掌中の珠のように

花影

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困惑1

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「ふう……」
 沙耶は傍らで眠る義総の顔を見ながら思わずため息をついた。
 昨日、ようやく義総から解放され、一日体を休めた沙耶は夕刻には動けるようになっていた。義総の帰宅は深夜になると聞いていたので、夜は自分の部屋に戻って休んだのだ。
 そう……確かに自分の部屋で休んだはずだった。だが、目覚めると、ここはどう見ても義総の部屋だった。何時、どうやって運ばれたかも分からず、しかも裸の義総が傍らで眠っている。驚いて声を上げそうになったが、彼を起こしてはいけないと、辛うじて声を殺したのだった。
「どうしよう……」
 起きて部屋に戻りたいのだが、義総の腕がしっかりと沙耶の腰に回されていて、体を起こす事も出来ない。腕をどけようと試みているのだが、ビクともしないのだ。
 沙耶が途方に暮れていると、体がグイッと引き寄せられる。そして横になっている義総に背後から抱きすくめられていた。
「何に困っている?」
 義総の低い声が耳元を擽る。
「あ……あの、私はいつここに?」
「気付かなかったか?」
 笑いを含んだ返答に困っていると、義総は沙耶の首筋に顔を埋め、チュッと音がなるほどきつく口付けた。僅かな痛みと共に背筋にゾクリとした快感が走る。
「あ……」
「いい声だ」
 沙耶の体に回されていた手がサワサワと動いて薄い夜着の上から胸や太腿を優しくなでていく。やがて胸元のボタンは外され、裾はまくり上げられて肌を直接撫でられる。
「ん……あぁ……」
 義総によって開発された沙耶の体は、彼の手の動きに敏感に反応するようになっていた。胸の先端はすぐに固くなり、そこを痛いぐらいに摘まれただけで秘所が濡れてくるのを感じる。
「昨日はムサイ男の顔ばかり見ていたから、せめて寝る前にお前の寝顔でも見ようと部屋に寄ったら、随分魘されていた」
「え?」
 そう言えば、怖い夢を見た気がするが、どんな内容だったかまでははっきりと覚えていない。だが、途中から力強い安心感を覚え、目覚めたら義総の腕の中だったのだ。
「抱きしめてやったら少し落ち着いたから、そのままここへ連れて来た」
 顔は相変わらず首筋に埋めたままだったが、手は休みなく沙耶の体を撫でまわしている。
「お前はいい。抱き締めて寝ても苦にならない」
 いつの間にか熱を持った義総自身が沙耶のお尻に擦り付けられている。その感触に期待が高鳴り、秘所からは蜜が溢れ出てくるのを感じていた。
 そこへ誰かが寝室の戸を軽く叩き、義総の返事を待たずに寝室に入ってきた。
「邪魔するよ」
 茶髪の若者がヒョイとスクリーンの陰から顔を覗かせる。半裸の沙耶を抱きしめている義総の姿を見ると、若者の眉間に皺がよる。突然現れた見知らぬ若い男性の姿を見て、沙耶は慌てて上掛けを頭から被った。
「来たのか?」
「一つ質問していい?」
「どうぞ」
 義総は肩肘を付いて体を起こし、沙耶の長い髪に指を絡めて遊んでいる。沙耶は半裸の恰好が恥ずかしく、被った上掛けから顔も出せない。
「何してんの?」
「見て分からないか?」
「残念ながら」
「そうか……休暇を楽しんでいる」
 若者の眉間の皺は一層濃くなる。
「仕事を俺に押し付けて?」
「この子は狙われているからな。こうして側に置いて警護している」
「……」
「ところで用向きは?」
「……これを持って来いと言ったのは貴方でしょう?」
 若者は手にしていた箱を義総に手渡す。宝石を入れるような布張りのケースを受け取ると、彼は中身を確かめる。
「そうだったな」
 頼んだ本人はすっかり忘れていたらしい。義総はそれを見て得心したように頷くと、一旦サイドテーブルに置いた。
「ところで、その可愛い子は何時紹介してくれるの?」
 若者は夜具を被って出てこない沙耶が気になるらしく、体を屈めて覗き込もうとする。
「今は無理だな。お前、大学は?」
 義総は相変わらず沙耶の長い髪を弄んでいる。その艶やかな髪に若者も触ろうとするが、ピシャリとその手を払い除けられる。
「講義は午後から」
 叩かれた手を大げさに擦りながら、彼は憮然として答える。
「下で待っていろ。すぐに降りる」
「分かった」
 若者は肩を竦めると、諦めたらしく寝室から出ていく。扉が閉まる音がして、足音が遠ざかると、ようやく沙耶も緊張を解いた。恐る恐る上掛けから顔を出すと、義総が覗き込んでくる。
「無作法な奴ですまない。あいつは弟の幸嗣ゆきつぐだ」
「え?」
 驚きと恥ずかしさで殆ど顔を見ていないが、自分と大して変わらない歳だったと思う。本宅では同居する義総の弟がいて、仕事を手伝っていると聞いていたが、もっと年上だと沙耶は勝手に勘違いしていた。
「沙耶」
 名前を呼ばれて体を起こすと、義総がサイドテーブルから先ほどの箱を取って彼女の膝に乗せた。驚いて固まっていると、蓋を開けるように促される。
「綺麗……」
 中にはルビーのピアスとネックレスが入っていた。特にネックレスのトップに使われている宝石は今まで見たことが無いほど大きい。宝石の価値は沙耶には分からないが、それでもこれがとても高価な物だと理解できる。
「気に入ったか?」
「は……はい」
 その美しさに魅入られてとっさに答えたが、これがまだ自分の物だとはっきりと聞いたわけではない。慌てて自分の口を塞ぐ。
「私の物だという証だ。付けててやろう」
 いつの間にか義総はバスローブを身に付け、ローテーブルに用意してあった小さな盆を持ってきた。彼は沙耶の体をきちんと起こし、乱れた髪を綺麗に掻き分けて軽く口付ける。
「ネックレスは出かける時でいいが、ピアスは常につけていなさい」
 義総は箱からピアスを手に取ると、慣れた手つきで沙耶の耳を消毒する。僅かな痛みと共に気付けば両耳にピアスが付けられていた。そして仕上げとしてネックレスも首にかける。
「似合うぞ」
 乱れた夜着のまま、沙耶は大きな鏡の前に立たされる。義総にそう言ってもらえるのは嬉しいが、長い髪も乱れ、赤い痕が残ったままの胸元が露わになった状態では自分だけが貧相に映る。
「で、でも、こんな高価な物を頂く訳には……」
「これは既にお前の物だ」
 後ろから義総が抱きしめ、顔を上に向けられると唇が重ねられる。僅かに開いた唇から彼の舌が入り込んできて、沙耶の舌を絡め取られる。ディープな口付けにも少し慣れたが、それでも毎回頭の中が真っ白になってしまう。
 唇を貪るように奪われ、義総の腕の中で固まっていると、扉を叩く音がして綾乃が静かに入ってきた。
「義総様」
 ようやく唇を離した義総は沙耶を腕に抱いたまま振り向く。
「幸嗣様がお待ちでございます」
「……そう言えばそうだったな」
 わざとらしく忘れたふりをする。
「あまりお待たせするのも気の毒に存じます。早くお支度をなさってください」
「分かった。沙耶を頼む」
 義総は名残惜しく沙耶の額に口付けると、彼女を綾乃に預ける。
「どうぞ、こちらへ」
 綾乃は沙耶の手を引くと、以前と同様にさっさと彼女を部屋の外へ連れ出した。


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義総の弟、幸嗣の登場です。
沙耶が気になるみたいです。
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