掌中の珠のように

花影

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困惑2

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 フリルの付いたカットソーとチュールのスカートに着替え、長い髪をシュシュで纏めた沙耶が綾乃に連れられて一階のダイニングに行くと、既に着替えを済ませた義総が幸嗣とコーヒーを飲んで待っていた。初対面であんな恰好を幸嗣に見られた恥ずかしさもあり、沙耶が緊張しながらダイニングに入ると、すかさず義総がエスコートする。
「幸嗣、この子が沙耶だ」
「は……初めまして、幸嗣様。先ほどは失礼しました」
 震える声で沙耶が挨拶をすると、幸嗣は彼女の手を取って甲に軽くキスする。
「よろしく、沙耶。やっと会えて嬉しいよ」
 幸嗣はそのまま手を引いて抱き寄せようとしたが、それは兄によって阻まれる。義総は彼女の腰に腕を回してエスコートし、さっさと席に座らせてしまう。
「朝食が冷めてしまう。食べるぞ」
「散々待たせたのは誰の所為だよ?」
「さあな」
 弟の抗議をものともせずに義総も自分の席に着くと箸を手に取る。幸嗣も仕方なく自分の席に戻ると、手を合わせてから朝食に手をつけ始める。どうやら2人とも沙耶の支度が終わるまで待ってくれていたようだ。
「す……すみません」
「お前の所為じゃないさ」
「そうそう。誰かさんが離さなかったからだよね」
 義総に言われ、軽い調子で幸嗣も笑いかけてくれたので、ようやく沙耶も安心して箸を手に取った。
 今朝はご飯とみそ汁の他に焼いた甘鯛とふっくらした卵焼き、数種類の小鉢と言った和食のメニューが並んでいる。長くアメリカに留学していた義総は、放っておくとメニューが偏りがちになるので、たまに綾乃が強制的に和食を用意するらしい。それに文句を言わずに食べてくれるので、かわいいところがあるのだと、綾乃が以前に言っていたことを思い出した。
「もうここには慣れた?」
 義総よりも柔和な印象を受ける幸嗣が、緊張している沙耶の気持ちを解そうと、色々と話しかけてくれる。おかげで朝食が終わる頃には、人見知りする沙耶には珍しく、すっかり打ち解けて話が出来るようになっていた。
 幸嗣は沙耶より3つ年上の20歳。当主の義総が未だ独身で子供がいないため、大学に通う傍ら、次期大倉家当主としての勉強と称して兄の手伝いをさせられているらしい。
 兄と同様、モデル並みの身長と整った顔立ちをしており、綾乃曰く、若い頃の義総に良く似ているらしい。街中を歩いていると、実際にモデル事務所から良くスカウトされるらしいのだが、本人には全くと言っていいほどそのつもりは無いらしい。
「まだまだ戸惑う事ばかりです」
 義総に保護されて1ヶ月。今までごく普通の家庭で生活してきた沙耶には、ここでの生活は全てが規格外である。あまりの違いに驚く事ばかりなのだが、最近はそれに慣れつつある自分に戸惑いを感じていた。
「そうだろうね。だけど本宅うちはもっと驚くよ」
「え?」
「広いよ。でも、男2人で殺風景だったから、君が来てくれると華やかになるね」
 首を傾げる沙耶に幸嗣は笑いながら言い、義総は無言でそんな2人をじっと観察していた。



 やがて朝食が済み、食後の飲み物が運ばれてきた。義総と幸嗣にはコーヒー沙耶にはミルクがたっぷり入ったカフェオレが用意される。給仕に控えていた綾乃も下がり、ダイニングには3人だけになる。
「ところで、そろそろ本題に入ってもいい?」
 起きた時間が遅かったので、もう昼に近い時間になっている。午後から講義がある幸嗣は、そろそろ用件を済ませて大学に向かわなければならない。
「そうだな」
 食事中はずっと黙っていた義総は、コーヒーを一口啜ると同意して頷いた。
「沙耶、サイラムについてはどの程度知っているか?」
「サイラム…ですか?」
 沙耶は急に聞かれて答えられない。知っていることと言えば、沙耶が生まれる前にクーデターがあったことともしかしたら父親の祖国かもしれないことぐらいだ。いずれも義総から聞いた話である。
「私が話した以上は知らないか?」
「はい」
「サイラムに関する情報は限られているから、それも仕方ないよ」
 自分の無知が恥ずかしくて俯いていると、幸嗣がすかさずフォローしてくれる。
「確かにそうだな。
 18年前、軍の責任者だったガジュ将軍がクーデターを起こし、国を武力で制圧した。王と王族は全員捕えられ、処刑されたと言われている。当然、国民の反発は強かったが、どこで手に入れたのか潤沢な資金を使って多くの傭兵を雇い入れ、反乱をことごとく武力で制圧してしまった。それが現在まで続いている。
「その資金源が麻薬の密造だね」
 事情を心得ている幸嗣が口を挟むと義総が頷いた。
「そうだ。一説にはその麻薬の密造が前国王にばれ、制裁が下される直前にクーデターを起こしたとも言われている。その当時はまだそれほど質が良くなかったのだが、現在では質も量も向上し、サイラム製の麻薬は高値で取引されている。
 もちろん、各国は再三に亘り麻薬の製造と密売の中止を求め、やめようとしないガジュに対して制裁を行ってきた。対してガジュはそれは反政府勢力が行っていると反論し、それを口実に彼等が拠点としていた村や町を武力で制圧した。民間人にも多くの犠牲者が出たが、彼等は抵抗した反政府軍の仕業だと言い張っている」
 初めて聞くサイラムの現状に沙耶は少なからず衝撃を受けた。手を強く握りしめ、義総の顔を食い入るように見つめる。
「沙耶を保護する少し前、その麻薬の改良に1人の日本人が関与しているという情報が入り、知り合いに頼まれて情報収集に協力していた。集めた情報の小さな断片を組み合わせていくと、お前と母親の拉致に関与したと思われる人物に一致した」
「その方は一体……誰ですか?」
「まだ名前は明かせないが、とある製薬会社の社長だ。おぞましい話だが、新薬の実験に捕えた反政府派の人間を提供してもらい、その見返りに麻薬の改良を手伝ったのではないかと言われている」
 苦々しく語る義総を沙耶は今にも泣きそうな表情で見上げる。覚悟しておけと言われているが、その人物の元に母は捕えられているのだ。
「これは数日前に入手した情報だが、ガジュが死んだらしい」
「え?」
 これは幸嗣も初耳だったらしく、衝撃で動きが止まる。
「死因はまだ不明だが、混乱を恐れてその事実は伏せられている。ガジュが明確に後継者を決めておらず、彼の親族や政権を担ってきた幹部達の間でもめているらしい。この事が公になれば、抑圧されてきた反政府軍も黙ってはいないだろうし、内乱が起これば介入する国も出てきて混乱が長引く恐れがある」
「戦争……になるのですか?」
 全く知らない国ではあるが、父親の祖国かもしれないと思うと余計に心が痛んだ。その様子に隣に座っていた義総は彼女の震える肩を抱き寄せた。
「無血では済まないだろうな」
「沙耶は優しいね」
 既に泣きそうな表情の沙耶に幸嗣は感心し、義総は抱き寄せる腕に力を込めた。
「私の友人はそうならない為に動いている。お前は自分の事を第一に考えなさい」
「は…はい」
 沙耶が神妙な顔をして頷くと、義総は彼女の額に口付けた。


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政治的な部分は適当なので矛盾があるかもしれませんが、大目に見て頂ければ幸いです。
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