鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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『湯煙の中で』

 顔がひんやりとして目が覚める。
 窓の外を見ると、ほんの数日前まで秋らしい雰囲気だったのが、今はすっかり冬の景色になっていた。
(外……寒そうだな~。でも今日は大事な日だし、しっかり準備しないと。)
 俺はぬくぬくとした布団から気合を入れて出ると、リビングへ向かった。
「あ、おはようセラ。」
「セラさんおはようございます!」
 もはや、俺と父の部屋の半同居人となっているラルクは、手慣れた様子で朝食用の皿を並べている。
「見て!ラルクさんがパンを焼いてくれたんだ。こっちが塩パンで、もう1つはチョコが入ってるんだよ。」
「え、そんなことできたんですか?」
 父は興奮した様子で上手に焼きあがった2種類のパンを紹介した。
 俺も料理は得意な方だが、パンを焼いたことはない。そして、料理をするイメージがないラルクにそんな特技があったとは驚きだ。
「実は、同僚にパン屋の息子がいて、作り方を習ったんです。何度も練習して、やっと1人で作れるようになったから食べて欲しくて。」
 ラルクは照れ臭そうに鼻をかいている。父は笑顔で「早く食べよう!」と言うと、作った張本人を席に着かせた。
(あーあー、腕引かれて嬉しそうにしちゃって。)
 今日も自然にイチャつく2人を横目に、自分も席に着く。
「美味しい!ラルクさん、お店で売ってるパンみたいですよ。」
「そんな、大げさですよ。」
 父はラルクのパンを一口食べて、その味に感動していた。目が輝き、本心で言っているのだと分かる。俺も父に続いてチョコのパンを食べてみる。もっちりとしていて少し溶けたチョコが美味しい。
「ラルクさん、お世辞抜きで美味しいです。」
「ありがとうございます。」
 ラルクは手放しで褒められ照れながらも、嬉しそうに笑った。
(本当に美味しいな。)
 俺は料理のレパートリーを増やすため、今度ラルクに作り方を習う約束をした。

 食事が終わり、後片付けは父とラルクがしてくれるとのことで、俺はありがたく自室に戻り出勤の準備をする。制服に着替えてもまだ時間が余っているため、机に着いて今日のイベントの流れを確認した。
 今日は大型イベント③『湯煙の中で』当日だ。
 まず、騎士棟の大浴場が完成し、文官棟からはシバと主人公、騎士棟からは団長とアックスが最終チェックの為に集まる。
 そして浴場の説明後、最終確認で湯を使ってくれと頼まれるが、シバと騎士団長は仕事があり先に帰ってしまう。残された2人は風呂に入ることにするが、主人公が男湯と女湯を間違えてしまうのだ。
 先に入ったアックスに気付かず、かかり湯をした主人公は、それが冷たい水であることに驚き声を上げる。
 その声を聞いたアックスは、駆け寄って彼女が男湯にいることに動揺しつつも、主人公が寒さで震えているのに気付き、とりあえず湯に浸からせる。
 2人はこのまま、気まずいながらもドキドキとしたお風呂タイムを過ごすのだ。
(どうやったら男湯と女湯を間違えるんだよ!そして水風呂でかかり湯って……ありえないだろ!)
 ゲームをプレイした時には、主人公にツッコミを入れまくっていたが、今は俺がその立場だ。
 俺は男であるため、最初の間違えるくだりはしなくて良い。そして、どうせ一緒に風呂に入るのだから冷水の部分もいらないのでは……と考えたが、そこはゲームの通りにしておこう。
(極力ゲームに合わせておいた方が、後の会話選択でも辻褄が合うし。)
 俺は、今日の流れに一通り目を通して、攻略ノートを閉じた。

「今日は一緒に騎士棟へ行く。」
「はい。」
 執務室で、シバから今日の仕事内容について知らされる。俺の予想通り、今日は大浴場の最終確認の日だ。この日の為に、大浴場が完成する日をラルクや父に逐一尋ねていた。
(大浴場ができて5日後に最終チェックって、主人公が言ってたからな。)
 メモに書いてあった内容は正しかったようだ。
「では、行こうか。」
 シバと俺は連れ立って騎士棟へ向かった。

「久しいな。マクゼンから忙しくしていると聞いたが。」
「もう数日すれば落ち着きそうです。」
「こちらも暖かくなる頃には慌ただしくなる。その前に一度、酒でもどうだ?」
「ぜひご一緒させていただきます。」
 シバと騎士団長が話をしている。
 少し前に騎士棟の大浴場に着いた俺とシバは、待っていた団長とアックスに挨拶をして中へ入った。施設の説明を受けるために、今はここで建築を担当した男の到着を待っている。
「セラが来るとは思ってなかった。」
「私は、アックスが来るだろうと思ってました。」
 会話をしている団長とシバから少し離れて、アックスは隣にいる俺に話し掛けた。
「はは。たしかに、俺とセラは偶然よく会うよな。」
(偶然じゃないんだ。俺がストーカーのごとくアックスの行動に合わせて動いてるんだ。)
「文官棟にもお風呂があったらいいのに……まぁ、騎士の方々みたいに身体を動かしてるわけではないので、無理でしょうけど。」
「入りに来たらどうだ?セラ1人くらいどうってことないだろ。」
「そうですかね?」
 お風呂好きな俺としては、大変魅力的なお誘いだ。俺はアックスや父、ラルクと共に仲良く湯に入る姿を想像し、バレなければいいか……?という考えが頭をよぎった。しかしそれは、後ろからの低い声に遮られる。
「私の部下に変な誘いを持ち掛けないでくれ。」
「アインラス殿。」
 シバが冷たい目でアックスを見ている。
 2人の話は既に終わったのか、団長も面白そうに腕を組んでこちらを見学していた。
「この大浴場は、騎士棟で働く者しか入れない。」
「あの、冗談で言い合っていただけです。」
シバがアックスを責めるように言うので、俺が間に入る。
「きまりだ。破ってはいけない。」
「……はい。」
 しゅーんとなる俺に、団長が「はっはっは」と笑う。
「シバ、そう強く言うな。小さくなって可哀想に。」
 団長はそう言って俺の近くまで来た。
「マニエラだったか?今は無理だが、そのうち他の棟の者も入れるように案を考えておこう。」
「……ありがとうございます。」
 俺が上目遣いに見上げると、団長はにっこりと笑った。
 シバは何か言いたげだが、団長が「さーて、説明を聞かんとな。」と扉の方を向いたため、口をつぐんだ。
 目を向けると、扉から数名が顔を出している。団長とアックス、そしてシバが並んでいる姿に緊張しているのか、彼らは身体を強張らせつつゆっくりと歩いてきた。

「ーーとなっておりまして、換気に関しても心配ありません。以上になりますが、不明な点はございますか?」
 一通り説明を受けた俺達は、団長がいくつか質問するのを聞いていた。
(風呂については、どれが水風呂か説明が無かったな。しかも、普通であればかかり湯があるだろう場所に設置してある。……だから主人公は間違えたのか。)
「それにしても立派な風呂だ。皆喜ぶだろう。」
「ありがとうございます。」
 最後に案内の男が、ぜひ入っていって下さい!と俺達全員に言った。
 その言葉に、団長は困った顔をする。
「私はマクゼンと話をせねばならん。すまんが今度にさせてもらおう。」
(ダライン文官長を名前で呼ぶ人初めて見た。2人って仲良いのかな。)
 少し疑問に思ったが、「では、先に失礼する。」と出て行った団長に慌てて頭を下げた。
「マニエラ、帰るぞ。」
「……え、」
 団長を見送ってすぐ、シバが俺に帰るよう促し歩き出そうとする。
(ちょっと待って!今日は大事な大型イベントなんだ!帰れるわけないよ!)
 シバの言葉に「はい」とは言えず、立ち止まる。そんな俺を不思議そうに見るシバが「どうした?」と聞いてきたところで、ここを案内した男が口を開いた。
「あの……本日は、騎士様と文官様が実際に利用し、双方のご意見ご感想を頂けるとダライン様から聞いております。10日後の利用開始日までにそれらを反映させたいので、その……ご入浴いただきたいのですが。」
 また、この湯は試験的に入れたため、使わなければそのまま流されてしまうらしい。もったいないと言われ、シバが少し揺らいでいた。
(よし、いいぞ!もっと説得して!)
 どうしようかと悩むシバと、これまた困っている案内の男の会話にアックスが口を挟んだ。
「誰であれ、騎士棟と文官棟の者が入って感想を言えばいいんだな?」
「はい。」
 男はおずおずと答える。
「では、セラ一緒に入ろう。こんな広い風呂を貸切だなんて、めったにないぞ。」
 アックスは男の言葉を受け、俺の方を向いてニコッと笑った。
(さすがアックス!ナイス!最高!)
 俺が元気に「はい!」と返事をすると、シバが俺とアックスの間に入ってきた。
「私も入る。」
「え?あの、無理をされなくても……。後できちんと報告します。」
(シバ、さっきまで嫌そうだったじゃん!)
「マニエラ、行くぞ。」
 暗に来なくていいと伝えた言葉は無視され、グイッと腕を引かれた。
「わっ」
 俺は体勢を崩してシバに軽く当たってしまう。すると、アックスが俺の反対の手を取り、自分の方に引き寄せた。
「わっ、え?」
「アインラス殿はいつも強引だ。セラは騎士達とは違う。そんなに乱暴に扱わないでいただきたい。」
(いや、毎回めっちゃふんわり掴んでるから大丈夫だよ。)
 俺は、シバに掴まれた自分の腕を見る。
 以前、城の近くのパン屋に現れたシバは、俺を強引に連れて行こうとしたが、掴む手は優しかった。今も俺が勝手に驚いてよろけただけで、強い力ではない。
「君こそ手を放せ。」
「アインラス殿は忙しいだろう。報告はするから文官棟へ先に戻って結構だ。」
「いや、私がトロント殿の意見として上に渡しても構わない。先に仕事へ戻られてはどうだ。」
 俺はなぜ揉めているのか分からない2人に「あの!」と声を掛ける。
「とりあえず、ここで言い合っていても仕方がありません。入りましょう。」
 シバは頷き、アックスも諦めたように溜息をついた。
 案内の男は何が起こったのか分からない顔をしていたが、無事風呂を利用してもらえるとあって、安心したようだ。「ごゆっくり。」と声を掛けて去っていった。
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