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エピローグ

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 夜明け頃にようやく眠りについた私は、ひたすら眠り続けた。

 でも、その眠りを上回る欲求が、私を目覚めさせた。それは。

「あははっ!自分のお腹の音で起きるなんて!アステ!ははっ!はあ!君、ほんとに面白すぎる……!」

 とっくに起きて身支度も済ませていたフォールスが、ベッド上で、上掛けに隠れるようまるまっている私に爆笑している。

「もう……いい加減、笑うのをやめてちょうだい。だって、夜も食べないままあんな事したら……お腹くらい……鳴るわよ……」

 私は顔だけ出して、フォールスを睨みつける。

「もう、怒らないでよ……ごめんって。ああ、泣かないでよ!本当にごめん……ほら、浴室まで運んであげるから、綺麗にしておいで。その後、ご飯にしよう?」

 急にご機嫌を取っても、もう遅い。私は再び上掛けの中に潜り込む。

「……あなたに運んでもらわなくったって、ひとりで行けるわ」
「いいから。今立ち上がると、大変な事になると思うし」
「大変な……事?」

 意味が分からず、私は聞き返す。すると、フォールスはクスクスと笑い出し、とんでもない事を言った。

「うん。君の中にたくさん入ってるものが、出てくる」
「……!!!」

 結局、私は、上掛けに包まれたまま、フォールスに抱っこされて浴室まで運ばれた。

 浴室に下された私は、夜に何度も彼が入った場所から、どろっとしたものが流れ出すのを感じ、思わず悲鳴をあげ、座り込んでしまう。

「僕の言った通りだろ?……ほら、上掛け、預かるから」
「わ、わかったから、こっち見ないでね!?」

 私は、慌てて上掛けを外し、背中を向けたままフォールスに渡す。

「そうだ、朝ごはんだけど、君が綺麗にしている間に、買いに行ってこようか?」

 上掛けを受け取ったフォールスが、聞いてくる。

「あ、あの…テーブルの上に置いてあるランチボックス……執事が持たせてくれたのがあって……そこにたくさん詰めてくれてるから……それで……」
「そうか。ねえ、それ、僕ももらっていい?」
「え、ええ、一緒に……食べましょ……」
「分かった、ありがとうアステ。じゃあ、部屋で待ってる」

 そう言うと、パタンと浴室の扉を閉めるフォールス。

 私は、次から次と流れ出てくるものに、夜の事が思い出され、必死になって頭から振り払う。
 無心で体を洗おうとすれば、今度は体中にある赤く鬱血した跡に気づき、半泣きになりながら体を洗った。

 何とか浴室を出た私は、着替えもタオルもしっかり用意してあるのを見て、フォールスの準備のあまりのよさに、気が遠くなってしまう。

 部屋まで戻った頃には、疲労困憊で、よろよろとソファに座り込んだ。隣に座るフォールスは、いつもと変わらないというのに。情けないやら、悔しいやら。

 いつの間にか紅茶も用意されていて、その至れり尽くせりな状態に、もはや言葉も出ない。

「さ、どれから食べる?食べさせてあげるから、選んで」

 フォールスは、私の前にランチボックスを広げると、楽しそうに聞いてくる。

「じ、自分でできるわよ!」
「やだね。僕、今日は君を、とことん甘やかすって決めたんだ。色々と無理させて、疲れただろ?だから、今日だけ、特別に。ね?」
「そんなの、いつの間に決めたのよ……もう、あなたのそういう目!その目で見られると、あなたの言う事、全部聞いてしまいそうになるのよ……ほんと困る……」

 何とか目を逸らして、抗議の声をあげる。

「……だって、仕方ないじゃないか。君が素直にうんって言ってくれないから」
「……もう……私が悪いの……?きょ、今日だけよ!?今日だけ……」

 ほら、やっぱり断れない。フォールスに対する意志がどんどん弱くなっている自分が情けなくなる。……これが、惚れた弱み、というものなのだろうか。
 そんな私に、フォールスは満面の笑みを浮かべて、顔を覗き込んでくる。

「そうそう、今日だけ……ね。じゃ、どれにする?」

 そうして私は、いつだかぶりの、餌付けをされたのだった。

***

 日が暮れる頃には帰ってしまうフォールスと、せっかくなら、どこか出掛けてみたかったけれど、私の体の節々が思った以上に痛くて、結局、部屋でゆっくり過ごす事になった。

 私たちは、寄り添いながら、好きな食べ物だとか、学生時代の思い出だとか、そんな他愛のない話をたくさんした。
 お互いに、知らない事だらけだったねと、笑い合う。

「知らない事ばっかりなのに、全てを捧げたいと思うほど好きになってしまうなんて……本当に、不思議だわ」

 恋なんて、自分とは関係のない事だと思っていたはずなのに。

「恋なんて、気づいたら落ちてるものなんだって力説してた同級生がいたけど、その通りだったな」
「たしかに……私も、気づいたら落ちていたわ。でも、落ちたというよりは、あなたに引きずり下ろされたような気がする」
「失礼な。君から飛び込んできたんだろ?」
「ふふ、そうね。とても不安だったけれど、あなたの胸に飛び込んで、よかったと思う」

 私は、フォールスの胸に顔を埋めて、言った。

「私の事、受け止めてくれて、ありがとう」

 フォールスの手が、私の頭を、優しく撫でる。頭に、口付けが降ってくる。

「愛してる、アステ。もう、絶対に離さない」

 私は顔を上げ、フォールスを見る。

「ふふ、どうせ、逃げようとしても、ずっと閉じ込めるんでしょう?しょうがないから、おとなしく捕まっておくわ」

 そう言って笑う私に、生意気だなと呟きながら、私の額を軽くつつくフォールス。

 私たちは、お互いに笑い合って、そして、口付けを交わした。

***

 それから、私の、魔王城での新しい生活が始まった。

 仕事は、まだ慣れない事が多く、精神的にどっと疲れている。でも、さすが魔王城直轄の研究所、最先端の研究が多くて、日々やりがいを感じている。

 私が、魔王城で働き出した事を知ったログさんフラスさんには、歓迎会を開きますから!としっかり日程を決められてしまった。盛大にやりますから楽しみにしてて下さい!と張り切るログさんに、私は若干の不安をおぼえつつも、その日が待ち遠しい。

 そういえば、フォールスが領主の業務に慣れたという事で、スクルが魔王城に戻ってくるそうだ。
 口うるさいのがいなくなって清々する、なんてフォールスは言っていたけれど、寂しそうな顔を、私は見逃さなかった。私だけじゃなく、フォールスにとってもスクルは、お兄さんのような、頼れる存在だったのだと思う。

 そして。私が一番気にしていた、フォールスのお兄さんに領主の座を戻す、という件。それは、どうやら一年後になりそうとフォールスから聞いた。ちょうどその頃に、弟子入りした冒険家とともにここに到着するそうで、そこをお兄さんの冒険の終着点とするのだそうだ。

 それと、なぜかお兄さんは、私に会いたがっているそうで、その事をフォールスから聞かされた私は、緊張でそわそわしてしまう。案の定、一年も先なのに、とフォールスに笑われてしまった。

「結婚したい相手がいるって、君の事を手紙に書いたんだ。そうしたら、君の事覚えていて、ぜひ会って話をしたいって、返事が来たんだ。君って、兄と面識あったの?」
「いいえ……昔、見かけたくらいで、話した事もないはずよ。お兄さん、ずっと遠巻きに、私を見ていた記憶しかないわ」
「ふーん……まあ、いいや」

 取り立てて気にする事でもないか、といった様子のフォールス。

「それにしても、あと一年か……待ちきれないな。新居を決めて、結婚式をして、旅行にも……ああ、楽しみだ」

 結婚式という単語に私は驚き、目を丸くして、フォールスを見る。

「え……?またするの?結婚式……」
「まさか、しないつもりだったの!?」
「だって……もう、誓ってしまったじゃない?あれで十分だと……」

 母のためにした偽りの結婚式だったとはいえ、魔王様に誓ったのは間違いないのだ。あれでもう済ませてしまったつもりでいた。
 でも、フォールスの思いは違ったようで。

「あの時の君、本当に結婚できると思ってなかっただろ?でも、今度は違う。僕と本当に結婚するんだって思って、幸せそうに笑う、花嫁姿の君を見たいんだ」
「そう、なの?」

 まさか、そんな風に思ってくれているなど、思いもしなかった。
 思えばあの時の私は、結婚など叶わない夢なのだと諦めて、蓋をして、ただ愛し合えればそれでいいと思っていた。
 でも、もう、そんな事をする必要はなくなる。それは、なんと幸せな事だろう。

「……そうね……分かった。するわ、あなたと。本当の結婚式」
「やった!じゃあ今度は、僕とドレス選びに行こう?一緒に、選びたかったんだ」
「一緒に行ってくれるの?でも、ふふ、二回もドレス選びに行くなんて、お店の人、きっと驚くわね」
「しかも、相手が違う」
「そうだわ!あの時、スクルとの結婚準備って言って進めたんだものね。どう説明したらいいかしら」
「……ま、一年もあるんだ。上手い言い訳を考えておくよ」
「ふふ、期待してる。……一年後、楽しみだわ」

 遠いようで、きっとあっという間に、その日が来るのだろう。こんなにも明るい未来が待ってるだなんて、今でも少し信じられない。ふわふわとした、夢のような気分になる。

 私はふと、これはまだ、夢の中なのではないか、そんな不安を感じて、フォールスに言った。

「ねえフォールス……私の頬、つねってくれる?」
「なに?また夢だって疑ってるの?……仕方ないな」

 そう言うとフォールスは、遠慮なく、私の頬をつねった。やっぱり、すごく痛い。

「痛かっただろ?」
「ええ、とっても。痛すぎて……幸せ」
「アステ……その発言は、ちょっと、どうかと思うよ?」
「やだ……言葉足らずだったわ。ふふ、おかしい」

 そして、私たちは顔を見合わせて、たくさん笑った。

 あと一年。その間にも、色々な事があるだろう。でも、夢が叶うと分かった今の私はきっと、めげずに前を向いて、胸を張って進んでいけるはず。

「ね、アステ、そろそろ……だめ?」
「まだ夕方なのに……するの?」

 おねだり上手なフォールスに、やっぱり弱い私は、そんな自分に呆れながら、彼に押し倒されていく。

「今日は、なるべく早く寝かせてね……」
「分かってるよ」

 そうして、私たちはまた長い夜を共に過ごすのだった。
 
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