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5章【そんなに好きにさせないで】
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しおりを挟むマスターが喫茶店へ移動した後、ツカサがカナタを迎えに来る。
それまで、カナタは着替えを済ませて部屋で待っていなくてはならない。
それこそが本日、デートをするための最低ミッションだ。
よく眠れたのか、今朝のツカサは一段と清々しく、そして晴れ晴れとした顔でカナタを見つめていた。
『マスターが出て行ったら、迎えに来るから。それまで、部屋からは絶対に出ちゃダメだよ?』
未だにカナタは、ツカサ以外の誰かに自分の好きなものを打ち明けられていない。
そして未だに、カナタはマスターにすら打ち明ける勇気を持てていなかった。
今日のデートは、カナタが好きな可愛い服を着る。
……つまり、女物の服だ。
いくら【女装】ではなく【可愛い服を身に纏うこと】が本命だとしても、周りから見れば十分な女装癖だろう。
そうと分かっているツカサは、カナタの唯一にして最大の不安を払拭するため、一時的に別行動を取っているのだ。
着替えを終えたカナタは一度、姿見の前に立った。
そのまま、ポツリと呟く。
「オレ、本当にこの服で町を歩くのかな」
自分の姿を見下ろしながら、カナタは思わずため息を吐いた。
白いブラウスと、胸元を飾る赤く細いリボン。
黒いスカートは膝下まであり、極力肌を露出しないよう、二―ソックスを穿いている。
視界に映っているのは、女装をした自分の姿。
カナタは頭を抱えて、姿見の前で悶え始める。
「今までは一人で楽しんでいただけなのに、ヤッパリいきなり外なんてハードルが高すぎるっ!」
結局のところ、カナタは一度も女装姿を他人へ披露したことがなかった。
それは当然、ツカサにもだ。
この、二ヶ月。
ツカサはカナタの女装癖を知ってはいたものの、着せようとはしなかった。
……いつも、着替えようとする段階で情事へと発展したからだ。
つまり、今回はなにもかもが初めてのパターン。
カナタがこうして、第三者からは必要以上と思われるほど緊張するのも、無理はないだろう。
「どっ、どうしよう、どうしよう。ヤッパリ、普段着に着替えようかな? 今ならまだ、間に合う……よ、ね?」
カナタは急いで着替え直そうと、別の服を探す。
最悪、ツカサには『しばらく着ていない間に太ったみたいで、サイズが合わなかった』とでも言おう。
そんな言い訳を考えながら、カナタは適当な服を探す。
──しかし。
「──カナちゃん、入るね~!」
「──うわぁ!」
──僅かばかり、踏ん切りを付けるのが遅かった。
ツカサがノックもせず、カナタの部屋へ入って来たのだ。
カナタは慌てて、扉の方へ目を向けた。
「なっ、なんで……っ? いっ、いつも、ノックしてくれるのに……っ!」
「なんか、一秒でも遅れたら負けな気がしたんだよねぇ」
ツカサの視線が、カナタの手へと注がれる。
「ホラ、ヤッパリ」
カナタの両手には、新たに着替えようと思っていた男物の服が握られていた。
すぐにツカサは、クローゼットの前に立ち尽くすカナタへ近寄る。
ツカサはカナタの手にある服を見た後、ニッコリと微笑む。
「カナちゃん? 今日は女の子の服を着て、俺とデートをしてくれるって約束したよね? なのに、その服はいったいなにかなぁ?」
ツカサは、笑顔だ。
だがその表情には、どう見ても【解放】の二文字はなかった。
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