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第1章 群青の騎士団と謎の佳人
93 責任の在りか6
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無理をして動き、傷を悪化させたエドワルドはまた熱を出していた。襲われた翌日になってその事を知ったフロリエは、周囲が止めるのも聞かずに泣きながら彼の看病をしていた。発熱の為に額に浮かぶ汗を濡れた布でそっと拭き、一度濯いで絞ってからまた彼の額にのせる。
ひんやりした心地いい感触に府とエドワルドは目を覚ました。側に目を泣き腫らした彼女がいるのに驚く。
「フロリエ……大丈夫か?」
「殿下、すみません。私の所為で……」
「君の所為じゃない」
エドワルドは左手を動かすと、ぎこちなく彼女の涙を拭う。それでも涙は後から後から流れ出て来て限が無い。すると今度はどうにか体を起こそうとするので、フロリエは慌てて彼の体を支え、背中に枕をあてる。
「無理をなされては……」
「大丈夫だ」
少し傷に響いたらしく、枕に体を預けると彼は大きく息を吐いた。
「どうぞ」
フロリエは杯に水を注いでエドワルドに渡す。彼は左手で受け取ると、それを飲み干した。
「ありがとう」
彼は礼を言って杯を彼女に返した。彼女はそれを脇のテーブルに戻すと、ずり落ちていた布を拾って水をはった桶に入れる。
「本当に、昨日はすみませんでした」
フロリエは俯く。エドワルドはそんな彼女を左腕で引き寄せると胸に抱く。
「君が謝る事ではない。危急を知って矢も楯もたまらず飛び出した。後は無我夢中だった」
「……殿下」
彼女は驚いて腕の中で固まっている。その華奢な体を抱きしめながら、彼女を助けられた事に安堵する。そして、自分の中に芽生えていた彼女に対する感情を改めて認識したのだ。
「どうしてこんなに体が動かないのか自分に腹立たしかった」
「……殿下……」
「何か起こるたびに守ってやると言いながら、君には怖い思いばかりさせている。申し訳ない」
「そんな…こと……殿下の所為じゃ……」
フロリエは首を降り、何かを言いかけたが言葉にならず、エドワルドの胸に縋って泣き出した。彼は彼女が落ち着くまで、ずっと自由がきく左腕で抱きしめていた。
秋までエルデネートに愛を囁いていたと言うのに、自分でも勝手な男だとは思う。けれども今はこの女性にずっと側にいて欲しい。コリンシアの為にだけでなく、自分の為にもいて欲しいと彼はこの時改めて思ったのだった。
ラグラスがフロリエを襲おうとした事件から3日経ち、ようやく体調が安定したエドワルドの希望で事件の経過報告が行われる事となった。
エドワルドの寝室には、グロリアやアスター、バセット、オルティスとフォルビアの竜騎士が2名とエドワルドが任命した執政官、そして何故かフロリエも呼ばれていた。広いと思っていた寝室もこれだけの人数が揃うと何だか狭く感じるが、エドワルドがまだ動くこともできないので仕方がない。
「私は席を外した方が良いのでは……」
エドワルドが寝ている寝台のすぐ脇に用意された椅子に2人は並んで腰掛けているのだが、集まった面々に気後れしてフロリエがグロリアにそっと申し出ると、彼女は静かに首を振った。
「当事者でもあるそなたにも聞いて欲しいのじゃ。思う事を口にして構わぬ」
「でも……」
「私が同席させて欲しいと言ったのだ、フロリエ」
躊躇うフロリエに横からエドワルドが口を挟む。彼は背に枕を当てて僅かに体を起こし、負傷した右肩を隠すように寝間着を羽織っている。顔色も幾分よくなり、事件が起きる直前までの調子を取り戻しつつあった。
「殿下……」
「話を聞いているだけでもいい。いてくれ」
「……はい」
エドワルドにまで言われては断りきれず、フロリエは仕方なく頷いた。
エドワルドの体調を考慮し、報告は短時間で済むように簡潔に行われる予定だった。先ずはアスターからリューグナーが専属医をクビになった経緯を説明し、加えて無断で薬草庫に保管していた薬草が禁止薬物の原料だった事を説明する。薬についてはバセットが補足して説明した。
「既にタランテラ全土にリューグナーの人相書きを送って彼の捕縛に協力を仰いでいます」
あの日以来、リューグナーの消息は分からなくなっていた。ラグラスの従者に紛れて館に来た彼は、不正に複製した通用口のカギを使って館の中に入り込み、真っ先に薬草庫に向かった。彼はこちらのカギも複製しており、その薬草を回収する為に侵入した事が分かっている。
だが、目当てのものが無くなっており、焦った彼はフロリエを問い詰めるために彼女の部屋に侵入。事情を知ったラグラスは一旦帰るふりをして引き返し、リューグナーの手引きでフロリエの部屋に入り込んだのだろう。
リューグナーは逃走し、ラグラスもあれ以来酒浸りの日々が続いていてまともに会話もできない状況の為、この辺りはまだ憶測でしかない。
「少々手間取りましたが、屋敷のカギを全て付け替えました。あと、母屋周辺の立木で足掛かりになりそうなものは全て伐採致すことになりました」
景観が悪くなるのを少し気にしながらオルティスは報告を終えた。
最後にフォルビアの竜騎士達が、リューグナーは北に向かったまでは分かったものの、その後の足取りが掴めないと報告した。手引きした者がいる……それはその場にいた全員の一致した意見だった。
「しかし、あの薬草、彼はどうやって手に入れたのでしょうか?」
バセットが首を傾げる。礎の里が禁止しているために、裏で取引された薬なのは間違いない。当然値が張り、彼が不当に稼いでいた小遣い程度で買えるような代物ではない。
「あの男の調合の腕は確かだ。それを知って依頼した者がいるのだろう」
今まで報告に耳を傾けていたエドワルドが口を開く。何しろ聖域からも依頼が来るほどだ。その腕前はお墨付きである。
薬草庫の薬草を不正に持ち出した以外にも、グロリアの動向を親族達に漏らして金をもらっていたことも分かっているので、報酬に目がくらんで引き受けた可能性は高い。
「依頼した者が逃走の手助けをしたとみて間違いないでしょう」
「その線で調べてみてくれ」
「かしこまりました」
アスターが返答すると、エドワルドは疲れたのか大きく息を吐き出す。
「お疲れになられたのでしたら、この辺りで終わりますが……」
そんな様子の彼を見て、執政官が遠慮がちに声をかける。
「そうだな。大体の経緯はわかった。リューグナーの身柄の確保を最優先してくれ」
「全力を尽くします」
力強く返答すると、執政官は一同に礼をして竜騎士達と共に寝室を出ていく。長く総督府を留守にできないアスターも、今日は向こうへ帰る予定になっていたバセットと共にすぐに部屋を出て行った。当然、彼等を見送るのが仕事となるオルティスもその後に続く。
「妾も戻ると致そう」
終始無言だったグロリアも席を立つと寝室を後にする。部屋にはエドワルドとフロリエだけになった。
「横になられますか?」
疲れた様子のエドワルドにフロリエはそっと尋ねる。
「そうだな。その前に水をもらえるか?」
フロリエはすぐに立ち上がると、彼の要求に応えるために水差しを手に取り、杯に水を注ぐ。それを差し出すと彼はそれを飲み干した。
「さっ、横になって下さいませ」
杯を片付けると、フロリエは慣れた手つきでエドワルドが横たえるのを手伝う。上掛けを直すと、彼が静かに眠れるように部屋を退出しようとする。
「フロリエ」
「はい?」
「もう少し、いてくれないか?」
エドワルドの要求に少し戸惑いを見せたが、彼女は頷くと先程まで座っていた椅子に座る。
「お休みになるのに邪魔になりませんか?」
「いや……」
むしろ心地いいと口に出すのは気恥ずかしい。代わりに左手を伸ばすとそっと彼女の手に触れる。
「殿下?」
彼女は戸惑った様子だったが、そっと包み込むように握り返してくれる。その感触が心地良く、報告の疲れもあってそのまま瞼が重くなってくる。
「お休みなさいませ」
静かな優しい声に導かれるようにエドワルドは眠りに落ちた。
ひんやりした心地いい感触に府とエドワルドは目を覚ました。側に目を泣き腫らした彼女がいるのに驚く。
「フロリエ……大丈夫か?」
「殿下、すみません。私の所為で……」
「君の所為じゃない」
エドワルドは左手を動かすと、ぎこちなく彼女の涙を拭う。それでも涙は後から後から流れ出て来て限が無い。すると今度はどうにか体を起こそうとするので、フロリエは慌てて彼の体を支え、背中に枕をあてる。
「無理をなされては……」
「大丈夫だ」
少し傷に響いたらしく、枕に体を預けると彼は大きく息を吐いた。
「どうぞ」
フロリエは杯に水を注いでエドワルドに渡す。彼は左手で受け取ると、それを飲み干した。
「ありがとう」
彼は礼を言って杯を彼女に返した。彼女はそれを脇のテーブルに戻すと、ずり落ちていた布を拾って水をはった桶に入れる。
「本当に、昨日はすみませんでした」
フロリエは俯く。エドワルドはそんな彼女を左腕で引き寄せると胸に抱く。
「君が謝る事ではない。危急を知って矢も楯もたまらず飛び出した。後は無我夢中だった」
「……殿下」
彼女は驚いて腕の中で固まっている。その華奢な体を抱きしめながら、彼女を助けられた事に安堵する。そして、自分の中に芽生えていた彼女に対する感情を改めて認識したのだ。
「どうしてこんなに体が動かないのか自分に腹立たしかった」
「……殿下……」
「何か起こるたびに守ってやると言いながら、君には怖い思いばかりさせている。申し訳ない」
「そんな…こと……殿下の所為じゃ……」
フロリエは首を降り、何かを言いかけたが言葉にならず、エドワルドの胸に縋って泣き出した。彼は彼女が落ち着くまで、ずっと自由がきく左腕で抱きしめていた。
秋までエルデネートに愛を囁いていたと言うのに、自分でも勝手な男だとは思う。けれども今はこの女性にずっと側にいて欲しい。コリンシアの為にだけでなく、自分の為にもいて欲しいと彼はこの時改めて思ったのだった。
ラグラスがフロリエを襲おうとした事件から3日経ち、ようやく体調が安定したエドワルドの希望で事件の経過報告が行われる事となった。
エドワルドの寝室には、グロリアやアスター、バセット、オルティスとフォルビアの竜騎士が2名とエドワルドが任命した執政官、そして何故かフロリエも呼ばれていた。広いと思っていた寝室もこれだけの人数が揃うと何だか狭く感じるが、エドワルドがまだ動くこともできないので仕方がない。
「私は席を外した方が良いのでは……」
エドワルドが寝ている寝台のすぐ脇に用意された椅子に2人は並んで腰掛けているのだが、集まった面々に気後れしてフロリエがグロリアにそっと申し出ると、彼女は静かに首を振った。
「当事者でもあるそなたにも聞いて欲しいのじゃ。思う事を口にして構わぬ」
「でも……」
「私が同席させて欲しいと言ったのだ、フロリエ」
躊躇うフロリエに横からエドワルドが口を挟む。彼は背に枕を当てて僅かに体を起こし、負傷した右肩を隠すように寝間着を羽織っている。顔色も幾分よくなり、事件が起きる直前までの調子を取り戻しつつあった。
「殿下……」
「話を聞いているだけでもいい。いてくれ」
「……はい」
エドワルドにまで言われては断りきれず、フロリエは仕方なく頷いた。
エドワルドの体調を考慮し、報告は短時間で済むように簡潔に行われる予定だった。先ずはアスターからリューグナーが専属医をクビになった経緯を説明し、加えて無断で薬草庫に保管していた薬草が禁止薬物の原料だった事を説明する。薬についてはバセットが補足して説明した。
「既にタランテラ全土にリューグナーの人相書きを送って彼の捕縛に協力を仰いでいます」
あの日以来、リューグナーの消息は分からなくなっていた。ラグラスの従者に紛れて館に来た彼は、不正に複製した通用口のカギを使って館の中に入り込み、真っ先に薬草庫に向かった。彼はこちらのカギも複製しており、その薬草を回収する為に侵入した事が分かっている。
だが、目当てのものが無くなっており、焦った彼はフロリエを問い詰めるために彼女の部屋に侵入。事情を知ったラグラスは一旦帰るふりをして引き返し、リューグナーの手引きでフロリエの部屋に入り込んだのだろう。
リューグナーは逃走し、ラグラスもあれ以来酒浸りの日々が続いていてまともに会話もできない状況の為、この辺りはまだ憶測でしかない。
「少々手間取りましたが、屋敷のカギを全て付け替えました。あと、母屋周辺の立木で足掛かりになりそうなものは全て伐採致すことになりました」
景観が悪くなるのを少し気にしながらオルティスは報告を終えた。
最後にフォルビアの竜騎士達が、リューグナーは北に向かったまでは分かったものの、その後の足取りが掴めないと報告した。手引きした者がいる……それはその場にいた全員の一致した意見だった。
「しかし、あの薬草、彼はどうやって手に入れたのでしょうか?」
バセットが首を傾げる。礎の里が禁止しているために、裏で取引された薬なのは間違いない。当然値が張り、彼が不当に稼いでいた小遣い程度で買えるような代物ではない。
「あの男の調合の腕は確かだ。それを知って依頼した者がいるのだろう」
今まで報告に耳を傾けていたエドワルドが口を開く。何しろ聖域からも依頼が来るほどだ。その腕前はお墨付きである。
薬草庫の薬草を不正に持ち出した以外にも、グロリアの動向を親族達に漏らして金をもらっていたことも分かっているので、報酬に目がくらんで引き受けた可能性は高い。
「依頼した者が逃走の手助けをしたとみて間違いないでしょう」
「その線で調べてみてくれ」
「かしこまりました」
アスターが返答すると、エドワルドは疲れたのか大きく息を吐き出す。
「お疲れになられたのでしたら、この辺りで終わりますが……」
そんな様子の彼を見て、執政官が遠慮がちに声をかける。
「そうだな。大体の経緯はわかった。リューグナーの身柄の確保を最優先してくれ」
「全力を尽くします」
力強く返答すると、執政官は一同に礼をして竜騎士達と共に寝室を出ていく。長く総督府を留守にできないアスターも、今日は向こうへ帰る予定になっていたバセットと共にすぐに部屋を出て行った。当然、彼等を見送るのが仕事となるオルティスもその後に続く。
「妾も戻ると致そう」
終始無言だったグロリアも席を立つと寝室を後にする。部屋にはエドワルドとフロリエだけになった。
「横になられますか?」
疲れた様子のエドワルドにフロリエはそっと尋ねる。
「そうだな。その前に水をもらえるか?」
フロリエはすぐに立ち上がると、彼の要求に応えるために水差しを手に取り、杯に水を注ぐ。それを差し出すと彼はそれを飲み干した。
「さっ、横になって下さいませ」
杯を片付けると、フロリエは慣れた手つきでエドワルドが横たえるのを手伝う。上掛けを直すと、彼が静かに眠れるように部屋を退出しようとする。
「フロリエ」
「はい?」
「もう少し、いてくれないか?」
エドワルドの要求に少し戸惑いを見せたが、彼女は頷くと先程まで座っていた椅子に座る。
「お休みになるのに邪魔になりませんか?」
「いや……」
むしろ心地いいと口に出すのは気恥ずかしい。代わりに左手を伸ばすとそっと彼女の手に触れる。
「殿下?」
彼女は戸惑った様子だったが、そっと包み込むように握り返してくれる。その感触が心地良く、報告の疲れもあってそのまま瞼が重くなってくる。
「お休みなさいませ」
静かな優しい声に導かれるようにエドワルドは眠りに落ちた。
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