祝福されし太陽の神子と夜の従者の最期

伊藤クロエ

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祝福されし太陽の神子の役目

16 浸食するトナティルの意識 ★

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 七日間の宴の四日目の朝。
 身体が重くて起き上がれない。頭も霞がかったようにぼんやりとして働かない。
 繰り返し、繰り返し何度もトナティルの夢を見ていたような気がする。夢の中で俺は本当にトナティルになっていて……いや、あれは夢? 現実?
 自分が今、目覚めているのかもよくわからない。どこからか甘ったるい匂いが漂ってくる。アトラが俺を抱き起し、何かをに入れた。むせかえるような甘い匂いと味。熟しきった果実は唇に挟んだだけで汁がじゅわりと溢れて俺の口や顎や胸を濡らす。舌で軽く押しただけでぐずぐずと蕩けていく果実を飲み込めば、甘い甘い味と匂いが身体の中に染み込んでいくようだった。

 アトラが一つ、二つ、と赤い果実を俺の口に入れていく。彼の手も果汁でべたべたに濡れていた。短く切られた爪の先から垂れる蜜をぼんやりと目で追う。アトラの手には古い傷跡がいくつもあった。そういえばトナティルは彼は戦士だと言っていた。ではこれは戦ってできた傷なのだろうか。……戦う? 何と? 
 俺はアトラのことを何も知らない。トナティルは……なんと言っていたっけ……地上でもっとも勇猛果敢な戦士、そう、確かトルテカの、

 その時、トナティルが「そうだ」と頷いた。
 トルテカは翼ある蛇によって生み出された民。一度滅ぼされたが、神の翼に隠されて生き延びた者たちはさらなる力を手に入れた。強く、恐れを知らず、神を敬い信念のために戦う。
 けれどトルテカの一族はもういない。すべて滅ぼされた。トナティルの国、このメシカによって。

 昨日と同じだ、と思った。トナティルの記憶が俺の中に流れ込んでくる。
 夜ごと俺はトナティルの夢を見て、俺とトナティルは一つになっていく。もっと、もっとトナティルの知識が欲しい。早くトナティルと一つになって完全になりたい。そうすればこの世界のことがもっとわかる。アトラのことも、もっと知ることができる。

 ふと気づくと、アトラが俺の前に大きな杯を差し出していた。白く濁った酒の甘い香りを嗅いだだけで腹の底がぞくり、と粟立つ。
 杯を運んできた女たちの向こうに祭司長が立っている。アトラが持つ杯を受け取ろうとしたけれど指一本動かすこともできない。身体がだるい。頭がはっきりしない。ゆっくりと浅い呼吸を繰り返すのがやっとで、おれは、

 アトラがほんの少し眉を顰めて、心配そうに俺を見る。祭司長が焦れる気配が伝わって来る。アトラが杯を口元にあてがってくれたが、上手く飲めずに零してしまった。

「っ、あ」

 しまった。とっさに祭司長の顔色を窺おうとした時、アトラが俺と祭司長の間に入るように身を屈め、口づけた。

「……っ、ん、…………っふ」

 口移しで与えられる酒を、懸命に舌を伸ばして受け止める。ゆっくり、たっぷりとプルケを注がれて、酒は俺の喉を通り腹に落ち、そしてあのたまらない熱が腰の奥に溜まっていく。
 そうして限界までプルケを飲まされた俺の身体は熱く火照り、疼いていた。

 身づくろいをするために椅子に座らされれば、目の前に置かれた黒い石の鏡に世にも美しい若い男の顔が映っている。滝のように流れ落ちる長く黒い髪は女たちの手によって丁寧に櫛けずられて艶やかに光り、アーモンドのようなくっきりとした目は快感と情欲にまみれて甘ったるく蕩けていた。形のいい唇は酒と果汁に濡れてだらしなく緩んでいる。
 完全に欲情した、甘やかされて苛め抜かれて骨抜きにされた女のような顔。しっかり座ることもできずに両足を前に投げ出し、浅く座った椅子の背もたれにくったりと身体を預けている。それでも不思議と祭司長は咎めない。
 鏡越しに俺の後ろに立つアトラが見えた。アトラはあの黒曜石のように硬く鋭い目で静かに俺を見ている。はぁ、と熱いため息がこぼれる。手が動いて、そそり勃つ男根に被さる布をじれったい思いでそっと引っ張った。昨夜散々愛撫されて赤く腫れぼったい亀頭に薄い布が擦れて、甘い快感がぞわぞわと背筋を這い上がる。
 もう一度鏡に映る自分を見ると、酒と果汁に濡れた唇を赤い小さな舌がペロリと舐めた。

「アトラ、我慢できない。慰めろ」

 突然自分の口から飛び出た言葉に自分で驚く。今、なんて言った? 慌てて今のは間違いだと言おうとしたけれど頭も口も舌も動かない。いや、それよりそんなことを口走ったらすぐに祭司長に疑われてしまう。それは駄目だ、だってもし俺があいつじゃないってバレたら――――あいつ? そうだ、トナティルだ、今しゃべったのはトナティルだ。

 だらしなく両足を開いた俺の前にアトラがひざまずいた。そして黒い綺麗な目で俺を見上げる。自分の足の間からじっと俺を見つめるアトラの視線に急に心臓がドキドキと暴れ出した。なに、これ、へんだ、ぜったいへんだ。
 アトラがそっと夜着の裾を持ちあげて俺の股間に顔を伏せる。
 だめだ、まって、そんなことしなくていい、みんなみてる、だから、
 いろんな言葉が頭に浮かぶのに、カラカラに乾いた喉に舌が貼り付いて動かない。
 濡れた熱い舌と唇と頬裏の粘膜が俺のペニスに絡みつく。ぬるぬると扱かれて、時々きつく吸われてあっという間に果てる。それでもアトラは口淫を止めなかった。

「んっ、……っは、……ぁ……っ、あっ」

 あまりに気持ちがよすぎて勝手に腰がヘコヘコと揺れる。きもちいい、きもちいい、きもちいいしか頭に浮かばない。なのにひとりでに口が言葉を紡ぐ。

「そうだ、アトラ。もっと、オレを神に、捧げろ……っ」

 片方の手が動いて、両足の間に深々と顔を埋めるアトラの髪を撫でて、掴む。
 
「もっと深く咥えろ、アトラ。ああ、そうだ……イイ……とても、イイ」

 長い褐色の足が持ち上がり、悪戯するようにアトラの逞しい背中を親指の先でなぞる。そのまま二匹の蛇のようにアトラに巻き付いてぎゅっと自分の股間に押し付けるのを、俺は呆然と見つめていた。
 トナティルだ。トナティルが今、この身体を動かしている。だめだ、止めさせなきゃ、だってこんな。
 目がかすむ。身体が熱くてたまらない。手も足も口もまるで自分のものではないみたいに勝手に動いているのに、全身を駆け巡る快感だけはダイレクトに俺自身の脳を揺さぶってくる。

「ん……っ、はぁ、……ぁ……っ……、ぁ、あぁ……っ」

 聞こえる喘ぎ声もまるで他人のもので、ああ、だめだ、口をふさがなきゃ、でも俺の声じゃないから、だからいいのか……? わからない、あたまが、からだが、あつくて、きもちいい、きもちいい。


     ◇   ◇   ◇


 ふと気づくと、いつの間にか俺はまた石の広場の大きな篝火の前にいた。着ていたはずの宴のための晴れ着は半分以上はだけていて、胸も足も剥き出しになっている。
 俺は何かにもたれて手足を投げ出していて、荒い息と喘ぎ声が漏れる口には甘い果実とプルケの味が残っていた。
 誰かが俺の両足の間に触れている。精液と唾液とプルケに塗れて力なく垂れたペニスを優しく弄っている手が誰の物なのか、見なくてもわかると思った。その指がいつもと違うところを撫でる。もっと奥、もっと、ナカを。

 身体の中を指で探られてビクビクと腰が跳ねる。口から甘い声がせわしなく漏れる。
 祭司長アロトルが満足そうにオレたちを見ている。年に一度、ただ一人選ばれる太陽の神子が大勢の民たちの前でその美しさと生と命の源を神に捧げているのだ。そりゃあ満足だろう。
 ああ、まただ。トナティルの記憶と知識が少しずつ俺の中に溶け込んでいる。水滴が岩を穿つように、少しずつ俺の形が変えられていく。
 唇が勝手に動いて綺麗な弧を描いた。胸元からアトラが顔を上げて俺を見る。

 アトラ、綺麗な男。俺の目にはトナティルよりもアトラの方がずっと綺麗に見える。凛々しくてまっすぐで力強くて。男なら誰だって欲しいと思うものを全部持っている。そんな男が徹頭徹尾、徹底的に俺を大事に大事に甘やかし尽くしてくれる。こんなこと、いけない事だと思うけど、でもため息が出るほど気持ちが良くて自分は特別なんだとゾクゾクするほど嬉しくなる。

 うっとりしている俺を見てアトラが小さく笑った。そしてまた俺の胸に顔を寄せる。あたたかい、濡れてざらついた何かが胸の先に触れた。そして甘く歯を立てられて身体がビクン! と跳ねる。同時にぬるりと何かがどこかに潜り込んだ。なに? いま、俺はなにをされてる?
 頭の中でトナティルが笑う声がする。胸を吸われてどろどろに蕩けたみっともない俺の声とは似ても似つかない、綺麗で澄んだ、晴れわたった青い空のようなトナティルの声が。

 いやだ、いい、はずかしい、きもちいい、やだ、もっと。
――――おもしろい、きもちがいい、もっと、もっとだ、もっと。

 トナティルと俺の意識が交じり合う。トナティル、俺の中にいるトナティルが笑っている。いいや、トナティルの中に俺がいるのか? 

「ぅ、っん、あ、んっ、ぁ……ひぐっ!?」

 ぐちゅぐちゅと浅く出入りしていた指がぐり、とどこかを押した。突然電流が走ったみたいにものすごい快感が突き抜けて身体がのけぞる。な、なに? 今のは何?
 面白い! トナティルがそう叫ぶ。男の身体の中にそんな快感を生みだす場所があったとは!
 トナティル、トナティルだ。そうか、きっとトナティルがまた俺を助けてようとしてくれてるんだ。俺の代わりに、みんなの前で、こんな恥ずかしいことを…………恥ずかしいこと? ちがう、だってこれは立派な儀式だ。今の俺は知っている。

 祭りの前の最後の七日間。この七日間の宴の中でトナティルはいろんなものを神に捧げる。それがトナティルの役目。
 美しいトナティル。神の前に集まった多くの青年たちの中で一番美しかった。だから選ばれたのだ。次なる五の月に役目を果たす《太陽の神子》に。だからトナティルはその美しさを、若さを、その生の源を神に捧げなければならない。

 神子は命の証である精を搾り取られ、神に捧げられる。そのために四人の女が用意されるが、女を拒絶したから祭司長は男を用意した。けれど今代のトナティルが選んだのはおのれの従者だった。だからトナティルは夜ごとおのれの従者に抱かれなければならない。

「んっ、っふ、ぁ、……っ、~~~~~っ!!」

 もう一滴だって出ない、そう思っていたのに、中からどこかをぐりぐりと押されて精液がぼたぼたと零れた。身体を抱え直されてぐっと腹に腕を回される。

「あっ、ひっ、んっ、んっ、あ、…………ッ」

 今度は指を増やされその場所を何度も責めたてられて、俺は限界を超えてさらに精を吐かされた。それを残らず手で掬われて杯に集められ、プルケを混ぜられる。

「ハ……ッ、ッ、ハッ、ッ」

 ああ、すごい、きもちいい。きもちいい。

「……ッ、ハッ、アト、ラ……っ、アト……ラ……ッ」

 もっと、アトラ、もっと。
――――それがオマエの役目だろう。

「アトラ……ぁ……っ」

 ゆっくりと指が抜かれて、大きな手が俺の頬を撫でる。行き場のない疼きが身体の中で暴れて辛くて苦しくてたまらない。べたりと座ってみっともなく敷物に会陰を擦り付けながら涙を零す。すると優しく顔を持ち上げられて額と目蓋にそっと口づけられた。

「アトラ」

 たすけて、と言おうとした口をキスで塞がれる。
 そうだった。アトラはトナティルが決して言いそうにない言葉を俺が口走りそうになる度に口を塞いでくれていた。多分アトラは俺がトナティルじゃないと気づいてる。気づいてて、かばってくれている。
 アトラに口づけられると嬉しくて気持ちが良くて幸せになる。
 トナティルが笑っている。あと少し、あと少しだ、と。

 その日も俺は《夜の座》に行く。昨日までの不安や疲れは不思議と今は感じない。それより今は自分の中の変化に少しパニックになって、少しわくわくして、少しぼうっとしている。
 巨大な黒い石の鏡の前に、ターコイズと亜炭のタイルで飾られた頭蓋骨のマスクと三つの杯が並んでいる。そこにもう一つ、祭司長の手によって杯が並べられた。これであと三つ。あと三つ杯を捧げれば《最後の七日間》が成就する。
 あと少し、あと少しだ。俺は彼らの様子を見ながらわけもわからず興奮している。楽しみで、ワクワクしていて待ちきれない。これはきっとトナティルがそう感じているからだ。そんな彼と同化した俺にも彼の浮き立つ気持ちがありありと伝わって来る。
 あと少し、あと少し。

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