『乙女ゲー』のモブだが、振られ令嬢をゲットして、レーティングを『D』にしてみた

藍川 東

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5.触れて確かめる(前編)

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 宮廷に出なくなったのは構わないが、仕事はある。というか、くる。
 ゲームなどでは省略されているが、貴族はそれぞれが領主だ。
 ということは、それぞれ領地経営をしなくてはならない。
 領地の館に戻れば、直接陳情を聞いたり、有力者たちとの会議や視察もあるが、王都近い館では、延々と書類仕事だ。

 書斎には大きな机に山積みの書類。
 なんとか未決と決済済みの山の高さを合わせるぐらいにまで持っていきたいところだ。
 ドアがノックされ、執事のひとりが戸口に顔を出した。
 「テオドール様、サリア様がご面会を求められおります」
 「あぁ、入ってもらってくれ」
 サリアは涼し気なシュミーズドレスで現れた。
 南方の、俺の領地でよく着られているものだ。
 「ご機嫌お麗しゅう、テオドール様」
 『大公殿下』という呼び方を改めさせるのに、少し話し合いが必要だったが、事なきを得た。
 「どうした。なにか不自由なことでも?」
 「いいえ、細やかなお気遣いに感謝しております。このドレスも……」
 白を基調にした淡い色の薄着を重ねたシュミーズドレスだ。サリアによく似合っている。
 「あいにくこの館には、女物がほとんどなくてな。母のものを急ぎ直させた。なんとか間に合ったようだな」
 「亡き妃様の……」
 『少しの話し合い』のなかで、俺に対するサリアの印象が『かなりの遊び人』であったことを踏まえて、『着替えを置くような関係の女はいないぞ』アピールをしてみた。
 実際、遊びなら、別荘とはいえ館に入れたことはない。
 「それで、どうした? なにか不足ものがあれば執事に……」
 サリアは俺の机上の書類を見て、ため息をついた。
 「ご自分のご領地の管理にしては、書類が多すぎませんか?」
 「そうだな。俺も常々そう思っている」
 俺の仕事を管理している執事が答える。
 「ご領地のご書類と、大公殿下としてのご書類でしたら、すでに終わられていらっしゃいます」
 「でしたら、これらはなんですの?」
 「王宮から送られてくる書類です。失礼ながら内容を拝見いたしましたところ、本来でしたら王宮内で王子殿下がご処理されるべきものかと」
 澄ました顔で顔で答える執事に、サリアが俺の手元を覗き込んだ。
 隠す書類ではなかったので、見せてやる。
 「……確かに、これは貴族間の領地争いですし、こちらは食料配分。
 こちらは、隣国との先の小競り合いでの、功労について……」
 サリアは将来の王妃として、すでに王宮内の仕事を一部行っていた。
 だからこそわかることだ。
 決済済みの書類にサインや印はない。
 代わりに俺が見た証としてサインをすべき欄にチェックを入れている。
 ということをサリアに告げると、驚いていた。
 「王子殿下のご書類には、ほぼすべてその印があったように思うのですが……」
 「だろうな」
 あれが俺の目を通さずに、自分だけの判断で物事を進められるとは思わない。
 絶句しているサリア。
 なんだ、宮廷では公然のことと思っていたが。
 「ご主人さまも、王子殿下を甘やかされていらっしゃるのですよ」
 執事がが今まで何度も繰り返してきた話を蒸し返す。
 「仕方ないだろう。エディアールに任せておいては、進む話も進まないのだから。
 お前だって、この間の、地方の洪水復興支援対策は、俺に寝る間も与えずに作らせたくせに」
 「あ、あれは王子殿下の一番の賢策と評判でしたのに……」
 サリアが何やら遠い目をしている。
 「当然です。為政者の怠慢と無能は、民たちの生死に関わることですから。
 無能は罪とお心得くださいませ」
 「そうすると、我が甥はどうなるんだ?」
 「私は私の主人以外について、口に上らせる資格はございません」
 「俺はいろいろ言われている気がするが」
 「主人に耳障りの悪いことをお伝えするのも、使用人の勤めでございます。
 遺憾なく務めを果たさせていただける環境を頂き、ご主人さまには感謝しております」
 深々と頭を下げられる。
 ほとんど様式美と化したやり取りだ。

 「でも、このようにお仕事が多いのでは……」
 ムチを持って主人を働かせる執事と比べ、我が『伴侶の君』の優しいこと。
 「すまないな。今日中には終わらせて、明日はお前とともに過ごそう。
 なにか、行きたいところや、やりたいことがあれば考えておいてくれ」
 それをご褒美に、仕事に励むぞ。
 少し黙ったあと、サリアはいった。
 「明日、ではなく、今日がよいです」
 そういうと、執務室にあるソファに座った。
 珍しく我がままをいうサリアはとても可愛らしいが、さすがに今日中は難しい。
 できなくはないが、俺が処理しきれても、その後の手配をする使用人たちがすごいことになりそうだ。
 さすがに執事は少しばかり青ざめる程度で納めているが、部屋にいる他の使用人たちは、涙目で震えている。
 どんな鬼主人と思われているんだ、俺は。

 「失礼ながら、いかにテオドール様であっても、とても今日中に終わる量とは思えません」
 まぁ、今から昼と夜を通して、明日の朝サリアに会うまでが『今日中』だな。
 「それに、夜に書類仕事をして、お目が悪くなったらどうされますの?
 いけませんわ、そのようなこと」
 「目が悪くなって、お前の父上のように、眼鏡をかけることになるかもしれないか」
 公爵はサリアに似て細身の、貴族らしい姿だ。
 そのモノクル片眼鏡が光ると、幾人もの貴族が縮み上がると評判の切れ者だ。
 「テオドール様が眼鏡……ですか……。
 父のようなモノクルよりは、両眼鏡のほうが……繊細な銀縁か、いっそフレームがないはうが、お似合いかも……」
 なにやらサリアの頬が紅いが、部屋が暑くなったか?

 空想を断ち切るように、サリアは首を振った。
 「と、とにかく。私、今日はここで過ごします。
 暇ですから、お手元の書類なぞ見せていただきたいですわ」
 本人の必死さが、あざといばかりの可愛らしさだ。
 あのアホ甥は、よくもこんな可愛らしいものを手放したものだ。


 見上げてくるサリアの可愛らしい姿を見て、たしかにこれが見られなくなるのは嫌だな、単純に思った。
 ついでに。
 今宵の趣向も、決まった。
 己の思いつきに口の端が上がる。
 すると、サリアはソファの上でビクッと肩を揺らした。
 小動物の可愛らしさと、意地悪をしてしまいたくなるような愛らしさで見上げられると、期待に応えたくなる。
 「何をお考えですの?」
 「もちろんお前のことだよ。愛しい『伴侶どの』」
 今宵も楽しい夜になりそうだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
雰囲気がかわるので、前後に分けさせて頂きましたm(_ _)m
後章ではイチャイチャしてもらいます!(決意)
 
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