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憂鬱な夜会

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「ミュリエルお嬢様、夜会で着ていく衣装が出来あがりました」

侍女マリベルの右手のひらが衣装のほうへ差し出された

オフショルダータイプのドレスは薄い水色が下にむかって
青くグラデーションされた美しいドレスだった

デザインを口頭で伝えただけだったので不安だったけど、ほぼ注文通りで
落ち着いていて好みだった

よかったフワフワフリフリではなくて

夜会を一週間後に控えた夜

ミュリエルは大きな月が浮かぶ夜空を見上げていた
自分が死んで生まれ変わってからもう16年

団長は48歳くらいかな?
元気かな、もうすぐ入団試験だ

アレンだった記憶を持つ自分をアレンだとわかってもらうつもりはない
いまの自分で精一杯で彼の役に立つ

男であったアレンのレアードへの憧れはミュリエルの中で
初恋のような感情になっていたのかもしれない。

「早く会いたいな」

ミュリエルの願いは月が陰った暗い夜空に吸い込まれていった。



王城を囲む城壁に手を当ててフードを被った男が佇む。
壁に向かって手を伸ばした男が魔法陣を展開した

魔法の効果はその魔法をかけた者よりも魔力の強い者によって
打ち消したり上書きしたりできる。

城壁には王国の魔法士がかけた侵入者を弾く結界が何重にもかけてある
にもかかわらず、フードの男はその結界の一部、
人一人が通れる範囲を次々と壊していった

最後の結界が音もなく弾けるとフードの中の口もとがにやりと上がる

「明日はとても楽しいパーティになりそうだ」

壁の一部が砂のように崩れる
男は周りを見渡すとそこに視覚を惑わす魔法を展開する

崩れた壁はまるで何事もなかったようにそこにある
男は壁に吸い込まれるように、そこを通り抜けていった


一夜明け
朝食を取ったミュリエルは集まった侍女に取り囲まれていた

「お嬢様、お支度を」

「え?まだ朝だよ?今から剣術の稽古を、、、。」

「だめです、午前中は入浴とマッサージ、
肌の手入れと午後からは軽く軽食を取った後
ドレスの最終調整と髪を整えてお化粧、
夕方馬車に乗り込むまでお屋敷にて待機です!」

「そんな、、、」

ガシっと侍女マリベルと他の侍女に腕を掴まれ、逃げられないと悟った

朝食を終えた母エミリアが通りかかるとニコニコ微笑む

「支度ができたら見にいくわね」

「はい」

母には逆らえないのだ

先程聞かされた支度内容を自分に施していく侍女達はイキイキしている

「お嬢様をこれほど本格的に磨き上げることができるなんて」

マリベルは嬉しそうだった

「お嬢様はエミリアさまに似てお美しいく可愛らしいのですから
普段からあまり着飾らないのがもったいないのです」

最後に唇に髪色に似た艶やかなピンク色のリップを塗られると
そこには見たこともないような美しい美少女が鏡に写っていた

「お美しいです」

周りの侍女達は満足げだ

「おお、すごいキレイになった」
ミュリエルの人ごとのような感想にマリベルは笑う
普段の自分より5割増ぐらいご令嬢らしい


やはりミュリエルも女性、キレイにしてもらって嬉しい

「みんなありがとう、お母様に見せてくる」

そこでちょうど扉が開く

「そろそろ支度は済んだか?」

エスコート役の兄ランディと母エミリアが部屋に入ってきた

「まあ、とってもいいじゃないミュリエルとってもキレイよ」

母は今まで見たことないほど喜んでいる

「おお、そのまま黙っていれば完璧なご令嬢だな!」

兄も一応褒めている

褒められたら嬉しい、これを乗り切れば騎士団入団!だし

「いってらっしゃい、いい男を捕まえていらっしゃいね」

母は恋愛結婚だったのでミュリエルにも好きな相手を
自ら見つけてもらいたいようだった

兄にも同じように恋愛をしてほしいと思いを伝えているという
ミュリエルは兄の手をとって馬車に乗り込み憂鬱な舞踏会へ赴いていった

会場は王城の中の大広間だ
入り口では招待客のチェックが厳重に行なわれ
ミュリエルとランディも中へ入っていく

所々に団服を着た騎士がちらほら見えた
赤の団服を着た騎士が広間の警備をしている

青の騎士はこういう場では会場の外を見回っていたことを思い出す

会場に着くと二人に視線が集中した

兄はしれっと優雅にミュリエルをエスコートしている

「お兄様、ご令嬢方がお兄様を恋する目でみているよ」

「お互い様だろ、令息達もおまえを見ているじゃないか」

21歳になる兄はこういう会は手慣れているようだ

兄は父に似て背の高い整った容姿で、すでに王都で優良物件扱いだと
噂されているそうだ

しかしミュリエルは初めての夜会、
緊張してきた
兄にくっついていよう

ミュリエルを初めて見る招待客達はどこのご令嬢かとか、美しいとか、
ざわついている様子だ

しかし
本人はまさか自分が噂されているとは思いもよらず前だけ見ていた

ランディは硬くなっている妹の緊張を解そうと口を開く

「そういえば、入団試験はあと一ヶ月か、本当に青の団を受けるのか?」

「ええ、今夜が終われば!あと一か月後が試験なの、待ち遠しい」

騎士団の話になると夜会のことより騎士団の話に意識が向いたせいか
ニコニコと微笑むミュリエルの笑顔に男たちが釣れていく様を見て
ランディはやれやれとため息を吐く

「妹よ、おまえのことは心配していないが、
今日一日は淑やかに、大人しくやり過ごしてくれよ」

「わかっているわ、お淑やかに、ね」

つつがなく主催者の王族に挨拶をし、
母に習った方法で気乗りしない令息達の誘いを断り兄とダンスを踊る。
一息ついたところで、会場の一人に目が止まった

まだ若い黒い髪の青年だ
背が高く、紺色の衣装がとても似合っている。

彼の纒う雰囲気が誰かに似ている気がした
前世でも知らない顔だ

横にいる兄に少し休んでくると側を離れると
彼の進む方へゆっくりと進んでいった

彼は会場の外に出て、庭園の方へ歩いていく

城の外にある庭園は月明かりに照らされた色とりどりの薔薇が夜でも美しい
会場の熱気と違って外の空気が気持ちいい

ふうと深呼吸をしていたら
いつのまにか彼を見失っていた

少し冷たい空気が精神をクリアにしていく

魔力の強いミュリエルは魔力に敏感だ

そして滲む殺気
よくないものが入り込んでいるなと魔力の残滓を追って目線をそちらに向けたとき

茂みの向こうに青い団服がチラッと見えた

近づくと二人騎士が倒れている
城内の警備をしていたのだろう

首筋に手を当てるとトクトクと脈動が伝わった

「よかった生きてる」

見ると魔法で攻撃されたのだろう
一人は背中が魔法による衝撃で軽い火傷のように爛れていた
一人は頭から血を流している

ミュリエルは背中の傷に手を当てて癒しの魔法陣を展開し発動を確認しつつ
頭から血を流していた騎士の頭をゆっくり持ち上げ、自分の膝に乗せた
衝撃で頭を打ったみたいだ
意識は無いが息はある

そして顔を見て、息を呑んだ

震える手で前髪をそっと避け、傷に癒す魔法をかける

「、、ライアン、、、。」

アレンがあった時彼はまだ5歳だった団長の末の息子
ミュリエルとは前に団長の邸宅の前で少し話しただけだった

傷は浅いようだったが頭は何かあってはいけない、
慎重に治療魔法を当てていった




額が温かい、、、。

ライアンがまぶたを開けると天使のような少女が目を閉じて自分の額に
手を当てている

見下げるような格好、そして後頭部が柔らかい

膝枕で
手当を

受けている?

夢心地で美しい少女の顔を見つめていた

治療が終わり、集中していた少女の瞳がゆっくり開く
まるでハチミツのような琥珀色の瞳

自宅の前であった令嬢もこんな綺麗な琥珀色の瞳だった

「気がつきました?」

ゆっくり起き上がる
ハッとしてもう一人の相棒を探すと、すぐそばに横たわっていた

背中の傷が少しづつ、魔法陣によって治療されていく

「確か、、ミュリエル・ライランド伯爵令嬢」

彼女たち家族はここ最近有名だった

見目麗しい母と子供達が最近、離れた領地から引っ越してきたと

あの日出会った令嬢がライランド伯爵のご令嬢だったと
自己紹介を受けたことを思い出す

「はい、庭園を散策していたら、倒れている二人を見つけ、
治療魔法をかけさせていただきました、
勝手をして申し訳ありません」

「いえ、ありがとうございました、こんな高度な癒しの魔法を使えるなんて」

「魔法は得意なんです、けれど私は騎士になりたいので、内緒でお願いします」
フフっと人差し指を口元にあて美少女は微笑んだ


程なくしてもう一人の傷もキレイに塞がった
もう一人の騎士も意識を取り戻したので

「二人はどうして怪我を」
ミュリエルが言うと

二人はハッと立ち上がる

「このお礼は後日、我々は賊を追わなければ、
ライランド伯爵令嬢も会場へお戻りください」

「はい、お気をつけて」

二人の背中を見送って、ミュリエルはゆっくりと振り向く

そこには壊れた壁にそれを隠す擬態魔法がかけてあった

ここから侵入した者は魔法使いか
この城の壁には王国の魔法士達が結界を何重にもかけている

がそこには人一人通れるくらい結界が壊され、壁が壊されているというのに

見た目は壊れていない完璧な壁が魔法で偽装されていた

侵入者は王国の魔法士以上の力を持っている

すでに殺気は感じられない。
どこかへ行ってしまった後のようだ

ミュリエルは擬態魔法の残滓を追って歩き出した

薔薇の匂いがする道を会場に向かって歩いている
侵入者は会場か

もし誰かが狙われているとしたら王族の誰かか、いやそうとは限らない
魔力は強く感じない、しかし残滓を少し感じる

会場の招待客にまぎれて、、、?

少し急足で庭園を走った、しかし靴踵が高くて走りづらい、
そして治療に魔力を消費したためか少しふらついた

土に踵が食い込んだ

「あっ」

前のめりに倒れて、、
地面に激突
しなかった

誰かの腕がウエストに巻き付いている
後ろから抱き抱えられ、転ばずに済んだ

振り返るとそこにはさっきまで追いかけていた黒い髪の青年がいた

「すまない、とっさに手を」

抱き寄せられて体を真っ直ぐ下ろされた

「ありがとうございます、助かりました、急いでおりますのでこれで」

慌てて、会場を目指そうとしたが手首を掴まれた

「血が出てる」

青年はミュリエルの手にはめられた手袋の指先についた血を見た

それは、さっきライアンの傷の治療の時についたものだった

「平気です、これはさっき、、、」

その時、会場から悲鳴が上がった
大勢の悲鳴が広がっていく

瞬間、魔力が広がりをあちらこちらから感じ、火の手が飛び交う
誰かが炎を操っているようだ、生き物のように火が蠢いている

きっと侵入者の魔法使いの仕業だ

会場から人々がなだれ出て
赤の団服をきた騎士が招待客を誘導してみんなが外に出てきた

人混みに飲まれそうになったところをさっきの青年が庇うように抱き寄せて
飛び下がる。人一人抱えて身軽な動きについていけず、
慌てて彼の首に手を回して落ちないように抱きついた

火の手が薔薇に飛び移る

そこへ、ミュリエルの名を呼ぶ兄の声が聞こえた

「お兄様、ここです」

ランディはミュリエルを見つけるとこちらに駆けてきた

「一体何が、」ミュリエルが言うとランディがそれに応えた

「会場に黒いローブの男が現れて、王太子に火を放ったんだ」

「それで?」

「青の騎士の副団長が庇って火傷を負ったようだ、王太子は無事だ」

「副団長?」

ミュリエルはまさかと、息を呑む
嫌な予感がよぎった

「アルディン副団長が?」
黒髪の青年が副団長の名を口にした
ランディはミュリエルを抱き抱える男を見やる

「彼は?」

黒髪の青年はミュリエルを下ろすと

「ウルド・スティアードと言います招待客です」

「彼は私を助けてくれて」

「そうか、妹を助けてくれてありがとう」

「いえ、ではこれで失礼」

混乱していたその場に消えるように去っていく

ウルド、、、やっぱり知らない
ウエストのあたりに手をおき、ミュリエルは既視感を覚えた

しかしそれどころではない
ミュリエルは庭園のそばにある噴水に走ると水の中に手を突っ込む
水の中で魔法陣を幾つも展開するとまるで生き物のように水がうねり
四方へ飛び散る

「炎を喰らい尽くせ」
ミュリエルが命じると

魔力の強い炎で作られた火の手が、より強力な水の蛇に食い尽くされていく
ミュリエルは自動発動させた水の中を会場に向かって進んでいく

「お兄様、ついてきて」

ランディはやれやれと自らも水の剣を手に発動させると
周りの火の手を切り伏せていく

ミュリエルに走る火の手はその身に届くこともなく蒸発していった

我が妹ながら頼もしずぎると、そして
お淑やかにはやはり無理そうだと思いランディはミュリエルの後を追った

会場には火に囲まれていた、照明は破壊され、
薄暗い、暗い中炎の色と影がゆらめいていた

中央の王族を白の騎士達が囲み倒れた赤と青の騎士、
周りには炎がぐるりと取り巻いていて逃げることが出来なかった数人の招待客
そして炎の外に黒いフードの男が立っていた

琥珀の瞳にうつったのはさっき治療したのに、酷い火傷を負ったライアン
彼は囲まれた炎の中に倒れている

アレンは自分の大事な者達が傷つけられることが許せない

もちろんミュリエルも

彼は団長の大事な家族
琥珀の瞳が怒りでより濃く輝いた

そしてミュリエルの魔力が膨れ上がる
その異様な魔力に

フードの男が気づいてこちらを見た
その瞬間

フードの男の足元に魔法陣が浮かびそれを見た男が驚愕した
コレは対象の動きを封じる魔法陣

「お兄様!」

「おう」

兄は身体強化の魔法を自らかけると飛び上がり
そのまま剣を動かない男に振り下ろす

鋭い水の刃が男の右腕を切り落とし、左足を切り裂いた
そのまま崩れ落ちるフードの男は動くことができない。
声も上げることができない

シンと静まる会場は炎の弾ける音と王太子の息を呑む音がするだけだった

一瞬で切り伏せられた賊のその
鋭い眼差しは炎に照らされた金の髪色の少女に向けられた

本当はピンクゴールドの髪だったが炎に照らされ金のようにも
赤く燃える炎のようにも見えた
目だけ

口も腕も足も動かないのだ

この少女の魔法陣の魔法によって動きを封じられ
動かすことができない

この俺がと
信じられないものを見るような視線を向けている

琥珀色の瞳は冷たい視線でソレをあしらうとコツコツと男の横を歩いていく

王族とライアンを囲んでいた炎はいつのまにか消えていた
炎が消えると一層薄暗くなる

ミュリエルはライアンのそばに膝をつく
王太子を庇ったのか顔と胸から腹あたりまで火傷がひどい
息も絶え絶えだった

ミュリエルは一瞬で覚悟を決めて
ライアンの胸に癒す魔法陣を展開する

同時に顔に手を当てて一気に魔力を注いでいく

そこにいた王族と護衛の騎士、そしてフードの男は信じられないものを見た
まるで伝説の聖女のような癒しの奇跡が目の前で繰り広げられる

眩く光り輝く白い光が眩しすぎて目を開けていられないくらいの光
それがだんだん小さくなっていくと同時に
ライアンの顔の火傷がみるみる治っていく
体の火傷もゆっくり癒されていった

光が収まると薄暗い闇が戻ってくる、チロチロと端で燃える炎が微かな灯り

ごっそり魔力が消費し、ミュリエルの力が抜けていくと体がふらりと揺れた

ランディはハッと我に帰ると急いで妹の体を抱きとめる

肩に担ぎ上げ、失礼しました。と一言言うと
脱兎の如く逃げ出した

「え?待て!」

王太子に呼び止められたような気がしたが
ランディは走り去る

誰もが我にかえったように、それまで放心状態だった

今が逃げ時
妹がこんな状態では言い訳も難しい。

すぐに意識がなくなるに違いない

背中に妹を担ぎ高速で逃げた兄に
ミュリエルは
「ごめんねお兄様」

というと意識を手放した

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