群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

45 怨と恩5

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「さて、昨日の盗賊の件は皆聞いているな?」
「ああ」
 代表して先ほどのスパークが答える。
「捕らえた連中からは何か目新しい情報は得られたか?」
「今のところないですね。元は外海とホリィ内を繋ぐ街道を通る隊商を襲撃し、エヴィルから手配されていた盗賊団で間違いありません。取り締まりが厳しくなって聖域に逃げ込んできたのが2年前になります。1年半前、慰問に行かれた嬢様が消息を絶った集落を襲撃したのは確かですが、壊滅させるまではしておらず、嬢様の事は知らないと言っております」
 聖域騎士団が本腰を入れて盗賊団の討伐に踏み切ったのはフレアの失踪事件が切掛けだった。1年半前、彼女は妖魔に襲われた村へ慰問に出かけた。その村で近くの集落が盗賊に襲われたと聞き、放っておけなかった彼女はその集落にも足を延ばし、その後行方が分からなくなった。
 もちろん1人で出かけたわけではない。付き従っていた護衛から寄り道の連絡を受けたアレスが迎えに行くとその集落は壊滅し、当の護衛は変わり果てた姿で発見されていた。
 けがや病気だけでなく心の病も癒すと「至高の癒し手」「ラトリの聖女」と称されるフレアは住民達から信奉されており、その後聖域全体が団結して彼女の行方を捜索した。ともかく手掛かりを探そうと難民の集落を回って情報を集め、そしてならず者達を片端から捕まえていったのだ。そしてつい先日壊滅させた盗賊団が件の集落を襲撃した犯人だと判明し、彼等は頭目を捕まえればフレアの行方もわかるだろうと考えていたのだ。
 昨日の騒動があり、思いもかけない方角からフレアは帰ってきた。それは既に聖域中に知れ渡っており、竜騎士達の間には安ど感からかどこかのんびりとした空気が漂っている。しかしながら肝心の頭目には逃げられており、もし彼らによって他の地域で被害が出てしまったら、聖域の竜騎士達はひどく責められることになる。まだ気を緩めることは出来ない。
「逃げた連中の行先は分かったか?」
「北の砦に自警団を派遣して、張り込ませている。こちらへ来る様子がないから、おそらくタランテラへ向かったのだろう」
「あの辺りは集落がない。ほとぼりがさめる秋の終わりまで身を潜め、冬になったころに避難民を装って近くの町か村に身を寄せる……あるいは根城を見つけて活動を再開するかもしれないな」
 アレスの問いに聖域で最北の村に住む竜騎士が答える。タランテラ側の地形も彼はよく心得ているようだ。
「ところで、フレアちゃんの具合はどうだ?」
 いつになく神妙な顔をしてスパークはアレスに尋ねる。神殿騎士団全員の熱い視線がアレスに注がれる。討伐で受けた傷の手当てに二日酔いの薬……彼等は全員フレアのお世話になった事があり、特に熱狂的な信奉者ばかりだった。
「昨日は爺さんがつきっきりで処置にあたっていた」
「良くないのか?」
「芳しいとは言えないだろう」
 いくらかわいい孫娘とはいえ、あの長老がつきっきりで処置を施すということは予断を許さない状況にある事を彼らも熟知していた。皆、沈痛な面持ちで黙り込んでしまう。
「そのフレアちゃんの為に一肌脱がないか?」
 ダニーの呼びかけに皆即答で快諾する。
「もちろんだ」
「俺たちは何をすればいい?」
 竜騎士達の熱い視線を受けながら、ダニーは隣のアレスに目で合図を送る。
「いいのか?」
「既に爺さん達からフレアちゃん達の存在を漏らさなければ好きにしていいと了承を得ている。彼等もやる気満々だったぞ」
 思えば他の村長達もフレアの信奉者ばかりだった。話をまとめる立場のペドロの気苦労は計り知れないだろう。アレスはため息をつくと昨夜オリガから聞いた話をかいつまんで全員に語った。
「……タランテラの第3皇子と結婚!」
「フレアちゃんに殺人の濡れ衣だぁ?」
「フレアちゃんが懐妊だって!」
 竜騎士達は驚きを隠せない様子だったが、動揺が収まると怒りを顕にし始める。
「若、あんたよく平気で……」
「ラグラスとかいう野郎、さっさと懲らしめに行きましょう」
 竜騎士達は口々にそういうと、装具を手に腰を浮かせる。そんな彼らをダニーが片手で制する。
「まあ待て。このまま我々が動けば、内政干渉だとすぐに礎の里に注進が行くぞ。それに彼女達がここにいる事が知られれば、タランテラはすぐに引き渡しを求めてくるだろう」
「……」
 ダニーの言葉に竜騎士達も冷静さを取り戻し、皆自分が座っていた席に戻る。
「何か、策はあるのか?」
 わざわざ全員を呼び出したのだ。ダニーには何か考えがあるのだろう。
「昨日捕えた盗賊達、エヴィルで手配されてたよな? 護送するのは誰だ?」
「私の他にレイドとパットが行きます」
 どんな関係があるのかわからずに、ラトリで隊長を務めるガスパルが答える。
「賢者殿の話では、エヴィルには貸しがある。あっちの宰相捕まえて紹介状と身分証用意してもらえ。それからタランテラに潜入し、向こうの様子を探って情報を集めろ。分かっているとは思うが、フレアちゃんや他の3人の事は一切口外するな。あと、盗賊の件はあちらからタルカナ、タランテラ両国に伝えてもらってくれ」
「なるほど」
 だてに団長の地位にいるわけではないと、全員が思ったに違いない。皆、ダニーの話を感心して聞いている。
「ガスパルはある程度の情報を集めたら一旦帰って来い。他の2人はそのまま向こうに残って情報収集を続けろ」
「分かりました」
「後続はその情報を聞いてから判断する」
「了解」
「俺はどうすればいい?」
 1人取り残された感じがしていたアレスはダニーに尋ねる。
「お前は先ず、ブレシッドの親父さんのところへ行け。経緯はどうであれ、フレアちゃんが帰ってきたことは伝えるべきだろう。真相が分かればあちらでも何か策を講じられるだろうから、後はそれからだ。」
「……分かった」
 あまり多忙な養父を頼りたくは無かったが、昨年フレアが失踪した時には養父母にも知らせて協力を仰いでいた。彼女の事を今でも気にかけているはずなので、戻ってきたことを知らせるのは当然の義務でもある。アレスは渋々うなずく。
「それから、北方の監視は怠るな。奴らが戻ってこないとは限らない。分かったな?」
「了解」
「今日は以上だ」
 ダニーは話を締めくくると、席を立って部屋を出ていく。そして竜騎士達もそれぞれの役目を果たすために皆出て行った。アレスはその後ろ姿を見送るが、まだ動く気になれずにしばらくの間1人でその場に残っていた。村の方針はほぼ固まったが、彼の心はまだそれについていけなかった。


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聖域長老会議

長老A「フレアちゃんがのう……」
長老B「相手がタランテラの皇子とはまた……」
長老C「その皇子、女性関係が派手だと聞くぞ」
長老A「何じゃと」
長老C「真にフレアちゃんに相応しい相手か見極めなければならんぞ」
長老D「全くじゃ」
長老A「わしも30歳若ければフレアちゃんと……」
長老B「無理、無理。おぬしじゃ50歳若くても釣り合わんぞ」
ペドロ「……」
長老E「それにしてもラグラスという奴は許せんのぉ」
長老D「全くじゃ」
長老A「それこそ30歳若ければ懲らしめてやろうに……」
長老B「無理、無理。おぬし、鍬《くわ》も鉈《なた》もよう扱わんじゃろう」
長老A「なせば成る」
長老E「なんじゃい、何も策が無いのか」
長老A「そんなもん、若殿やダニーなんぞに任せておけばええ」
長老B「結局、他人任せか」
ペドロ「……連れの3人の滞在は認めても?」
長老A「フレアちゃんが世話になったからのう……」
長老C「何もない所じゃけど、ゆっくり滞在してもらったらええ」
長老D「全くじゃ」
長老A「それにしても、フレアちゃんがのう……」
長老B「相手がタランテラの皇子とはまた……」

こうして会議は無限ループへと……。
ダニー「わしらはどうすればいい?」
ペドロ「……存在を悟られなければ好きにしていい」
ダニー「いいんですかい?」
ペドロ「構わん」
なおも話し続ける長老達を後目に、いつになく忙しい2人は部屋を出て行ったのだった。

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