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 グルタの部屋はミシェラの部屋とは雲泥の差だった。広さも段違いながら、調度品も。本棚には本がびっしりと詰め込まれているし、敷き物はミシェラに出さえ高級品だとわかる織の複雑さと艶やかさだ。

 ベッドも広く、誰かの手が入っているのだろう、きれいに整えられていた。

 グルタは乱暴にミシェラをベッドに投げ捨てる。ひねられ続けていた腕が痛い。のろのろと上半身を起こすと、上機嫌なグルタがこちらを見ている。

 白いワンピースは何も守ってくれそうもない。

 ミシェラには全く自覚はなかったけれど、グルタはミシェラの細長い手足と儚げな外見が気に入っていると言っていた。
 何も嬉しくない褒め言葉を、グルタは気持ちが悪い視線とともに何度もミシェラに投げつけてきていた。

 そういう目線だと、知っていた。
 でもずっと気が付かないふりでやり過ごしてきていた。

 しかし、それも今日はもう無理だろう。

 生贄になるのが昨日なら良かった。
 これ以上嫌な目に合う前に。

 痛い目なら散々あってきた。なのに、更にこんな辱めまで受けるのかと絶望的な気持ちになる。

「良かったな、ミシェラ。今日は俺が可愛がってやるから喜べよ」
「……生贄になるなら、綺麗な身体の方がいいんじゃないかな」

 震える声で言った精いっぱいの抵抗を、グルタは笑い飛ばした。

「なんだミシェラ、そんな事を気にしていたのか。可愛いなあ」

 そう言って、ミシェラの白い髪の毛を掴む。乱暴なその仕草に、頭皮が痛い。

「こんな髪色してなけりゃ、俺の嫁になれたのにな」

 残念そうに言うけれど、そんな未来も全く望んでいない。何でも手に入る子供の、傲慢な考えを押し付けないでほしい。

 何にも持っていないミシェラは、身をよじってグルタから身体を遠ざける。その動きが不快だったのか、バシンとグルタはミシェラの頬を打った。

 簡単に行われる暴力に、ミシェラは自分の価値を存分に思い知る。

「なに抵抗してるんだよ。所詮生贄なんて魔力があればいいんだ、生きていれば関係ないんだからな」
 馬鹿だなあ、とこれから起こることを想像させるようにゆっくりとミシェラの髪の毛を上に持ち上げていく。
 ぎりぎりと髪の毛が鳴る。

 とっさに髪の毛を掴んで守るが、もう一度グルタはミシェラの頬を打った。
 圧倒的な強者の顔で。

 ミシェラは身体が震えるのを感じた。暴力には慣れているつもりだが、これから起こることが怖い。

 誰も助けてくれないのはもう知っているので、声をあげる事もなくただ震えるしかできない。
 こわくなって目をつむると、今度は目を開けるのがこわくなった。

 耳元で、グルタの声がした。

「まだ夜も早い。時間はたくさんあるな、ミシェラ」

 ぞっとする声に心臓の音が早くなり、耳元で大きくなり響く。
 急に優し気にゆっくりと肩を撫でる手が気持ち悪い。

 その動きにこれから起こることが想像され、恐怖に身体がこわばる。

 もう駄目だ。

 そう絶望した瞬間、ドアが開く大きな音がした。何が起きたのかわからない。

 それでも怖くて目を開けられないミシェラは、次の瞬間投げ飛ばされていた。

 ガシャンとけたたましい音を立て、ミシェラは食器棚にぶつかる。ミシェラがぶつかった食器棚からは皿が落ち、次々と割れる音がした。

 痛みを覚えて手を見れば、割れた皿で手を切ってしまったようで、赤く染まっている。
 肩も強く打ってしまったようで、痛い。

 それでも、気持ち悪い手が離れたことにほっとする。

「おやじ……どうして……」

 グルタの驚いた声がしてそちらを見ると、今まで見た事ない恐ろしい顔で村長がミシェラの事を見ていた。

「昼間は魔術師団にすり寄り、今度は俺の息子か……!」
「え……」

 どうしてここに、と思ったが近づいてきた村長におなかを蹴られ、それどころではなくなった。

「グルタ! お前もだ! いくらこの女が誘惑してきたところでお前がのってどうする! 今日は魔術師団が来ている重要な日だという事がわからないのか!」
「でも、親父……。そうだ、ミシェラがどうしても俺の部屋に泊めてくれって言うから、俺は……」
「そうだとしても、今日は駄目だ! 偶然お前と一緒にミシェラが歩いているのを見かけて良かった。今まで機会はたくさんあっただろうに、なぜ今なのだ。こんな女はいつでも好きにすれば良かったじゃないか」
「あんな薄汚い小屋でそんな気になれるかよ……」

 ミシェラの気持ちを全く無視して二人は言い合いをしている。

 誰がそんな男を誘うというのか。
 ミシェラの頬の赤さは目に入らないのか。

 疑問は次々と浮かぶが、結局諦めのため息が出ただけだった。

 とりあえず、助かった。

 村長の話しぶりからして、今日はもう襲われることはないだろう。
 これから暴力を受けるかもしれないけれど、グルタにされることを思えばまだまだましだった。

 二人の言い合いが終われば来るであろう痛みに備え、ミシェラは身体を丸めてうずくまり、目をつむった。

 早く朝になればいいのに。

 何故かハウリーの温かな手を思い出し、涙がにじんでくる。

 いくら痛くても、明日になれば。大丈夫。
 もうすぐ生贄になるから。大丈夫。
 酷い事があっても、暴力はもう知っている痛みだから、大丈夫。

 いつものように丸まっていれば、現実からは離れられる。
 そう繰り返していると、場違いにパンと手を叩く音が響いた。
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