群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

27 交錯する思惑1

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カシャン!

 ラグラスは報告に訪れたダドリーに、手にしていた杯を投げつけた。
彼らの革命が成功して20日余り過ぎたが、手配中のフロリエとコリンシアを捕えるどころか行方すら分からないでいた。濡れ衣を着せてフォルビアはおろかタランテラ全土に触れを出し、特にロベリアとの境界には厳重な検問所を設けたにもかかわらず手がかりすら見つからない。
 とにかくラグラスは今、正当性を欠く方法で手に入れたこの地位を確かなものにするために、彼女が持っているフォルビアの紋章を必要としていた。
 進展しない状況の報告に彼は苛立いらだちと不機嫌を露わにして飲みかけのワインの杯をダドリーに投げつけたのだ。気の毒な彼は、杯の破片とワインにまみれて床に這いつくばっている。
「も……申し訳ございません」
 フォルビア城の豪奢な寝室。もともとエドワルドとフロリエの寝室だった部屋だが、革命後に城ごと彼が接収し、他の親族の抗議を無視して我が物顔で使っていた。
 ラグラスは寝台に座り、夜伽よとぎに呼んでいた若い娘に新しいグラスを用意させる。ここのところ彼は日替わりで夜伽の相手を変えている。城下の噂では、権力を笠に着て地方の村から見目の良い娘を集めているらしい。そういった娘の一人なのか、彼女はびくびくしながら新たなフォルビアの主になった男に杯を差し出した。
「そんな報告をする為だけに来たのか?」
「い、いえ……」
 ダドリーは恐る恐るワールウェイド領から届いた情報を報告する。先日、ルバーブ村でアスターの葬儀が行われたというのだ。あの日、瀕死の彼を飛竜がかの村に運び、グスタフの庶子であるマリーリアに看病されていたらしい。
 革命の朝、ファルクレインらしき飛竜が北に向かったという情報はラグラスも耳にしていた。館の襲撃隊は「死神の手」ではなく、協力関係にあるヘデラ夫妻や姉のヘザー、そして自分の私兵で構成されていた。金目の物を全て奪った後は、飛竜も使用人たちも厩舎に閉じ込めて火を放ち、皆焼け死んだと報告を受けていた。
 異なる情報に再度責任者を問い詰めると、自分たちが巻き込まれるのを警戒して館が焼け落ちるのを遠くで確認し、その後は時間を惜しんで焼け跡までは確認していなかった。即刻その責任者は首をはねられ、ラグラスはその飛竜の行方を追わせていたのだ。
「そこに飛竜もいたのか?」
「情報では飛竜も相当の怪我をしており、村長のもとで治療を受けていたらしいのですが、村人たちの話では助からなかったのだろうと……。遺骸は後日、荷車で裏の山に運ばれていったそうです。村の神殿には埋葬できなかったからという話です」
 飛竜から情報が漏れるという懸念が無くなったが、死んだと報告を受けていたアスターが近日まで生き延びていたのは驚きだった。返す返すあの責任者は無能だったらしい。
「あの男からあの事が漏れてはいないだろうな?」
「それはご心配には及ばないかと……。アスター卿は夜盗に襲われたのだとかの村では信じられております」
 その報告を聞いてラグラスの機嫌は一転して良くなり、杯の中身を一気にあおる。
「よーし、とにかくあの女達の行方を探せ。懸賞金も増やせ」
「かしこまりました」
 ラグラスの機嫌が好転したことにほっとした様子で部下は頭を下げる。そして上司のお楽しみの妨げにならないように速やかに寝室を後にした。ほどなくして寝室からは女性の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。今夜のラグラスは相当荒れていて、夜伽の相手は彼の憂さ晴らしで相当痛めつけられているのだろう。彼の性癖を知っているダドリーは気の毒にと思いながらも、自分に火の粉が降りかからなかったことをほっとしながら部屋を後にしたのだった。



 同じ頃、フォルビア城下のヘデラの館ではラグラスの姉ヘザーも来て愚痴をこぼしあっていた。皆、いい思いをさせてもらえると思ってラグラスに協力したが、結局彼らが手にできたのは館の襲撃で手に入れた僅かな金品だけである。
「革命が成功したのは何よりだが、ラグラス一人がいい思いをするのは腑に落ちない」
 ヤーコブが渋い顔で言うと、皆同意してうなずいている。
「姉の私にもなんだかんだと言って金を融通してくれない。これなら前のほうがましだった」
「おやおや、滅多なことを言わないでもらおう。あのままであったら我らはとっくに破産していた」
 たしなめるようにヤーコブが言う。ここにいる3人は皆、エドワルドに横領した金を返すように迫られ、困っていた所をラグラスの誘いに乗って革命に加担していた。首謀となったラグラスがフォルビアの当主となるのは仕方がないとしても、もっといい思いをさせてもらってもいいのではないかとこの3人は思っているのだ。
「そこで提案があるのだが?」
「いい話かしら?」
「もちろんです」
 今夜の主催であるヤーコブの提案につられてヘザーが小声で尋ねると、自信ありげに彼はうなずく。
「ラグラスはワールウェイド公の後ろ盾のおかげで今の地位を築いた。その後ろ盾を我らに向けてもらおうと思うのだが、いかがか?」
「可能だとおっしゃるの?」
「もちろんです」
 ヘザーの問いにも自信満々で答える。
「本人は気付いていないが、ワールウェイド公にとってラグラスはまだ手駒の一つにすぎない。彼が無能だとわかれば我らにもチャンスはある」
「待たなくてはなりませんの?」
 がっかりしたようにヘザーが尋ねると、彼は首を振ってこたえる。
「そうではありませんよ。半月以上もたってもまだ手配中の女1人を捕えられないのがいい例でしょう。今のうちに皇都へ使者を送り、彼の無能ぶりを訴えたうえで当主の座を他の者に変えればよろしい」
「あなたがなろうというのですか? ヤーコブ」
 不振感たっぷりにヘザーが言うと、彼は笑って首を振る。
「いえいえ、我らの誰がなっても不満は残るでしょう。ですから一族の中でも年少の者を選び、我らが3人で支えるというのはどうでしょう?利益も当然、等分に分けるということで……」
 ヘデラのこの提案にヘザーもしばし頭の中で計算する。ヘデラの妻カトリーヌはあらかじめ計画を聞いていたのか、一切口出しをしない。
「しかし年少の者を当主にと言われるが、一体誰を? まさかダドリーではないでしょうね?」
 この場にいない夫妻の息子の存在にヘザーは眉を顰める。彼は城にいるラグラスに良い様にこき使われている。この企みに加えるには少々危険な存在だった。
「バートではいかがでしょう?」
 ヘデラの上げた名前にすぐにそれが誰だったか思い出せなかった。やがてヘザーは小さくあっと声を上げる。
 数年前、1人の女がラグラスの子供だという赤子を連れてフォルビア城に押しかけて来たことがあった。彼は当初、相手にしていなかったが、そのことを知ったグロリアに責められ、しぶしぶ金を使って解決していた。その子供の名前がバートといったはずだ。今では4つか5つになっているだろう。
「少し調べれば奴の隠し子はいくらでも出てくるだろうが、唯一認めているのがあの子供だからな。我々が活用するのにちょうどいいと思うのですが、いかがでしょう?」
「しかし、今どこにいるか……」
 当然の問いにカトリーヌが笑って答える。
「既に私の所領で母子共々身柄を預かっておる」
「ワールウェイド公には何人かお孫さんがおられたはずだ。中で年の近いお嬢さんとバートを婚約させれば太いつながりを得ることが出来るだろう」
 ヘデラの描いた未来図にヘザーもまだ素直にうなずけない。それを見越したように彼は2人に甘い言葉を投げかける。
「いちばん血が近いヘザー殿には新当主の後見をお願いしようと思っております」
「ヘデラ、あなた方はどうしますの?」
「我々は裏方に徹しますよ。意見の調整や細かい数字のことなど、今までもやってきたことですから」
 あえて出しゃばらないようにしようとするヘデラの姿勢にようやく警戒をとく。
「分かりましたわ。バートにはいつ会わせていただけるのかしら?」
「近日中に改めて席を設けましょう」
 彼の提案に2人も快くうなずく。その後細かい打ち合わせをしてその夜は解散となった。それぞれの思惑を内に秘めながら……。

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