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第2章 タランテラの悪夢
62 一族を上げて6
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オリガは落ち着くと、アリシアに謝意を伝え、「申し訳ありません」と一同に謝罪する。そしてマルトの勧めに従って泣きはらした目を冷やしに部屋を静かに退出していった。その姿を見送ると、改めてアリシアはフレアとコリンシアの親子に向き直る。
「あなたがコリンね。まぁ、本当に愛らしい事……」
「この人だあれ?」
コリンシアは相手が何者か分からずキョトンとアリシアの顔を見上げる。
「この方は、母様のお母様……コリンのおばあ様ですよ」
「おばあ……さま?」
フレアの説明にまだよく分からない様子のコリンシアの前にアリシアは跪くと、小さな姫君を優しく抱きしめた。
「ええ、私の事はおばあ様と呼んでちょうだい。本当にこんな小さな子がよく耐えた事……」
アリシアは感無量で小さな姫君を抱きしめる。オリガが語った過酷な旅の内容をアレスから聞かされていたが、にわかには信じられなかった。しかもこんな小さな子供を連れてである。
「あのね、オリガとティムがいっぱいがんばってくれたからなの。だから母様もコリンもね、旅が続けられたの」
辛い旅の最中、フレアがコリンシアに言って聞かせていた事だった。そんな小さな姫君の姿にアリシアは胸がいっぱいになった。
「そう……それならティムにも後でたくさんお礼を言わないとね」
「うん。コリンもね、お礼が言いたいの。でも、お熱が出ててお部屋へ行けなかったし、ティムも怪我をしてるんだって。会いたいな……」
いつも側に居た頼もしくて優しいお兄ちゃんに会えず、コリンシアは寂しさを覚えていた。
「じゃあ、後で一緒に会いに行きましょうか?」
「うん、行きたい!」
元気よく答えた姫君の頭をアリシアは優しく撫でると頬に優しくキスをした。
「そうそう、コリンにお土産が有るの」
「お土産?」
「ええ。お菓子もあるのよ、見たい?」
「うん!」
コリンシアが答えると、アリシアはマルトに目配せをする。戸口に控えていたマルトが進み出る。
「コリン、マルトと一緒にあちらでおやつを食べていらっしゃい。マルト、後はお願いね」
「かしこまりました」
コリンシアは一度フレアの顔を見上げ、彼女が優しくうなずくと安堵したようにマルトの手を取った。そしてアリシアとフレアの2人に「失礼します」と小さな声で言うとちょこんと頭を下げてからマルトと部屋を出て行った。
「本当にいい子ね」
「ええ……」
部屋には寝台に横たわるフレアとその側に立つアリシアのみとなった。アリシアは椅子を引き寄せるとそれに座り、改めて娘の手をとった。
「本当に無事で良かった……」
「ご心配をおかけしてすみませんでした」
「いいのよ、もう……」
感無量の2人はもう声にならず、しばらくの間手を握り合っていた。
「具合はどうなの?」
「あまり……」
マルトが消化の良い食事を用意してくれるのだが、悪阻も治まっていない事もあって食欲がわかず、フレアの体調はなかなか良くならなかった。ペドロもマルトも心配して未だに体を起こす事も許してくれない。
「……お父様は何と仰っておられますか?」
「あなたの体の事を心配しているわ。タランテラの事は皆に任せて、あなたは自分の体と生まれてくる赤子の事に専念しなさい……と言付かっているわ」
不安げなフレアにアリシアは明るく答え、更に茶目っ気を加えて付け加える。
「その子が産まれるまで、長期休暇ぶんどって来たのよ」
「お母様……」
アリシアは首座としてブレシッド公国公王として多忙の夫を支える参謀でもあり、その一方で公妃としての役割も果たしている。「困ります!」と縋ってくる文官達を一蹴して強引にラトリへの長期滞在を認めさせたのだ。そうまでして文字通り飛んできてくれた養母にフロリエは胸が一杯になる。
「ルイスも一緒よ。まだ、気持ちの整理が出来ていないみたいで、直接顔を見に来るのはもう少し先になりそうだけど、あなたの事を心配しているわ」
「……そう……みたいね。アルドヴィアンの気配を感じるわ。……アレスは帰ってないの?」
フレアは飛竜達の気配をたどっていたが、弟の飛竜クルヴァスの気配だけが見付からない。
「ええ。ディエゴがタランテラの伝手を紹介するからと引き留めていたわ。本当にあの子は顔が広いわね」
「ディエゴお義兄様が?」
ディエゴはブレシッド公夫妻の長女シーナの夫で、アリシアの生家、ルデラック家の現当主だった。
直系のアリシアがブレシッド家に嫁いでしまい、縁戚に当たる当時10歳だった彼が当主候補としてルデラック家に引き取られた。だが、堅苦しいのを嫌い、成人した後は武者修行と称して10年ほど傭兵として各国を放浪していた。その結果、彼は各地に様々な伝手を持っていた。
余談だが、帰国した彼がシーナと出会い、互いに惹かれて結婚するまで一言では語りつくせない波乱があったのだが、どうにか結ばれた2人は子供にも恵まれて幸せな家庭を築いている。
その彼が、今回自分の為に一肌脱いでくれたらしい。フレアは申し訳なく思いながらも、自分の為に動いてくれる家族の存在が無性に嬉しかった。心配かけた上にタランテラ皇家の血を引く子を宿し、家族にも拒否されたらどうしようかと内心不安に思っていたのだ。
「きっと、あなたの愛する人と再会できるわ。だから、何も心配しなくていいのよ」
「……お母……様」
体を起こせないフレアはアリシアの手に縋ってホロホロと涙を流す。心の底から安堵した事もあって次々溢れるその涙はなかなか止まらなかった。
コンコン……
戸を叩く音がしてアリシアが返事をすると、別室でお土産を堪能しているはずのコリンシアが入ってきた。最初は何かわくわくとした表情を浮かべていたのだが、寝台で涙を流す母親を見てそれが一転する。
「母様、母様、どこか苦しいの? 痛いの?」
コリンシアは慌てて寝台の側まで駆け寄ってくる。
「マルトばあや呼ぶ? おじいさま呼ぶ?」
その必死な姿に小さな姫君の優しさを垣間見て、アリシアもフレアもつい顔が綻んでしまう。
「大丈夫よ」
「……具合が悪いわけではないの。ちょっと、ね……」
子供にどう説明していいか分からず言葉に詰まるが、フレアは側に寄ってきた娘の頭を優しく撫でた。
「大丈夫なの?」
「ごめんね、びっくりさせて……」
涙を拭い、フレアは優しくコリンシアの頭を撫で続けると、彼女も大人の事情を敏感に感じ取ったらしくそれ以上は何も聞いてこなくなった。
「おやつの途中だったのではないの?」
アリシアが横から手を伸ばして頭を撫でると、小さな姫君は手の中に握り込んでいた物をフレアに差し出した。
「あのね、これ、おばあ様のお土産の中にあったの。色んな色のがあったけど、赤いのが一つあったから母様に食べてもらおうと思ったの」
彼女の手の中には、アリシアが持参したお土産の中にあった赤い包み紙の砂糖菓子が握られていた。彼女の大好物だが、母親と一緒に食べたかったのだろう。
「ありがとう、コリン……」
姫君の優しい心遣いにまたもやフレアは涙が溢れてくる。
「母様?」
「……ごめんね、大丈夫よ。包みを開けてくれる?」
「うん!」
心配そうな姫君に笑いかけて頼むと、コリンシアはすぐに包みを開けて中の砂糖菓子を取り出す。
「はい、母様」
「ありがとう……美味しいわ」
コリンシアの優しい思いが籠った砂糖菓子をフレアはゆっくりと味わった。その思いにやはり涙があふれそうだった。
「あなたがコリンね。まぁ、本当に愛らしい事……」
「この人だあれ?」
コリンシアは相手が何者か分からずキョトンとアリシアの顔を見上げる。
「この方は、母様のお母様……コリンのおばあ様ですよ」
「おばあ……さま?」
フレアの説明にまだよく分からない様子のコリンシアの前にアリシアは跪くと、小さな姫君を優しく抱きしめた。
「ええ、私の事はおばあ様と呼んでちょうだい。本当にこんな小さな子がよく耐えた事……」
アリシアは感無量で小さな姫君を抱きしめる。オリガが語った過酷な旅の内容をアレスから聞かされていたが、にわかには信じられなかった。しかもこんな小さな子供を連れてである。
「あのね、オリガとティムがいっぱいがんばってくれたからなの。だから母様もコリンもね、旅が続けられたの」
辛い旅の最中、フレアがコリンシアに言って聞かせていた事だった。そんな小さな姫君の姿にアリシアは胸がいっぱいになった。
「そう……それならティムにも後でたくさんお礼を言わないとね」
「うん。コリンもね、お礼が言いたいの。でも、お熱が出ててお部屋へ行けなかったし、ティムも怪我をしてるんだって。会いたいな……」
いつも側に居た頼もしくて優しいお兄ちゃんに会えず、コリンシアは寂しさを覚えていた。
「じゃあ、後で一緒に会いに行きましょうか?」
「うん、行きたい!」
元気よく答えた姫君の頭をアリシアは優しく撫でると頬に優しくキスをした。
「そうそう、コリンにお土産が有るの」
「お土産?」
「ええ。お菓子もあるのよ、見たい?」
「うん!」
コリンシアが答えると、アリシアはマルトに目配せをする。戸口に控えていたマルトが進み出る。
「コリン、マルトと一緒にあちらでおやつを食べていらっしゃい。マルト、後はお願いね」
「かしこまりました」
コリンシアは一度フレアの顔を見上げ、彼女が優しくうなずくと安堵したようにマルトの手を取った。そしてアリシアとフレアの2人に「失礼します」と小さな声で言うとちょこんと頭を下げてからマルトと部屋を出て行った。
「本当にいい子ね」
「ええ……」
部屋には寝台に横たわるフレアとその側に立つアリシアのみとなった。アリシアは椅子を引き寄せるとそれに座り、改めて娘の手をとった。
「本当に無事で良かった……」
「ご心配をおかけしてすみませんでした」
「いいのよ、もう……」
感無量の2人はもう声にならず、しばらくの間手を握り合っていた。
「具合はどうなの?」
「あまり……」
マルトが消化の良い食事を用意してくれるのだが、悪阻も治まっていない事もあって食欲がわかず、フレアの体調はなかなか良くならなかった。ペドロもマルトも心配して未だに体を起こす事も許してくれない。
「……お父様は何と仰っておられますか?」
「あなたの体の事を心配しているわ。タランテラの事は皆に任せて、あなたは自分の体と生まれてくる赤子の事に専念しなさい……と言付かっているわ」
不安げなフレアにアリシアは明るく答え、更に茶目っ気を加えて付け加える。
「その子が産まれるまで、長期休暇ぶんどって来たのよ」
「お母様……」
アリシアは首座としてブレシッド公国公王として多忙の夫を支える参謀でもあり、その一方で公妃としての役割も果たしている。「困ります!」と縋ってくる文官達を一蹴して強引にラトリへの長期滞在を認めさせたのだ。そうまでして文字通り飛んできてくれた養母にフロリエは胸が一杯になる。
「ルイスも一緒よ。まだ、気持ちの整理が出来ていないみたいで、直接顔を見に来るのはもう少し先になりそうだけど、あなたの事を心配しているわ」
「……そう……みたいね。アルドヴィアンの気配を感じるわ。……アレスは帰ってないの?」
フレアは飛竜達の気配をたどっていたが、弟の飛竜クルヴァスの気配だけが見付からない。
「ええ。ディエゴがタランテラの伝手を紹介するからと引き留めていたわ。本当にあの子は顔が広いわね」
「ディエゴお義兄様が?」
ディエゴはブレシッド公夫妻の長女シーナの夫で、アリシアの生家、ルデラック家の現当主だった。
直系のアリシアがブレシッド家に嫁いでしまい、縁戚に当たる当時10歳だった彼が当主候補としてルデラック家に引き取られた。だが、堅苦しいのを嫌い、成人した後は武者修行と称して10年ほど傭兵として各国を放浪していた。その結果、彼は各地に様々な伝手を持っていた。
余談だが、帰国した彼がシーナと出会い、互いに惹かれて結婚するまで一言では語りつくせない波乱があったのだが、どうにか結ばれた2人は子供にも恵まれて幸せな家庭を築いている。
その彼が、今回自分の為に一肌脱いでくれたらしい。フレアは申し訳なく思いながらも、自分の為に動いてくれる家族の存在が無性に嬉しかった。心配かけた上にタランテラ皇家の血を引く子を宿し、家族にも拒否されたらどうしようかと内心不安に思っていたのだ。
「きっと、あなたの愛する人と再会できるわ。だから、何も心配しなくていいのよ」
「……お母……様」
体を起こせないフレアはアリシアの手に縋ってホロホロと涙を流す。心の底から安堵した事もあって次々溢れるその涙はなかなか止まらなかった。
コンコン……
戸を叩く音がしてアリシアが返事をすると、別室でお土産を堪能しているはずのコリンシアが入ってきた。最初は何かわくわくとした表情を浮かべていたのだが、寝台で涙を流す母親を見てそれが一転する。
「母様、母様、どこか苦しいの? 痛いの?」
コリンシアは慌てて寝台の側まで駆け寄ってくる。
「マルトばあや呼ぶ? おじいさま呼ぶ?」
その必死な姿に小さな姫君の優しさを垣間見て、アリシアもフレアもつい顔が綻んでしまう。
「大丈夫よ」
「……具合が悪いわけではないの。ちょっと、ね……」
子供にどう説明していいか分からず言葉に詰まるが、フレアは側に寄ってきた娘の頭を優しく撫でた。
「大丈夫なの?」
「ごめんね、びっくりさせて……」
涙を拭い、フレアは優しくコリンシアの頭を撫で続けると、彼女も大人の事情を敏感に感じ取ったらしくそれ以上は何も聞いてこなくなった。
「おやつの途中だったのではないの?」
アリシアが横から手を伸ばして頭を撫でると、小さな姫君は手の中に握り込んでいた物をフレアに差し出した。
「あのね、これ、おばあ様のお土産の中にあったの。色んな色のがあったけど、赤いのが一つあったから母様に食べてもらおうと思ったの」
彼女の手の中には、アリシアが持参したお土産の中にあった赤い包み紙の砂糖菓子が握られていた。彼女の大好物だが、母親と一緒に食べたかったのだろう。
「ありがとう、コリン……」
姫君の優しい心遣いにまたもやフレアは涙が溢れてくる。
「母様?」
「……ごめんね、大丈夫よ。包みを開けてくれる?」
「うん!」
心配そうな姫君に笑いかけて頼むと、コリンシアはすぐに包みを開けて中の砂糖菓子を取り出す。
「はい、母様」
「ありがとう……美味しいわ」
コリンシアの優しい思いが籠った砂糖菓子をフレアはゆっくりと味わった。その思いにやはり涙があふれそうだった。
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