応援を頼まれたかを説明したあと、
「まあ、捜査部も協力を要請したという事実が必要なだけで、本気で俺たちが助けになると思ってない。だから別に何もする必要はない」とやる気のない言葉がくわえられた。
所長のやる気のない態度と何もする必要はないといったことには理由があった。
この駐在所で騎士として正式な訓練をうけているのは所長とイーサンだけだった。そのため所長はこの駐在所の隊員に見回り以外のことを期待していない。
そして所長は不祥事に巻き込まれこの駐在所に左遷されたことから、まともに働く気をすっかりなくしているようだ。
そのような駐在所の事情を捜査部は把握している。イーサンが所長のことや駐在所の同僚の事情について知ることができたのは、捜査部にいるダグラスから聞いたからだ。
その上でわざわざこの駐在所に捜査応援を頼みにきたということは、何らかの事情がかくされているのだろう。
解散となり相棒のラッセルの姿をさがすといつになく顔色が悪かった。
「大丈夫か?」
声をかけるとめずらしく素直に「ああ、大丈夫だ」といい、イーサンからはなれた。
その姿が気になり目で追っていると近くにいた隊員が、
「またここにいる誰かの知り合いが捜査対象にはいってんのかよ。俺らが情報をもらすの待ってやがる」といっているのが聞こえた。
わざと情報がもれるようにし相手をゆさぶり計画にない行動をさせようとしむけている。
本来であれば騎士団の情報を漏洩させるなどあってはならないことだが、この駐在所の在り方からすれば現実的な方法をとっているといえた。
早ければ情報がつたわった瞬間に相手は動く。遅くても明日までにけりがつくはずだ。
何事にも無関心なラッセルが顔色を悪くしていたので、ラッセルとかなり親しい人物が対象者にはいっており助けたいのだろう。
ラッセルもこの駐在所の人間が情報をもらすことを捜査部が待っているのを知っているはずだ。捜査部の裏をかきどのように自分の知り合いを逃がすかを必死で考えているだろう。
この隊だけで行動するなら逃がすのは簡単だが捜査部がいる。一人でも多くの犯罪者を逮捕しようと網をはっている捜査部の目をかいくぐるのはむずかしい。
「下手な動きをしなければいいが」
イーサンは深く息をはいた。
イーサンはラッセルといつも通りに町の巡回をしていた。
落ち着かない様子でイーサンのとなりを歩いていたラッセルが、捜査部から通達されている監視対象地の近くで足をとめると、暗い顔をしてイーサンの腕をつかんだ。
「頼む。ひとりだけ見逃せるよう手をかしてくれ。きっとはめられたんだ」
イーサンは小さく息を吸い腹に力をいれた。
「それは出来ない。これ以上、犯罪者をのさばらせることは守るべき市民を危険にさらす」
「あいつはきっとおどされたんだ。こんなことする奴じゃない。
ちゃんと俺が言い聞かせる。もう馬鹿なことはするなって。だから頼むよ! あんたさっき捜査部の奴と話してただろう? 頼んでくれよ。下っ端ひとりを見逃したって大丈夫だろう」
ラッセルの知人は犯罪をおかすような人間ではなく、まっとうに生きてきたのだろう。
しかし自身の弱みをにぎられたり、弱みとなる家族がいたり、借金のせいで強制的に犯罪の片棒をかつがされることは少なくない。
イーサンはゆっくりラッセルの手を自分の腕からはずしラッセルと目を合わせた。
「お前ならこの地域のことをよく知ってるだろう。
もし今回お前の知り合いを見逃したら、お前の知り合いは騎士から目をつけられてないと今より危険な仕事をさせられる。どっぷり犯罪に手をそめることになる。
どのような事情で巻き込まれたか知らないが、いま捕まれば抜け出すきっかけになる。一時的に牢にはいることになるかもしれないが、ここが大きな分かれ目だ。
本物の犯罪者になってしまうのか、罪をつぐない普通の市民として生きていくかの。
犯罪者と一度できたつながりは今回のことが終わっても簡単に断ち切れないかもしれない。だからこれからはお前がもう二度と犯罪に巻き込まれないよう気をつけてやれ」
ラッセルの瞳がゆれた。イーサンのいっていることが間違っていないのはラッセルの方がよく分かっているだろう。
歯を食いしばり泣くのをこらえていたラッセルの目から涙がこぼれた。
騎士はつねに冷静であるべきだがしょせん人間だ。知人が逮捕されることに冷静さをたもてる騎士は少ないだろう。
イーサンも初等学校の同級生を窃盗で捕まえたことがある。親しいわけではなかったが、子供時代を知っているだけにどこで道を間違えたのかとやりきれなかった。
人の動きをかんじ意識を監視対象の建物にもどすと、ダグラスともう一人の騎士が建物にはいろうとしていた。いつの間にかまわりに捜査部の騎士があつまっておりダグラス達につづく。
動くなという声のあとさまざまな音や怒号が聞こえた。イーサンは関係のない人達が巻き込まれないよう周囲に警戒する。
しばらくすると多少の怒鳴り声は聞こえるが静かになり捕縛された男達が出てきた。
イーサンのとなりにいたラッセルが息をのむような音をさせたあと、一人の男を凝視していた。
その男がラッセルの姿をみとめるとすぐに顔をそらした。
ラッセルの歯ぎしりがきこえる。
いつもは眠たげでやる気のない姿しか見せないラッセルだが、連行される男を見る真剣な表情にイーサンは二人のつながりの強さを感じた。
イーサンは何事かと集まってきた人達を大丈夫だからと追い返したあと、残りの巡回をこなすためラッセルをうながした。
イーサンはこの逮捕がどのていどの規模なのかを考えていた。
どこで情報がもれるか分からないのでダグラスは盗難が多発していることはイーサンに話したが、捜査のくわしいことは話したことがない。
地方の犯罪集団もかかわっているといっていたが、地方には手を出さないまま王都の犯罪集団をつぶすことにしたのかもしれない。
これがダグラスの上司の暴走でないことをねがう。熱血上司のせいで異動になってはあまりにも報われない。
巡回中ずっとイーサンから顔をそむけていたラッセルが突然、「なあ、あんた牢屋に伝手はないのか?」と聞いた。
「ない。王都にきてまだ日が浅いから知り合い自体がすくない」
「使えねえ騎士様だな」
ラッセルにいまいましげにいわれ、人に物を頼む態度ではないだろうと苦笑した。
イーサンに牢にかかわる知り合いはいないが、宿舎で知り合った団員からたどることは出来るかもしれない。
しかし騎士様という呼び方をされ気持ちがさめた。
騎士様という呼び方は騎士を持ち上げるために使われるのではなく、騎士という地位におごり偉そうにしている騎士をあざけるものだ。
ラッセルが小声で女を調達して目をそらせたすきにといったのが耳にはいった。
捕まった知り合いにこっそり会いにいくといったことではなく、物騒なことを考えていそうだとイーサンはラッセルに注意することにした。
「よからぬことを考えてそうだがやめろ。大切な人を助けたい気持ちは分かるがお前までやばいことをすれば、ここから逃げて生きていくしかなくなるぞ」
「うっせえよ! 何も知らないくせに分かったふりすんな!」
ラッセルの必死な様子から何かやらかしそうな気がする。牢屋から知人を逃がそうとするような馬鹿なことをしなければよいが。
ここでイーサンが何をいってもラッセルが聞くことはないだろう。ラッセルが冷静になるようイーサンは祈った。
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