群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

28 交錯する思惑2

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 祭壇へ花と共に祈りの言葉が捧げられる。祈りは神殿に集まった人々により幾重も重ねられ、唱和されていく。
 現在、フォルビア正神殿ではハルベルトの鎮魂の儀が行われていた。ラグラスの手前、公にはしていないが、エドワルド一家の無事の祈願も同時に行っている。この近隣でのフロリエの評判は高く、正直に言って誰もラグラスの言葉を信用していない。しかし、国を牛耳ってしまったグスタフの後ろ盾を得てしまったラグラスに誰も逆らう事は出来なかった。
 また、内政に関与を許されていないロイスも、焦れる思いは一緒だった。そこでどうにかロベリア側へ手助けが出来ないか、副官のマヌエルと相談して執り行ったのがこの鎮魂の儀だった。
 現在、ロベリアの竜騎士が自由にフォルビアへ入ることは許されていない。なので、ハルベルトの元部下となるヒースを儀式に招待する形で招き入れたのだ。無論、騎士団長の地位にあるものがただ1人で来ることは無い。数名のお供は必須で、他にも参加を希望したロベリアの有力者も護衛を従えてフォルビア入りした。飛竜での乗り入れは断られたが、神殿側の正式な招待だったので、フォルビア側がこれに異を唱えることはなかった。
「殿下の御霊がダナシアの御元で安らかなることを願い奉る……」
 ロイスは心の中で捕われたエドワルドと行方不明のフロリエ達の無事を願って儀式を締めくくった。



「お招き、ありがとうございます、ロイス神官長」
 儀式終了後、ヒースは応接間に通される。そこには他にドレスラー家の当主とその婿であるリーガス、そしてオルティスもいた。更にビルケ商会の会頭も自ら来ていた。扉の外にはヒースの共として来ているケビンとトーマスが立ち、周囲を警戒している。
「いえ、少しなりともお役に立てるのでしたら何よりです」
 挨拶もそこそこにロイスは一同に席を勧め、早速会合を始める。何よりも時間が惜しかった。
「殿下が生きておられる確証が得られたのは大きい」
「おそらく城に捕われておいでだとは思うのですが、助け出す算段を付けるのにもう少し時間がかかります」
 エドワルドが捕われる場面を目撃した子供達は現在、この神殿で保護している。
重要な証言者を更に安全な場所へ避難させるため、ドレスラー家の養子としてリーガスとジーンが引き取ることになっていた。2人はこの後またマーデ村に行くので、ジーンの父親が子供達を連れて行くことになっている。
「後、気がかりなのは奥方様と姫様の行方。こちらも早急にどうにかいたしませんと……」
 オルティスの言葉に一同は沈痛な面持ちでうなずく。
「いつもこの時期に南部の準神殿へ神官を巡回させるのですが、今年は2日後の出立となっております」
 リラ湖の南岸は開発途上で集落は少なく、更には第一種警戒区域が多いので神官が常駐する小神殿は一つしかなかった。それもロベリアとの境界を流れる河の一番大きな渡し場にしかない。その他の地域にあるのは必要に応じて神官を派遣する準神殿なのだが、毎年この時期に正神殿の神官が回って慶事を取り仕切るのが慣例となっていた。
「護衛として部下を同行させてもよろしいですか?」
「もちろんです」
 何としてでもフロリエ達の消息の手がかりを見付けなければならない。その為にあからさまに兵を差し向ける事が出来ないでいたヒースは、ロイスの提案に食いつく勢いで乗ってくる。もちろん、そのつもりで提案した彼に反対する理由はなく、快く応じる。
「ありがとうございます」
 元々フォルビア領内を探らせるために部下を連れて来ていたヒースはすぐさま同行させる部下の名前を書きだす。
「そういえば、ルーク卿はどちらに?」
 こういった非常時に率先して動くルークの姿が見えず、ロイスが尋ねる。
「グランシアードからアスター卿を抱えたファルクレインが北に向かった記憶を伝えられたので、それを確認しに行くと言ってまだ戻ってきていないようです」
「北、ですか?」
「おそらく、マリーリア卿の故郷に行ったのではないかと」
「大丈夫……ですかね?」
 リーガスの答えにロイスは不安になる。要は敵のおひざ元に向かったことになるからだ。
「彼等に追いつける竜騎士など居ないと断言できますが、それでも帰還が遅れているのが気になります」
 気にはなってもその確認に人を送り込む余裕が彼等にはなかった。それよりも行方不明のフロリエ達の捜索が先である。
「近日中に皇都へ荷を運ぶ便がございます。多少ではありますが、荷に空きがありますので人でも物でもお運びできます」
 気を取り直してビルケ商会の会頭が口を開く。ロベリアで買い付けた品を商会所有の川船で皇都まで運ぶので、人が1人2人増えたところでどうにでもごまかしがきくのだろう。皇都近郊にいるブランドル公の元へこちらの情報を送るのに大いに助かる申し出だった。
「ご協力ありがとうございます」
 ヒースもリーガスも会頭に頭を下げる。こうして有力な商会からも協力を得られるのは本当にありがたかった。後の見返りも期待しての事だろうが、それでもこの圧倒的に不利な状況でも手を貸してくれるのはエドワルドが彼等を含めた領民を大事にしていたからだろう。
「それと、気になる噂を聞きました。『死神の手』と呼ばれる傭兵団がタランテラに来ていると……」
「随分と物騒な呼び名ですな」
「報酬次第でどんな依頼も受けると言われています」
 会頭の情報にリーガスはピンとくるものがあった。
「ご一家を襲撃したのがその連中の可能性があるな」
「そうだな。だが、実際にラグラスが彼等を雇うような金を持ち合わせていない。奴と手を組んだワールウェイド公が雇って貸し与えた可能性が高い」
「こんな不条理を見過ごしていいのでしょうか?」
 オルティスがポツリと呟く。
「礎の里へ訴え出る事も考えましたが、私1人では難しいかと。ワールウェイド公は里の賢者方……特に老ベルク賢者と親しい間柄にあります。一介の高神官でしかない私の訴えはもみ消され、逆に内政干渉だと訴えられる可能性があります」
 神殿の総本山である礎の里の腐敗は予想以上に進んでいるらしい。
「当代様(大母の事)に直接訴えることも出来ますが、この北の端から南方にある礎の里に出向き、目通りが叶うのはいつになるか……」
「我々で解決した方が早いという事か」
 半ばあきらめた様にリーガスはため息を漏らす。
「この国の主だった神殿の神官長方に協力をお願いしようと考えております。この後、補佐官のマヌエルには皇都へ赴いてもらい、大神殿の神官長に私の書状を届けてもらうつもりです。真実を知って頂ければ、あの方は必ずお味方して下さるはずです」
「そうですな。1人でも多くの方に真実を知って頂かねば」
 オルティスの言葉にその場にいた全員がうなずいた。そして彼らは更なる団結を誓い合ったのだった。



 男達が熱く語り合っていたその頃、ジーンはマーデ村の子供達と再会を果たしていた。予め神官を通じて彼らを引き取る旨を伝えていたので、彼女の姿を見たとたん、6人の子供達は一斉に駆け寄ってくる。
「あ、お姉ちゃんだ!」
「みんな、元気だった?」
 ジーンは駆け寄ってきた子供達を順番に抱きしめる。年長のニコルは恥ずかし気にしていたが、それでもかまわない。抱きしめるだけでなくグリングリンと頭も撫であげる。
「おじちゃんは?」
 一番小さな女の子が聞いてくる。なんだかんだ言ってこの子が一番リーガスに懐いていた。一緒に居ないのが不思議だったらしい。
「神官長様とお話ししているの。終わったみんなに会いに来てくれるわよ」
「ほんと?」
「また高いのしてくれるかな?」
 ジーンの答えに子供達は嬉しそうにはしゃいでいる。実のところ、世話をしてくれている女神官からまだあの時の事を夢に見て夜中に泣き出す事もあると聞いていたので心配だったのだが、清潔な衣服を着て元気そうに走り回っている子供達を見てホッと胸をなで下ろした。
 事件の事を完全に忘れるにはまだ時間がかかるだろう。それでも彼らが幸せになる手助けが出来たらと、夫のリーガスだけでなく両親にも相談して全員引き取ると決めたのだ。男達の小難しい話が終わるのを待ちながら、ジーンは養い子となる彼等とのひと時をすごした。
「待たせたな」
「あ、おじちゃんだ!」
 会合が終わったらしく、暫くしてリーガスとジーンの父親が姿を現した。子供達は我先にとリーガスに群がり、代わる代わる抱き上げてもらって歓声を上げている。
「賑やかになるのう」
「そうね」
 その光景に目を細めながら父親が呟くとジーンはニコニコと相槌を打つ。
「さて、わしも仲間に入れてもらおうかの」
 ジーンとリーガスはこのままマーデ村に向かう事になっており、子供達は彼女の父親がロベリアに連れて行くことになっている。彼もロベリアで待つジーンの母親も子供好きなので心配はいらないが、子供達の方が初対面の相手に不安にならないかが気掛かりだった。最悪の場合、ロベリアの家までジーンも付き添う事も考慮していた。
 だが、それはどうやら杞憂に終わった。神殿に一泊した彼は、子供達と過ごしているうちに馴染んでお話をせがまれるようになっていた。膝に乗せた小さな子にじいじと呼ばれ、相貌をくずしている父の姿を見てジーンはホッと胸をなで降ろした。



 翌朝、招待を受けたロベリアからの一行は、マーデ村出身の子供達も加え、厳重な警護を受けながらロベリアに帰って行った。ジーンとリーガスは、そんな彼らの姿が見えなくなるまで手を振って見送った。

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