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【プロローグ】悪魔の呪い

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 あの恐ろしい呪いの話を聞いたのは確か去年の秋だった。

 穏やかな秋の昼下がり。外はとっても気持ちのいい天気なのに、私は仲間のシスターたちと一緒に集会室の椅子に掛けてマザーヘレンが修道院へお招きした賢者様の有難い講話を聴いていたのだが、その内容があまりに気恥ずかしく恐ろしいものだったので、私は頬を赤らめたり目を白黒させたりしていた。


 賢者様が部屋の正面に掲げた裸の男性の絵の前に立ち、

「このように悪魔の呪いにかかった人間の下腹部には不気味な紋様があります。生殖器も人間のそれよりもずっと大きく、ボコボコとした不気味な凹凸があるのです」

 と男性の股間についている大きく反り返った逞しいものを指揮棒でなぞった。



 私はその絵を堂々と直視することができず、顔を覆った指の間から恐々と覗き見た。

 あごに白いひげを蓄えたダンディな賢者様は凛としたよく通る声で話を続ける。

「悪魔の呪いにかかった男性と性交した女性はサキュバス、つまり淫魔になってしまいます。悪魔に呪われた男性は特にあなた方のように心が清らかで若く美しい女性を淫魔にし、情欲に狂わせることに大きな快感を覚えます」

 サキュバスになったら理性を失い、節操なく男性を求めて夜な夜な町を彷徨うことになるという。
 神に仕える私たち修道女がそんな姿になり果てるなんてどんなに恥か。
 悪魔はなんと下劣なのだろうと、私は首から下げた十字架を握りしめた。

「悪魔の餌食にならないためには一瞬たりとも心の緩みを見せないことが大事ですから、いかなる時も禁欲と貞潔の誓いを忘れないでください。シスターに恋愛と結婚が禁じられているのはある意味あなた方を守るためなのです」



 私の後ろの方の席から小さなため息が聞こえた。

「はー。……禁欲だの貞潔だの、この修道院で教わるのはそればっかり」

 花嫁修業のために一時的に修道女として生活している実業家のご令嬢であるシスタージュリエッタの声だ。

「私たちだって十八歳の恋がしたいお年頃なのに。あーあ、つまんないわ」



修道女たちの周りを巡回していたマザーヘレンがすかさず、

「シスタージュリエッタ、賢者様のお話し中は私語厳禁です。あなた、少しはシスターアイネの純真さを見習ったらどうですか」

 と注意した。



 恐怖に震えながら胸の十字架を握る私をジュリエッタが見た。

「ふん、この程度の話でガタガタ震えちゃって。アイネなんてお子ちゃまなだけじゃない」

 他の人が褒められることが大嫌いなわがままお嬢様のジュリエッタは私をばかにして笑った。



 隣に座っていた一番の仲良しのシスターエマが、

「アイネ、気にしないで」

 と体の震えが止まらない私の背中を優しく撫でてくれた。



 歩き出していたマザーヘレンはジュリエッタを振り返って言った。

「いいえ、アイネこそこの国を救う聖女になるうつわなのです」
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