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逃避へ

46.先輩の理解

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 ライガはヒロキとアランが連れている馬を見て、油断したと思った。



 騎士は全員遠くまで行っていると思ったからだ。

 確かにアシを信用しすぎるのはよくない。



 できれば戦うのは一人ずつといきたかったが、思い通りいかないのは分かっていた。



「ミラ。ポチと下がっていて…」

 ライガはかつての仲間を睨み、剣を掴み構えた。



「…ライガ、やっぱり本当にお宝様と…」

 アランは少し寂しそうな顔をしていた。



 その表情に罪悪感が無いわけではないが、今更何も言えない。



「ミラを連れ戻しに来たのか?それとも俺を殺しに来たのか?」

 ライガは必要以上にアランとヒロキを睨んだ。



 アシが言っていた、仲間がかなりキレているというのが引っかかったからだろう。



「ライガ、私を使って、そうすればこの人たちの口を割らせられる。」

 ミラはポチを引いたままライガに駆け寄った。



「いや、他の奴と違う。君にそんな危険な…」

 ライガは慌ててミラを抑えようとした。



「おい。イチャイチャ見せつけるなよ。…別に俺たちはそんなに怒っていない。」

 ヒロキは二人の様子を見て呆れたように言った。



「そ…そうだ。何なら、お宝様の目を見て訊いてもいいぞ。俺たちは殺しに来たわけじゃないんだ。ただ、何があったのか知りたいだけなんだ。」

 アランもヒロキに同意した。



「…というか、本当にラブラブなんだな…」

 アランはライガとミラを見て、少し切なそうに目を細めた。



「…なら、一体何を…?」

 ライガは剣を構えたまま二人を見た。



「アランは俺の護衛だ。俺はただ、お宝様と話したかったし、お前に頼みもある。」

 ヒロキはアランを顎で指した後、ミラとライガを見た。



「そ…そうだ。俺は団長からヒロキさんの守りと…お前と皇国の繋がりを確認しに来た。」

 アランは本当に強い敵意はないようで、変わらず寂しそうな顔をしている。



「…私と…?」

 ミラはヒロキを見て首を傾げた。



「ああ。たぶん俺はあんたと同じ境遇だったからな。」

 ヒロキはミラを見て優しく目を細めた。



「同じ境遇?」



「まあ、ここじゃ何だから少し奥に行こう。いつマルコムたちが戻ってくるかわからない。」

 ヒロキは辺りを見渡して言った。

 アランも同意していた。



「マルコムたち…?」

 ライガは、まるで自分達とは違うようないい方に引っかかった。



「ああ。ライガ、お前の裏切りでマルコムとミヤビは荒れている。正直、あの二人はお前らを殺しにかかってくるのが確実だ。だから、俺たちが先にお前等に接触することにした。」

 ヒロキは辺りを見渡して歩き始めた。



 滞在場所の小屋に案内すべきか迷ったが、アランとヒロキはどうやら小屋の場所を知ってから来たようで、二人を先頭で直ぐに小屋に着いた。



 ここまで来たら上げないわけにはいかないと思い、二人を小屋に上げた。



 月明かりが差す、今のような場所で、埃を被ったままの椅子を出した。

 埃を軽く払い二人に出した。



「悪いな。」

 ヒロキは警戒した様子も無く椅子に座った。

 アランは少し椅子を調べたが、ヒロキの様子を見て同じように座った。







 ヒロキはミラを見た。

「こうやって話すのは初めてだな。なるべくだけど、下手なことは俺に聞かないで欲しい。」

 ヒロキは優しくミラに言った。



 彼があまりに躊躇いなくミラの目を見るのにライガもアランもミラも驚いた。



「そんな顔するな。俺も結構傷つくんだからな。」

 ヒロキはライガたちの反応を見て寂しそうな顔をして笑った。



「あなたは、侍女たちからの話も聞いていますし、数少ない私の目を見て話してくれる騎士ですから覚えています。剣舞も綺麗でした。」

 ミラは好意的にヒロキに笑った。

 ライガに警戒しすぎないようにということを伝えたいようだ。



「お宝様もこう言っているから、ピリピリすんなよ。」

 ヒロキはライガが未だに剣に手を付けているのを見て言った。



「…」

 ライガは同じく警戒しているアランを見た。



「アランもだ。」

 ヒロキは横目でアランに釘をさすように言った。



「…ライガ。俺はお前に一言言ってもらえればよかったと思っている。」

 アランは寂しそうに言い、剣から手を外した。



 それを見て、ライガも手を剣から外した。



 アランの言葉は嬉しかったが、少しでもミラと逃げるのに障害になる可能性のあるものには言えなった。



「恨み言は後でいいだけ言ってやれ。」

 ヒロキはアランとライガを見て言った。



「ミラに何の話が?」

 ライガはヒロキを見て、言った。



 ヒロキは何をミラと話そうとしているのか、それは確かに気になった。

 彼のことだから、そんな悪いことではないと思うが、やはりなにか不安はあった。



「お宝様。外の世界に、出てどうだった?」

 ヒロキはミラに優しく問いかけた。



「え?…外の世界?」

 ミラは考えていなかったことを聞かれたようで少し戸惑っていた。



「王城の中だと見えない世界、本の中だけで見た世界、それが現実と重なった時…どうだった?」

 ヒロキはどこまでも優しくミラに問いかけた。



 ミラはヒロキの言葉を聞いて、嬉しそうにはにかんだ。

 正直、ライガは自分以外にこんな表情を見せられたヒロキに嫉妬した。



「…とても、綺麗だった。私、生きている気がした。やっと、ライガと同じ世界を見れて今はすごく幸せ。」

 ミラは純粋に嬉しそうに言った。



「よかった。俺は、あんたが連れ出されるのに反対じゃなかったんだ。どんな形であれ、俺はあんたには外を見て欲しかった。外を知らずにあんな汚いところにいるべきじゃないからな。」

 ヒロキはミラの様子を見て安心したように言った。



「あなた…私の気持ちが分かるのね。」

 ミラはヒロキの様子を見て訊いた。



「ああ。俺の場合は、少し違ったが、あんたと同じく俺も13歳まで外に出してもらえず過ごした。ライガには話したが、俺は一族の失脚で殺されるところを前団長とジンに助けられた。」

 ヒロキはライガを見て言った。

 彼の横のアランは初耳のようで驚いた顔をしている。



「…ジンって、団長さん?」

 ミラは首を傾げていた。



「ああ。初めて会った時はもっと小さかったが、俺もあんたと同じく、外の世界を知る手掛かりはジンだけだった。」

 ヒロキは懐かしそうだが、悲しそうに笑って言った。



「一族の失脚と言っていたけれど、どこの地域の…」

 ミラは頭の中の地図と少しだけの政治的な知識を駆使してヒロキの一族を考えているようだ。



「俺の父親は、皇国の前大臣だ。」

 ヒロキはミラの目を見て言った。

 横にいたアランが立ち上がった。

「皇国の?」

 ひっくり返るほどの声でアランは言った。



「ああ。ジンは知っている。」

 ヒロキは横のアランを見て短く言った。



「何度も言うが、俺は皇国に何もない。今更、思いも何もない。手を引かれて逃げ出した時点で俺は皇国とは無関係だ。」

 ヒロキはミラを見て言った。



「ヒロキさんは知っているんですか?父さんが、どうして皇国に来たか…」

 ライガはミラの横に座り、ヒロキを見た。



「俺は教えてもらえなかった。こう見えても俺はかなり過保護に育てられた。政治や汚いものは一切見せてもらえなかった。…ただ、ジンは知っている。」

 ヒロキは目を伏せて言った。



「…あなた、鑑目との接し方、上手ね。」

 ミラはヒロキを見て言った。



「まあな。ジンと俺は一族に結構接している方だからな。」

 ヒロキは俯いたまま言い、顔を上げた。



「お宝様。手を引かれて逃げ出した時点で、あんたは一族も帝国も捨てたんだ。ライガもだ。そんな奴らが、俺は政治に使われるべきではないと思う。」

 ヒロキはライガとミラ両方を見て言った。



「…それ、俺は帝国も騎士団も…ですよね。」

 ライガは少し寂しい気持ちになった。だが、今更のことだった。



「そうだ。全ての未練を断ち切って…帝国から自由になるんだ。」

 ヒロキはミラを見て、訴えるように必死な様子で言った。



「…あなたもそうだから?…私にとっての帝国と一族が、あなたにとっての皇国と…」

 ミラはヒロキを見て訊いた。

 正直、ミラがライガ以外とここまで対等な会話をするのは珍しい。



「…そうだ。」

 ヒロキは少し苦い顔をしたが、頷いた。



 アランは何やら思い当たりがあるのか、少し思いつめた顔でヒロキを見た。



「教えてくれませんか?…俺たちが逃げるために、騎士団のことや追跡のこと…」

 ライガはヒロキとアランを見て訊いた。



 アランは少し戸惑ったが、ヒロキは力強く頷いた。

「ああ。」



 二人は今の騎士団の状況と、精鋭たちのことを話した。

 新団長にアレックスが指名され、彼は帝都に残ったこと。

 リランが乱入者を追跡しているようだが、どうやらダミーを掴まされたようなこと。

 ジンとヒロキが騎士団を退くこと。

 マルコムとミヤビが抑えられないほど怒っており、サンズがお守として付いていること。



「…正直あの二人が怒るのは深く考えていなかった。」

 ライガはミヤビとマルコムの顔を思い浮かべた。



「たぶんだけど、俺もリランはそこまで怒っていないんだ。いや、怒ってはいるけど、寂しいよ。言ってくれれば俺たちは力になった。」

 アランは確信を持って言った。



「俺は、ミラのことしか考えていなかった。あの式典の後のことを知ると…少しでも確実に逃げるのが、一番だった。」



 ライガはミラの目を潰す話を、初めてミラにもした。

 あの盛大な催し物はミラの目を潰す前の、最後の光景として行う祭りのようなものであることを。



「え?」

 ミラは驚いて、今更ながら恐怖を覚えたのかライガの手を握った。



「そんなことが?」

 アランも初耳で、王族に対する苛立ちというべきか、怒りのようなものを見せた。



「本当だ。」

 ヒロキは知っていたようで、低い声で言った。



「少しでも、ミラに憂いを覚えさせることは教えたくなかったけど、アラン達に話して君に知らせないのは嫌だったから…」

 ライガはミラに握られた手を握り返した。



「気にしないで…でも、ありがとう。」

 ミラは嬉しそうにライガを見て微笑んだ。



「それも言ってくれれば…俺たちは間違いなく力になったのに…ライガ。」

 アランはただ、悲しそうにライガを見ていた。



「…ありがとう。今でも、それを聞けて良かった。」

 ライガは本当にアランに対して、感謝した。

 今更だが、言わなかったことに後悔をした。



「さて、まだ俺はお前に用が残っている。」

 ヒロキは表情を変えてライガを見た。



「…はい」

 ライガは彼の表情の変化に、気を引き締めた。



 ヒロキは椅子から立ち上がり、ライガを見下ろした。



 そして、剣に手をかけた。

「ライガ。…お前、俺と闘え。」

 ヒロキはライガを鋭く見て言った。



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