群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

63 一族を上げて7

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 ティムは寝台の上で半身を起こし、窓の外を眺めていた。彼の部屋からは2日前にやってきた飛竜達がくつろいでいる姿や、竜騎士達が飛竜の世話をしたり、鍛錬したりしているのが良く見える。
 所属は分からないが、高名な騎士団らしく統制がとれた竜騎士達の姿に目を奪われる。これだけの数の飛竜を見たのはいつ以来だろうか? 何だか急に故郷が懐かしくなる。
「お、坊主、起きてたか。お前に客だ」
 いきなり部屋の戸が開いて大柄な男が入ってきた。グルースと名乗った彼はワイルドな風貌からは想像できないが、薬学と医学を研鑽する賢者の助手らしい。ティムがここへ運び込まれてからずっとつきっきりで世話をしてくれているのだが、小さな子供と同じ扱いをされるので彼はちょっと辟易へきえきしていた。
「坊主は止めてください」
「まだ半人前の内は坊主で充分だ」
 ガハハと笑いながらティムの頭をその大きな手で撫でまわす。体が揺れて傷にちょっと響く。
「痛た……」
「わりぃ、傷に響いたか?」
 グルースは全然悪いとは思ってもいない軽い口調で更に頭を撫でまわす。
「その辺にしておいてやれ。話が出来ないだろう」
 呆れたような口調で声をかけられ、戸口を見れば2人の若い男が立っていた。
 1人は輝くばかりの金髪で、彼が身にまとう圧倒されるような竜気の力はまるで燃え盛る炎の様だとティムは感じた。もう1人の黒髪の若者はどこかで見た記憶がある。
「はっはっは……竜騎士になりたいんならこれくらい普通だ」
「……」
「ここの連中と一緒にしてやるな」
 豪快に笑いながら胸を張る大男に2人は呆れた口調で言い返す。ティムは傷が痛いのと口を挟む暇がないのとで彼等のやり取りを黙って見ていた。
「悪かったな。大丈夫か?」
「は、はい……」
 全く反省していないグルースを部屋から追い出すと、2人はティムが横になっている寝台の側までやってきて、手近にあった椅子に腰かけた。
「名乗って無かったな。俺の名はアレス・ルーン。彼はルイスと呼んでやってくれ」
「ルイスだ」
 徐に黒髪の若者が口を開き、金髪の男は短く名乗った。ティムは2人と握手を交わすと改めて相手を眺める。その力の強さから2人とも優れた竜騎士なのが分かる。隊長格のリーガスやクレストよりはるかに勝り、エドワルドやアスターにも匹敵する圧倒的な力をひしひしと感じる。
 前日にコリンシアと共に見舞ってくれたフレアの養母といい、敬愛するフレアの身の周りにこれほど高位の力を持つ存在が多くいる事に驚くと供に妙に納得が出来る。フルネームで名乗らないところをみると、余程名のある竜騎士なのかもしれない。
「先ずは礼を言う。姉を……フレアを支えてくれてありがとう」
 黒髪の若者に頭を下げられ、ティムは狼狽うろたえる。ここでようやく、盗賊に襲われていた時に助けに来てくれたのが彼だったのを思い出した。見覚えがある気がしたのは、遠目にその姿をチラリと見ただけだったからだ。
「い、いえっ、俺は最後まで守れなかったし……」
「だが、フレアだけでは戻って来れなかったのは確かだ」
「……」
 これほどまでの力の持ち主に認められたのは嬉しい半面、気恥ずかしくもある。ティムはどう答えていいか分からずに黙り込んでしまう。
「グルースから話を聞いているとは思うが、あちらの情勢がはっきりしない間は君達の事は隠匿いんとくとくする事になった。その代り、陰ながら手助けさせてもらう」
「本当に……だめなんですか?」
「ああ。悪いが全てが終わるまで待ってくれ」
「……」
 ティムは落胆の色を隠せない。情勢を巻き返すのにそう時間はかからないだろうと思うのだが、その後、向こうに帰った時に、何も連絡をしなかった事を随分と責められそうな気がするのだ。理由を言った所で兄貴分のルークも、リーガスも容赦しないだろう。思慮深いエドワルドやクレストは少し考慮してくれるかもしれない。だが、アスターにはねちねちといつまでも嫌味を言われそうでティムは今から気が重かった。
「俺は今夜のうちにここを立ち、タランテラへ行ってくる。だが、俺はあちらの人達の顔がよく分からない。君の記憶に残る人物像を読むから、そこにいる小竜達に彼等のイメージを伝えてくれるか?」
 気付くと窓辺に数匹の小竜が止まっている。アレスがやろうとしている事は、竜騎士が知能の高い飛竜を介してならば出来る技だ。しかし、それを小竜でするというのは聞いた事が無い。
「そんな事が……」
「こいつには可能だ。女性陣には酷だろうから、申し訳ないが君が協力してくれ」
 言葉に詰まるティムにルイスが頭を下げる。確かにまだ体調の優れないフレアや小さなコリンシアには無理だろう。オリガも出来なくはないだろうが、あまり故国を……ルークを思い出しては泣く彼女にそんな真似はさせたくないのは確かだった。
「分かりました」
「ありがとう。始めてくれ」
 ティムがうなずくと、窓辺に居た小竜達が寝台に乗ってくる。彼等を撫でながらルルーを相手にする要領で、あちらで世話になった人々を1人ずつ思い出していく。彼等と別れてまだ2月も経っていないのに懐かしさで胸が熱くなり、自然と涙が溢れてきた。
「悪いがラグラスと親族達、あとリューグナーという似非《えせ》医者の姿も頼む」
 淡々とした口調でアレスが注文を付ける。ティムは怒りを抑えながら、グロリアの葬儀や遺書の公開の折に垣間見た親族達の姿を思い出す。最後に偉そうにふんぞり返ったリューグナーを思い浮かべたが、ついでに館を追い出される直前の酔っぱらいの姿も付け加えた。
「……ありがとう。どうにか記憶できた」
 アレスの言葉にティムはようやく緊張を解く。精神的な疲れは半端なく、彼はぐったりと寝台に体を預けた。
「これを飲むと良い」
 そう言ってルイスが手ずから飲み物を勧めてくれる。幾度か様子を見に来てくれたフレアのばあやだと言う老女が作ってくれたハーブ水は一口飲んだだけで体中に優しく染み渡る。
「無理をさせたな。すまない」
「いえ、大丈夫です。……ですからどうか殿下を……」
「わかった」
 ティムの懇願にアレスは無表情でうなずく。そして準備があるからと小竜達を引き連れて部屋を出て行った。その姿を見送ると、ルイスが改めてティムに向き直る。
「私はここに残り、フレアを……この村を守る事になっている。君は竜騎士になりたいそうだね?」
「はい……」
 ルイスの確認といった聞き方にティムはうなずいた。
「ここにいる間、必要な訓練を受けられるように計らおう」
「本当ですか?」
「但し、うちの訓練は厳しいぞ」
「お願いします」
 第3騎士団の面々からかなり厳しい稽古をつけられてきたティムには自信があった。臆することなくルイスの申し出にうなずく。
「とりあえずはその傷を早く治す事だ。過激なスキンシップは控える様、グルースには言っておいてやろう」
 にやりと笑うルイスにティムは心から感謝したのだった。


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12時に閑話を更新します。
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