愛情をひとかけら、幸せな姫の物語

玉響なつめ

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「ゼノン様」

「……シア」

 わたくしがゼノン様のところに行くと、とても驚いた顔をしていました。
 その手には練習用の剣が握られていて、ゼノン様は上半身を裸にして一心不乱に振っていたようです。

 鍛えられたお体を伝う汗が日にきらめいているものだから、そのお姿を直視できなくて……わたくしは少しだけ視線を下にしつつ、お邪魔にならないか周りを見回しました。

 ここはわたくしたちの家の、中庭です。

 客人を迎えるための庭とは別に、家人が楽しむための庭……という作りなのでしょうか、外からは見えないような作りになっているのです。
 すでにここは庭師の手が入って、綺麗に調っていました。
 ほんの数日迄まで草が生い茂っていたのに、すごいわ!

「どうかしたのか?」

「いえ、あの……」

 そうです、気恥ずかしくて俯いてしまいましたけれどわたくしったら閨のお誘いをしても良いものかと悩んでいたのでした!
 肌を重ねたこともある上にそんなお誘いをはしたなくもしようとしているというのに、ゼノン様のお体を見ただけで恥ずかしくなっているだなんて……わたくし、ちゃんと言葉にできるのかしら?

 ドキドキしながらゼノン様の方をちらりと見ると、不思議そうに首を傾げながらわたくしの方をジッと見つめていらっしゃいます。
 急かすことなく、わたくしの言葉を待ってくださるその姿に胸がぎゅっと苦しくなるような、ああ、幸せに押しつぶされてしまうってこういうことなのかしら。

「あの、……あの」

「どうした? 何か困りごとか?」

「いえ、そうではなくて、あの……ゼノン様、あの、お時間を、いただきたくて」

「時間?」

「は、はい」

 勇気を出すのよ、アナスタシア。

 ゼノン様は大丈夫。
 わたくしを受け入れてくださると仰った。愛してくださっておられるの。
 ……だって、わたくしは、ゼノン様の妻……なのですもの。

(ゼノン様を幸せにする方が現れるまでは、いいえ、わたくしがそうであったら嬉しい)

 妻だと言い切ってくださるゼノン様。
 わたくしのことを〝慈愛の人〟と呼び、ゼノン様と引き合わせてくださった王太子殿下。
 応援してくれるエヴリンや、アンナたち。

 もうわたくしはインフォルトニ王国の第二王女で〝災厄の娘〟はなく、この国の将軍、ゼノン様の妻。
 そして、ずっとそうでありたい。

(そのためにもお子を授かりたい)

 子供を理由にしてはいけない、それは理解している。
 だけれどわたくしがここにいていい理由を、存在して良い理由がほしい。

 愛されているという、証が……ほしい。

「ゼノン様の、あの」

「シア」

「は、はい!」

「屋内へ行こう」

「え?」

 勇気を出して言おう、そう決意が固まったところでゼノン様に遮られてしまいました。
 それまで待ってくれていたのにどうしたのかしらと思わず目を丸くしていると、ゼノン様はまるでわたくしの重さなど感じてもいないかのように軽やかに抱き上げたではありませんか。

 鍛え上げられたゼノン様の素肌に直接触れるような形になって思わず顔が赤くなるのを感じましたが、ふと見上げたゼノン様の表情は曇っておいでで……怒っているとは違うその表情に、わたくしは戸惑いました。

「日差しのせいか。赤くなり始めている……痛くないか」

「え?」

 いわれるまで気づきませんでした。
 ああ、そういえば中庭には日が差し込んでいて、わたくしは慌ててここに来たために日傘もヴェールの着用もしていなかったのです。

 そのせいか、確かになんとなく肌がひりつくような感じはしますが……それでもまだ、痛むには及んでおりません。

「ゼノン様……」

「シアの綺麗な肌が。本当に痛くない?」

 わたくしが気づくよりも先に、わたくしのことを見てこうして案じてくださる。
 そのゼノン様のお姿に、わたくしの胸がまた一層ぎゅうっと苦しくなりました。

(ああ、わたくしったら愚かだわ)

 愛の証がなくては不安だなんて。
 わたくしは、こんなにも大切にされているのに。

「いいえ、いいえゼノン様……あの、顔が赤かったのは日差しのせいだけではありません」

「うん?」

「貴方に、触れていただきたくて。……はしたなくも、そのお願いを」

 ぴたりとゼノン様は足を止めて、わたくしを見下ろしました。
 言ってしまった、その恥ずかしさから首元まで熱を持っている気がします。
 それが日差しのせいだったのか、わたくしの羞恥のせいなのか、自分でもわからないのです。

「ゼノン様? ……ん、ゥ」

 何も仰ってくださらないゼノン様に少しだけ不安になって顔を上げると途端に噛みつくような口づけが降ってきました。
 呼吸すら呑み込まれるようなそれに思わず手を伸ばしてゼノン様の首に絡めると、より強く抱きしめられて少し苦しいくらいです。

 でも、その苦しさが心地いい。
 手放さないと言われているみたいだから。

 口づけですっかり息も上がったわたくしを抱いたまま、ゼノン様は足早に部屋へと向かいました。
 ゼノン様が人払いをしておけと誰かに言ったのはわかっています。
 でもそれが誰なのかを確認するよりも早く部屋に戻ったわたくしは、ベッドの上に優しく下ろされました。

「シア」

 そしてすぐに覆い被さったゼノン様しか、わたくしにはもう見えなかったのです。 
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