上 下
38 / 84
4話・すれ違うのが好き

5

しおりを挟む



 翌日。
 金曜日の、朝。
 いつも通り徹の家の前で、徹を待つ。

 すると数分後、トーストをくわえた徹が出てきた。


「おまたへっ!」


 ネクタイはグチャグチャ。

 朝食は途中。

 オマケにズボンのチャックは今上げた。

 髪……は、いつもと同じく寝癖つき。

 明らかな、寝坊だ。


「おはよう徹。……ネクタイ、やろうか?」
「んむっ、んぐっ! ぶはっ、頼む、真ふ――って、真冬? どうした?」


 徹のネクタイに伸ばした手が、ビクッと一瞬、はねる。


「首、怪我したのか? あと何か……顔、ちょっと腫れてね?」


 トーストを無理矢理飲み込んだ徹が、心配そうに俺を見下ろす。
 その目は、温かい。

 だけど俺は、必死に考えていた言い訳を紡いだ。


「き、のうさ! 旧体育倉庫の掃除、頼まれたんだけど……信じられないくらい汚かったんだ! いきなり棚から用具が落ちてきたりして……たぶん、そのときの傷だと思う!」


 ヘラヘラと笑って、徹の疑問に答える。
 ネクタイをしっかり縛り、距離をとった。


「ふーん?」


 口の端についていたパンくずを指で拭った徹が、ジッと俺を見下ろす。


「……じゃあ、信じるわ!」


 クシャクシャっと。
 俺の頭を豪快に撫でて、徹は歩き出した。


(ごめん、徹)


 徹は、優しい。
 こんなにも、優しいんだ。


(嘘吐いて、ごめん……)


 だからこそ、言えなかった。





 放課後になって、俺はあることに気付いた。


(今日、金曜日じゃん……っ!)


 今日は、金曜日。
 つまり、高遠原の家に泊まる日。


(どうしよう……っ)


 生徒玄関で高遠原を待ちながら、俺はグルグルと……高遠原から逃げる方法を考える。

 金曜日はいつも、ここで高遠原を待つ。それが、いつの間にか恒例になってしまった。

 いつも、高遠原は俺を待たせる。今だって、まだ来ていない。おそらく、女子にでも捕まっているのだろう。

 逃げたい理由……それは、俺の体だ。
 今の俺は……体中に、キスマークがある。昨日の夜風呂場で確認して、ガッカリしたくらいだ。

 こんな体で、アイツとヤるなんて。


(『今日は無理だ』って、メールでもしよう)


 携帯を取り出して、ハッと気づく。


(俺……高遠原の連絡先なんて、知らない……)


 今まで散々、高遠原を避けていたのだ。
 そんな俺が、高遠原の連絡先を知っているはずがない。

 どうするべきか悩んでいると、目的の人物が視界に入った。


「……よう、諸星」


 取り巻きたちをつれた、高遠原だ。


「あ……っ」


 取り巻きたちや、高遠原の視線がどこに向けられているのか、意外と分かり易い。

 俺の、首筋だ。


「……行くぞ」


 靴を履き替えた高遠原はそう言い、女子たちに軽い挨拶だけをして、歩き出した。


(何とも、思ってない……のか?)


 それも、そうか。

 俺の首に絆創膏が貼ってあっても、高遠原には関係ない。


(コイツ、俺に嫌がらせするのが趣味みたいな奴だもんな……)


 だったら、俺の怪我とか気にしないだろうし……最悪、喜びそうだ。
 そんな簡単なことに、何で気付かなかったんだろう。

 俺たちは、セフレみたいなもので。ヤれれば、それでいい。

 なのに、何で、俺は……。


(『心配されるかも』とか『怒るかも』って、考えたんだろうな……)


 分かり切っていた現実を突きつけられただけなのに。
 何故か、すごく。

 ――悲しかった。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,583pt お気に入り:91

新しい人生を貴方と

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:1,378

鬼に真珠

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

異世界迷宮のスナイパー《転生弓士》アルファ版

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:584

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,160pt お気に入り:139

処理中です...