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第42話 対等な立場に
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最初に来た時とは、少し違う顔ぶれが控室に揃った。フラスさん、フォールス、そして私。
スクルは、母と、別室に控えていた主治医を送り届けてくれていて、それからまたここに戻ってきてくれるそうだ。
フラスさんからはこっそり、ログさんがひと足先に帰った事を聞いた。会えないままお別れは残念だったが、彼女にも色々と都合があるのだと自分に言い聞かせる。
控室では、フォールスと私の向かいにいるフラスさんとが楽しそうにニコニコと微笑み、それとは正反対でフォールスはひどく苦々しい顔をしていた。
「うふふ、サプライズは大成功みたいね、フォールス君」
「あれをサプライズって言いますか……こっちは心臓が止まるかと思ったんですよ……」
フォールスの言葉に、私は、あの事かしらと口を挟んだ。
「それ……立会人の方の事……よね?」
「アステ、まさか君も知ってたの!?」
前から知っていたと思われたのか、フォールスが驚いた顔で私を見る。私は慌てて、必死に否定した。
「い、いいえ!何となく見覚えがあって、誰かしらと思っていたけれど、その……話される様子が只者じゃなかったから、もしかしてと思って。ねえフォールス、あの方……魔王様なのよね?」
「そうだよ。式の最中に騒ぐわけにもいかないから、必死で平静を装ってはいたけど、生きた心地がしなかった……」
「そう……それは大変だったわね……」
私でさえ、結婚式の最中だという事を忘れかけたのだ、フォールスの驚きはもっと大きかっただろう。
「でも、君の花嫁姿を見たら正気に戻れたよ……全く、危うく本来の目的を見失うところだった」
「まあ、まるで王子様の呪いを解くお姫様みたいでロマンチックだわ」
無邪気にはしゃぐフラスさん。フォールスは彼女に呆れた視線を向けた。
「フラスさん、あなたもですよ。せめて一言くらい事前に」
「あら!文句ならスクル君に言ってちょうだい?彼、あの場に相応しいのは魔王様しかいないって言うし、急だったから予定を調整するのも大変だったのよ?」
そう言われてしまい、フォールスは黙るしかない。後で見てろよスクル……という呟きが聞こえた気がするが、私は、絶対に気のせいだと自分に言い聞かせた。
でも確かに、フラスさんが言うように、魔王様が立会人というのは他の誰よりも説得力があるだろう。さすがの母も、ここまでされれば疑わないはず。
ただ、ひとつだけどうしても気になる。母は、魔王様を脅せる程の秘密を握っていて、魔王様もその事を知っているのだ。そのふたりが顔を合わせた事に、私の不安は募る。
(大丈夫よね……母様……)
と、フラスさんが椅子から立ち上がる。
「さて、と。もう、アステさんのお着替えをしてもいいのだけれど……少しは、あなたたちふたりきりの時間も必要かしら?」
「ええ、お願いします」
フラスさんの問いに、フォールスが即答する。確かに、この姿になってから、フォールスとの時間がなかった。私も続いて頷く。
「ふふ、わかったわ。ゆっくり花嫁姿を堪能なさい。わたくしは隣の部屋にいるから、気が済んだら呼んでちょうだい。スクル君が戻ってくるまでまだ時間もあるでしょうし……ごゆっくり」
意味深な微笑みを浮かべながら、フラスさんは部屋を出ていく。
扉が閉まる音が響く。
その音が消えると同時にフォールスは立ち上がると、壊れ物でも扱うかのようにそっと私の手を取り、私を椅子から立ち上がらせた。そして、私の頭からつま先までを、じっくり眺めている。
「夢みたいだ……想像していた何倍も綺麗だよ。君が、僕だけの花嫁だなんて、信じられない」
「あなたも、とっても素敵よ。こんな姿、他の女性が見たら卒倒するんじゃないの?」
他の女性、というのが気に食わなかったのか、フォールスは顔を顰めてしまう。
「じゃあ、何で君は卒倒しないんだよ」
「だって、私はあなたの姿形がきっかけで好きになったんじゃないもの……それに」
「それに?」
私は、思わず少しのいたずら心を出してしまう。
「どこかの美しいひとが、子供の私を散々罵ったせいで、外見と中身は違うんだって事を嫌という程思い知らされたんだもの」
フォールスの表情が固まる。まさか私がそんな事を言うとは……と顔に書いてあるように見えた。
「はあ……そんな事言われたら、僕の方が卒倒しそうだよ……悪い意味で」
「ふふっ、あなたに仕返しできる日が来るなんて、信じられない」
自分でも、よくこんな事が言えたと、内心びっくりしている。でも、今の私たちなら大丈夫だという、根拠のない確信が私の中にあった。
「もっと、責めてくれていいよ。君にはその権利がある」
「そんな権利、今すぐ放棄するわ。罪悪感で優しくするのはもうおしまいにして?私が間違っていたら怒っていいし、もし……私を嫌いになったら、手を離してもいい」
「そんなこと……」
不安そうなフォールス。私は彼の手をしっかりと握って、彼の顔をまっすぐ見た。
「私、あなたと対等な立場でいたいわ。幼い頃にあったことは、ただの悪い夢。あなたが私を、ずっと好きでいてくれれば、それだけでいいの」
私は、彼から手を離す。そして、自分の左手の薬指から指輪を外し、彼の手を持ってその手の平に載せた。
「これ……あなたが持っていてくれる?」
彼が、顔を歪めて私を見る。私は、そうじゃないのと首を横に振った。
「返すわけじゃないから、安心して。いつか……そんな日は、きっと来ないって分かっているけれど……もしあなたと私が、本当に結婚できる日が来たら、その時にまたつけてくれる?」
私は、指輪を載せたフォールスの手の平を握らせるように、両手で包んだ。
「結婚しようがしまいが、私はあなたを愛し続けるわ。私はそれで十分」
フォールスは、黙ったまま、指輪を握る手元を見つめる。でも、決心したのか、私が預けた指輪をジャケットの胸ポケットにしまうと、顔を上げて言った。
「……じゃあ、僕のも君に預ける」
フォールスも、自分の指から指輪を外して、私に差し出す。私はそれを、大事に受け取った。
「でも僕は、諦めが悪いんだからな。叶わない夢なんてないって、思い知らせてやる」
「ふふ、あなた、夢見がちなひとね。でも、そんなあなたも大好きよ」
言葉だけじゃ伝えきれないような気がして、私はそっとフォールスを抱きしめる。それに応えるように、彼も私を抱きしめてくれた。
「何はともあれ、無事に終わってよかった」
「そうね……やっと終わったのよね。私ひとりじゃ絶対に無理だった、感謝してもしきれないくらい……本当にありがとう」
「どういたしまして。そうだ、お礼……してくれるんだろ?」
私の腰に手を回したまま、フォールスは少し体を離して、私に言う。
そう、これが終わったら、みんなにしっかりとお礼をしなければいけないのだ。
「ええ、もちろん!でも、何がいいかしら?」
「僕はもう決めてる。まだもらってない、君の初めてが欲しい」
「なあに、また?でも、他に何かあげられる物なんてあったかしら……?」
あまり物を持っていない私は、他に何かあっただろうかと考え始める。でも、フォールスが言ったのは、私が思い浮かべた物とは違う類のものだった。
「僕のために取っておいてくれたものが、あるだろ?」
「取っておいたもの……?」
私は、すぐに思い当たる物がなく、首を傾げ……だがその瞬間に思い出した。
彼に、絶対に取っておけと言われたものの事を。
「!!!!!」
「あはは、百面相だな」
「そ……それは……だってあなた……」
思わずしどろもどろになってしまう。まさかそれを希望されるとは、考えもしなかったのだから。
「君の心も手に入ったんだ、もう我慢する必要なんてない。そうだろう?」
そうだ。彼はあの時言っていた。私の心が手に入らなければ意味がないのだと。でももう、私は彼に愛を告げた。ならば、次に彼が求めるのはそれしかなくなる。
「……子供が、できるかもしれないのよ?」
「君との子供なら構わない」
私の言葉にためらうかと考えたのに、問題ないと即答されてしまう。逃げ道が塞がれてしまった。
私は、戸惑いとともに、求められている事への喜びが混ざっている自分に気づき、慌てて頭を振った。
「そ、そうなったら、遠くに逃げるって、私言ったわ……」
「逃がさない。逃げようとしたら、ずっと閉じ込めてやる」
冗談などではないと、フォールスの表情が語っている。私の背筋は恐れで震えた。
「怖いわ……」
「ごめん。でも、僕は本気だ。もしどんな結果になっても、僕は絶対君を守る。信じて」
まっすぐ私を見るフォールスの瞳。それだけで、私の心は揺らいでしまう。その隙を突くような言葉を、彼は続けて言った。
「君の全部を、僕のものにしたい」
その言葉だけで、私の頭の中の、いろんな不安や懸念があっという間に吹き飛んでしまう。理性が消え、本能だけが私を支配するかのような感覚。
気づけば私は、頷いていた。
「あ……で、でも、ここでじゃ……ないわよね?」
「君がいいなら」
「だ、だめよ!!!」
私は慌ててフォールスを押しのける。フラスさんが隣にいるのだ、そんな事は絶対にできない。
「分かってるよ……すぐってわけじゃない。僕はやり残して山積みになってる仕事を片付けなきゃいけないし、君も今は、家を離れられないだろ?」
「そ……そうよね……よかった」
私は胸を撫で下ろす。が、私の言葉に不満そうなフォールス。
「よかったって、何が?……やっぱり、今すぐしておこうかな」
「だ、だめよ!!!す、すぐには心の準備ができないからって意味のよかったなのよ!?」
「本当に?」
「本当よ!」
そう言った瞬間、吹き出すフォールス。私はやっとここで、からかわれている事に気づいたのだ。
「もう!いじわるね!」
「ごめん、可愛くてつい」
そう言えば何でも許すと思っているのか。私はフォールスを睨みつけるものの、悲しそうに私を見るその目に、私はやっぱり弱い。彼が差し出した手を、仕方なく取ってしまう。
途端に、彼は嬉しそうに笑った。
「……もう少しだけ、僕だけの花嫁を目に焼き付けておこうかな。一生忘れないように」
フォールスは、私と手を繋いだまま、一歩後ろへ下がると、さっきと同じように私の全身を見る。そして、顔を上げて私に言った。
「僕を選んでくれてありがとう、アステ」
「それは……私も同じよ」
そうやって私たちは、笑い合った。
しばらくの間、お互いの姿を目に焼き付けて、私たちはようやく花嫁姿とのお別れを決意した。
私の着替えのため、フォールスは隣の部屋までフラスさんを呼びに行き、フラスさんとフォールスが入れ替わる形になった。
私がドレスから着替えている途中にスクルが戻ってきたようで、隣の部屋からフォールスとスクルの言い争うような声が聞こえてきた。フラスさんと私は、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
そうして、私の姿はここに来た時に戻り、偽りの結婚式は終わったのだった。
スクルは、母と、別室に控えていた主治医を送り届けてくれていて、それからまたここに戻ってきてくれるそうだ。
フラスさんからはこっそり、ログさんがひと足先に帰った事を聞いた。会えないままお別れは残念だったが、彼女にも色々と都合があるのだと自分に言い聞かせる。
控室では、フォールスと私の向かいにいるフラスさんとが楽しそうにニコニコと微笑み、それとは正反対でフォールスはひどく苦々しい顔をしていた。
「うふふ、サプライズは大成功みたいね、フォールス君」
「あれをサプライズって言いますか……こっちは心臓が止まるかと思ったんですよ……」
フォールスの言葉に、私は、あの事かしらと口を挟んだ。
「それ……立会人の方の事……よね?」
「アステ、まさか君も知ってたの!?」
前から知っていたと思われたのか、フォールスが驚いた顔で私を見る。私は慌てて、必死に否定した。
「い、いいえ!何となく見覚えがあって、誰かしらと思っていたけれど、その……話される様子が只者じゃなかったから、もしかしてと思って。ねえフォールス、あの方……魔王様なのよね?」
「そうだよ。式の最中に騒ぐわけにもいかないから、必死で平静を装ってはいたけど、生きた心地がしなかった……」
「そう……それは大変だったわね……」
私でさえ、結婚式の最中だという事を忘れかけたのだ、フォールスの驚きはもっと大きかっただろう。
「でも、君の花嫁姿を見たら正気に戻れたよ……全く、危うく本来の目的を見失うところだった」
「まあ、まるで王子様の呪いを解くお姫様みたいでロマンチックだわ」
無邪気にはしゃぐフラスさん。フォールスは彼女に呆れた視線を向けた。
「フラスさん、あなたもですよ。せめて一言くらい事前に」
「あら!文句ならスクル君に言ってちょうだい?彼、あの場に相応しいのは魔王様しかいないって言うし、急だったから予定を調整するのも大変だったのよ?」
そう言われてしまい、フォールスは黙るしかない。後で見てろよスクル……という呟きが聞こえた気がするが、私は、絶対に気のせいだと自分に言い聞かせた。
でも確かに、フラスさんが言うように、魔王様が立会人というのは他の誰よりも説得力があるだろう。さすがの母も、ここまでされれば疑わないはず。
ただ、ひとつだけどうしても気になる。母は、魔王様を脅せる程の秘密を握っていて、魔王様もその事を知っているのだ。そのふたりが顔を合わせた事に、私の不安は募る。
(大丈夫よね……母様……)
と、フラスさんが椅子から立ち上がる。
「さて、と。もう、アステさんのお着替えをしてもいいのだけれど……少しは、あなたたちふたりきりの時間も必要かしら?」
「ええ、お願いします」
フラスさんの問いに、フォールスが即答する。確かに、この姿になってから、フォールスとの時間がなかった。私も続いて頷く。
「ふふ、わかったわ。ゆっくり花嫁姿を堪能なさい。わたくしは隣の部屋にいるから、気が済んだら呼んでちょうだい。スクル君が戻ってくるまでまだ時間もあるでしょうし……ごゆっくり」
意味深な微笑みを浮かべながら、フラスさんは部屋を出ていく。
扉が閉まる音が響く。
その音が消えると同時にフォールスは立ち上がると、壊れ物でも扱うかのようにそっと私の手を取り、私を椅子から立ち上がらせた。そして、私の頭からつま先までを、じっくり眺めている。
「夢みたいだ……想像していた何倍も綺麗だよ。君が、僕だけの花嫁だなんて、信じられない」
「あなたも、とっても素敵よ。こんな姿、他の女性が見たら卒倒するんじゃないの?」
他の女性、というのが気に食わなかったのか、フォールスは顔を顰めてしまう。
「じゃあ、何で君は卒倒しないんだよ」
「だって、私はあなたの姿形がきっかけで好きになったんじゃないもの……それに」
「それに?」
私は、思わず少しのいたずら心を出してしまう。
「どこかの美しいひとが、子供の私を散々罵ったせいで、外見と中身は違うんだって事を嫌という程思い知らされたんだもの」
フォールスの表情が固まる。まさか私がそんな事を言うとは……と顔に書いてあるように見えた。
「はあ……そんな事言われたら、僕の方が卒倒しそうだよ……悪い意味で」
「ふふっ、あなたに仕返しできる日が来るなんて、信じられない」
自分でも、よくこんな事が言えたと、内心びっくりしている。でも、今の私たちなら大丈夫だという、根拠のない確信が私の中にあった。
「もっと、責めてくれていいよ。君にはその権利がある」
「そんな権利、今すぐ放棄するわ。罪悪感で優しくするのはもうおしまいにして?私が間違っていたら怒っていいし、もし……私を嫌いになったら、手を離してもいい」
「そんなこと……」
不安そうなフォールス。私は彼の手をしっかりと握って、彼の顔をまっすぐ見た。
「私、あなたと対等な立場でいたいわ。幼い頃にあったことは、ただの悪い夢。あなたが私を、ずっと好きでいてくれれば、それだけでいいの」
私は、彼から手を離す。そして、自分の左手の薬指から指輪を外し、彼の手を持ってその手の平に載せた。
「これ……あなたが持っていてくれる?」
彼が、顔を歪めて私を見る。私は、そうじゃないのと首を横に振った。
「返すわけじゃないから、安心して。いつか……そんな日は、きっと来ないって分かっているけれど……もしあなたと私が、本当に結婚できる日が来たら、その時にまたつけてくれる?」
私は、指輪を載せたフォールスの手の平を握らせるように、両手で包んだ。
「結婚しようがしまいが、私はあなたを愛し続けるわ。私はそれで十分」
フォールスは、黙ったまま、指輪を握る手元を見つめる。でも、決心したのか、私が預けた指輪をジャケットの胸ポケットにしまうと、顔を上げて言った。
「……じゃあ、僕のも君に預ける」
フォールスも、自分の指から指輪を外して、私に差し出す。私はそれを、大事に受け取った。
「でも僕は、諦めが悪いんだからな。叶わない夢なんてないって、思い知らせてやる」
「ふふ、あなた、夢見がちなひとね。でも、そんなあなたも大好きよ」
言葉だけじゃ伝えきれないような気がして、私はそっとフォールスを抱きしめる。それに応えるように、彼も私を抱きしめてくれた。
「何はともあれ、無事に終わってよかった」
「そうね……やっと終わったのよね。私ひとりじゃ絶対に無理だった、感謝してもしきれないくらい……本当にありがとう」
「どういたしまして。そうだ、お礼……してくれるんだろ?」
私の腰に手を回したまま、フォールスは少し体を離して、私に言う。
そう、これが終わったら、みんなにしっかりとお礼をしなければいけないのだ。
「ええ、もちろん!でも、何がいいかしら?」
「僕はもう決めてる。まだもらってない、君の初めてが欲しい」
「なあに、また?でも、他に何かあげられる物なんてあったかしら……?」
あまり物を持っていない私は、他に何かあっただろうかと考え始める。でも、フォールスが言ったのは、私が思い浮かべた物とは違う類のものだった。
「僕のために取っておいてくれたものが、あるだろ?」
「取っておいたもの……?」
私は、すぐに思い当たる物がなく、首を傾げ……だがその瞬間に思い出した。
彼に、絶対に取っておけと言われたものの事を。
「!!!!!」
「あはは、百面相だな」
「そ……それは……だってあなた……」
思わずしどろもどろになってしまう。まさかそれを希望されるとは、考えもしなかったのだから。
「君の心も手に入ったんだ、もう我慢する必要なんてない。そうだろう?」
そうだ。彼はあの時言っていた。私の心が手に入らなければ意味がないのだと。でももう、私は彼に愛を告げた。ならば、次に彼が求めるのはそれしかなくなる。
「……子供が、できるかもしれないのよ?」
「君との子供なら構わない」
私の言葉にためらうかと考えたのに、問題ないと即答されてしまう。逃げ道が塞がれてしまった。
私は、戸惑いとともに、求められている事への喜びが混ざっている自分に気づき、慌てて頭を振った。
「そ、そうなったら、遠くに逃げるって、私言ったわ……」
「逃がさない。逃げようとしたら、ずっと閉じ込めてやる」
冗談などではないと、フォールスの表情が語っている。私の背筋は恐れで震えた。
「怖いわ……」
「ごめん。でも、僕は本気だ。もしどんな結果になっても、僕は絶対君を守る。信じて」
まっすぐ私を見るフォールスの瞳。それだけで、私の心は揺らいでしまう。その隙を突くような言葉を、彼は続けて言った。
「君の全部を、僕のものにしたい」
その言葉だけで、私の頭の中の、いろんな不安や懸念があっという間に吹き飛んでしまう。理性が消え、本能だけが私を支配するかのような感覚。
気づけば私は、頷いていた。
「あ……で、でも、ここでじゃ……ないわよね?」
「君がいいなら」
「だ、だめよ!!!」
私は慌ててフォールスを押しのける。フラスさんが隣にいるのだ、そんな事は絶対にできない。
「分かってるよ……すぐってわけじゃない。僕はやり残して山積みになってる仕事を片付けなきゃいけないし、君も今は、家を離れられないだろ?」
「そ……そうよね……よかった」
私は胸を撫で下ろす。が、私の言葉に不満そうなフォールス。
「よかったって、何が?……やっぱり、今すぐしておこうかな」
「だ、だめよ!!!す、すぐには心の準備ができないからって意味のよかったなのよ!?」
「本当に?」
「本当よ!」
そう言った瞬間、吹き出すフォールス。私はやっとここで、からかわれている事に気づいたのだ。
「もう!いじわるね!」
「ごめん、可愛くてつい」
そう言えば何でも許すと思っているのか。私はフォールスを睨みつけるものの、悲しそうに私を見るその目に、私はやっぱり弱い。彼が差し出した手を、仕方なく取ってしまう。
途端に、彼は嬉しそうに笑った。
「……もう少しだけ、僕だけの花嫁を目に焼き付けておこうかな。一生忘れないように」
フォールスは、私と手を繋いだまま、一歩後ろへ下がると、さっきと同じように私の全身を見る。そして、顔を上げて私に言った。
「僕を選んでくれてありがとう、アステ」
「それは……私も同じよ」
そうやって私たちは、笑い合った。
しばらくの間、お互いの姿を目に焼き付けて、私たちはようやく花嫁姿とのお別れを決意した。
私の着替えのため、フォールスは隣の部屋までフラスさんを呼びに行き、フラスさんとフォールスが入れ替わる形になった。
私がドレスから着替えている途中にスクルが戻ってきたようで、隣の部屋からフォールスとスクルの言い争うような声が聞こえてきた。フラスさんと私は、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
そうして、私の姿はここに来た時に戻り、偽りの結婚式は終わったのだった。
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