群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

181 悪夢の終焉6

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 気持ち良く寝ていた所をダドリーに襲われたラグラスは、相手を力いっぱい突き飛ばしていた。壁に激突したダドリーは運悪く頭を強打し、それきり動かなくなった。頭からは血が流れ出ているのだが、ラグラスは気にもとめず部屋から出て行く。
「全く、何しやがる……」
 ブツブツ文句を言いながら部屋に転がっている酒瓶を漁る。先ほど自分が散々漁った筈なのに、未練がましく片端から中身を確かめていく。
「腹減ったなぁ……。おい、飯を持って来い!」
 ラグラスの命令に返す者は無く、神殿内は静まり返っている。彼は苛立たしげに転がる酒瓶を蹴散らすと、ヨロヨロと立ち上がった。
「全く、無能者どもが……。どこ行きやがった」
 覚束おぼつかない足取りでラグラスは神殿の外に出た。月明かりの中、目を凝らして見ても近くには人の姿は無く、辺りは不気味なほど静まり返っている。ラグラスはしばらくその場で座り込んでいたが、空腹に耐えきれなくなり、当てもなく歩き始めた。
「俺様を待たせるとは……」
 普段であれば手下や側近にあたって発散するのだが、今は誰もおらず、空腹で苛立ちだけが募る。腹立ちまぎれに近くに落ちていた小石を蹴飛ばそうとしたのだが、日頃の不摂生により見事に空振りし、バランスを崩して尻餅をついた。更に運の悪いことに、尻餅をついたのは道の端。立ち上がろうとしたところで足をとられ、脇を流れる浅い用水路に落ちてしまった。
「ううっ……」
 この辺りは長年彼がその費用をケチって来たので道も用水路も整備が遅れていた。ラグラスはもう一度立ち上がろうとするが、用水路に溜まった泥で再び足をとられて派手に転ぶ。全身に泥水を被る結果となり、余計に動きにくくなってしまった。
「くそ……」
 それでももう一度立ち上がろうとするが、底に転がっていた石を踏んでまたもや転び、今度は足を痛めてしまう。
「誰か……誰かいないか……」
 春になったとはいえ、夜はまだ暖房が必要である。腰から下を泥水に浸かったまま用水路から抜け出せなくなったラグラスは、ガチガチと震えながら助けを求めた。



 非常時という事で顔合わせはごくあっさりと済んでしまった。決死の覚悟でエドワルドは舅《しゅうと》に挨拶をしたのだが、彼はごく普通に挨拶を返してきただけだった。ただ、勝手をした息子には容赦のない拳骨が見舞われ、それは相当痛かったらしく、ルイスはしばらくの間頭を抱えてその場にうずくまっていた。
「お会いしたかったのもあるが、そのラグラスとかいう不埒者に一言物申したくてな。付き合わせてもらってよいか?」
 エドワルドに断る理由など無かった。だが、大陸を代表する賓客をいつまでも外に立たせておくわけにはいかない。そこで彼を天幕に案内し、改めて配下の竜騎士達も紹介したのだが、竜騎士達は緊張のあまり直立不動で微動だに出来なくなっていた。
 さすがにそれでは仕事にもならないので気の毒な各団長には外の警護を命じ、天幕の中にはタランテラ側はエドワルド以外にアスターとヒースが残った。
「指揮官はそなただ。気を遣わなくてよい」
 エドワルドに上座を勧められたのだがそれは固辞し、彼は先程までアレスが座っていた席に着いた。父親がいるとさすがに同じ席に着くのは躊躇われるのか、アレスとルイスは天幕の入り口付近で警護するように立っている。
 その様子を見やりながら、彼は大母補の元には部下を差し向けた旨を伝えて一同を安堵させた。
「申し上げます」
 そこへ伝令の若い竜騎士が報告に上がる。さほど緊張した様子を見せていないところから、まだ高貴な客人がいる事は聞いていないのだろう。
「準神殿でラグラスの側近とみられる男が頭から血を流して倒れているのを発見しました。意識が無く、現在治療を行っております」
「ラグラスは?」
「準神殿内部には姿が無く、現在付近を捜索しております」
「人員を可能な限り増やせ。但し、包囲網は崩すな」
「はっ」
 若い竜騎士は上座に座るエドワルドに深く頭を下げ、彼の命令を伝えるべくすぐに天幕を後にする。余談だが、後になってこの場に殆ど伝説と化している人物がいたことを知り、彼は驚きのあまり腰を抜かす事となる。


 待つ時間は長く感じ、天幕内は張りつめた空気が漂う。待ちに待った報告が届くまでにそれからさほど時間がかからなかったのだが、エドワルドには無限にも思えた。いても立ってもいられず、自分も飛び出していきたい衝動に駆られそうになるのだが、それを辛うじて堪えられたのは隣にいるフレアがそっと手を重ねてくれていたからだ。
「ご報告申し上げます。先程、準神殿の近くの用水路で動けなくなっていたラグラスを捕縛いたしました」
 淡々とした口調で報告に上がったのはルークだった。怒りを完全には抑えきれておらず、ヒヤリとした雰囲気を漂わせている。それでもラグラスを手にかけるのはどうにか思いとどまったらしい。
「ここへ連れてこい」
「外の方が宜しいかと」
「何故だ?」
「泥まみれです。一応洗いましたが、この場を汚したくありません」
「……分かった」
 部下の説明にエドワルドは納得して席を立つ。
「ここで待たれますか?」
「いや、最後まで付きあわせてもらおう」
 成り行きを見守っていた妻の父親に尋ねると、彼も当然と言った様子で席を立つ。エドワルドはうなずくと、傍らの妻に手を貸して立たせた。
「コリンも呼びましょう」
 コリンシアも最後の決着を見届ける為に付いて来たのだ。母親としてその意思は尊重してやりたいとフレアは思い、戸口に立つルイスの方を見る。それで彼女の意思を悟ったルイスはすぐに天幕を出て行った。
 彼ならおそらくオリガにも声をかけてくれるだろう。ルークが補足して言うには、ラグラスを水洗いするのをティムも手伝い、そのまま竜騎士に混ざって彼を見張っているらしい。辛い逃避行を供にした彼等にはこの最後の瞬間に立ち会う権利がある。
 表に出ると、伝令の飛竜が離着陸する為に開けられている広場には多くの竜騎士や兵士が集まっていた。エドワルド達が姿を現すと、彼等はさっと左右に別れて道を開ける。するとその中心には、ずぶ濡れのラグラスが毛布にくるまって震えていた。
 ルークは洗ったと言うが、顔はまだ泥で汚れている。草や葉が絡んだままの髪からはしずくがポタポタと落ちており、水分を吸った毛布は最早その役目を果たしてはいなかった。
「お、俺様を、こ、こんな扱いしやがって……ただで済むと思うなよ」
 寒さで震えながらも取り囲むフォルビアの竜騎士達をラグラスは睨みつけていた。だが、彼等は冷めた目で元上司を見下ろす。
「お前、それからお前もだ。誰のおかげで竜騎士になれたと思ってんだ! 恩をあだで返しやがって!」
 時折くしゃみを連発しながら、特に古参の竜騎士を順に睨みつけていく。それでも彼等は毅然とした態度を崩さない。
「我々が御恩を感じているのは貴方様ではありません。我々をとりたててくれたのは貴方様の父親です」
 代表して答えたのは、昨年までフォルビアの騎士団を実質率いてきた古参の竜騎士だった。今はルークと共に、ヒースの下で竜騎士のまとめ役を担っている。
「親父が死んだら俺様に返すのが当然だろうが!」
「……亡くなられたあの方のご遺言もあり、我らは貴方様に従った。しかし、貴方様はそれがさも当然の様に我らをこき使い、更には偽りをもって竜騎士の尊厳を踏みにじる行いを強要したのだ。我々には最早、貴方様に従う義理は無い」
「おのれ……」
 ラグラスは相手を強くにらみつけた。

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日頃の行いが悪い所為でとうとう手下にまで見放されたラグラス。
どんどんみじめな状況に追い込まれていきます。

一方、こいつの所為で、やっと再会できたのに甘い雰囲気には程遠いフレアとエドワルド(オリガとルークも)
それでも隣同士に座った2人は、机の下で手を握りあっていた。
近くに座るアスターもアレスも見ないふり。
ただ、ルイスだけは複雑な心境だったらしい。

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