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第二幕〈再会〉
春の嵐 10.5
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夕食後の入浴も終え、私室に戻ったところで背中から抱きしめられた。
何となくそうくるだろうという予感のあったレスタは、声もひそめず笑いだした。
「…おい」
色気ねぇな、と腐るクラウドにも普段のような色気は感じないが、とりあえずレスタはその腕を宥めるようにぽんと叩いた。
「ていうか、おまえ城代に何か言った?」
「何ってなにを」
「…、いや。…べつに」
はぐらかす必要もないのだし、どうやらクラウドが示唆したものではないらしい。――ということは、これは己に原因があるようだ。とレスタは妙に冷静に判断した。
そもそも初見の日から、城代のクラウドに対する信頼はかなり厚かった。
いまでこそレスタの執事を務める親代わりの城代だが、かつては王室警護の全指揮を双肩に担ったほどの老練な人物だ。
クラウドの威風にも感心こそすれ怯むことなどなかったが、気性も人となりも知り尽くしたような古い付き合いの相手ならまだしも、見知って間もないこの男に全幅と言っていいほどの信頼を置くというのは、ふつうでは考えられないと思う。
(…何度かおまえの話をしたかな。…したような気もするけどな)
だとしたら、城代のクラウドに対する信頼の厚さは、そのままレスタに対する信頼の厚さだ。
だからこそ誰よりも厳正な眼で当のクラウドを見分けただろうに。
――納得して、理解したんだろうか。
こんなにも自分勝手で横暴な、本気で誰かに頭をさげるなんて生まれてこのかた一度だってしたことのなさそうな、不遜きわまりない男のことを。
「…相応しいものを見抜くってよ」
「……誰が」
ゆるやかとは言いがたい、少し性急さの混じる手のひらがレスタの下肢へ伝い降りた。
入浴後の夜着に着替えをすませたふたりの身体は、纏う衣の柔らかさが互いの隔たりを昼間より薄くしている。クラウドが腿の内側へと膝を割り込ませただけで、布越しに伝わるその体温をやけになまめかしく感じてしまった。
「…城代が、おまえを…、」
「…あとでいい」
もういちどレスタの下肢を撫であげたクラウドは、そうすることで邪魔な言葉を遮った。
そのまま少し強引に夜着の裾をたくしあげ、直接内腿へと指を這わせはじめる。
無意識に逃げを打つレスタの背中を何度も引き戻し、懐の中に閉じ込めたままかれを手のひらに握り込んだ。
「…っ、」
ゆるゆると擦りあげる刺激を送るたび、レスタが堪えるように小さく首をすくめる。
背中から抱きしめる腕を振りほどきたいのに、身を捩ることもできなくて焦れったい、そんな気配が見てとれた。
むろん抵抗したいわけもない。ただ同じようにレスタもクラウドを抱きしめたいだけだ。
それなのにこんなふうに背中から懐に閉じ込められている状態では、レスタはクラウドの顔を見ることすら儘ならない。それが焦れったい。
「…、ん……」
熱を帯びたレスタのものが指先の愛撫に芯を持ち、やがてクラウドの手の中で震えながら欲情を示しはじめた。
「…っ、…クラウド、…」
替えたばかりの白い吊り布がほどけたところで、レスタは思わず肩の上へと右手を伸ばした。うなじに触れるクラウドの吐息をこちにら引き寄せたかった。
「馬鹿おまえ、右手…」
手首は動かせないように添え木で固定してあるが、不用意に力を籠めればよけいな負荷になりかねない。クラウドは包帯につつまれたレスタの右腕を制すると、やんわりと下に降ろしてやりながら身体の向きを正面に変えた。
それでようやくレスタはクラウドの顔を、眸を、見ることができた。
両腕でこの男を抱きしめることはまだ難しいが、間近な黒髪を引き寄せるようにしてレスタはクラウドの唇に触れた。
応えたクラウドは誘うようにかれの唇をひらかせ、見え隠れする甘い舌を吸いあげた。
「レスタ…」
囁きを合図にして、レスタの身体を寝室へと運び込んだ。
最初の夜から、いつだって昂ぶる感情は抑えをなくしてレスタを欲した。
何度かれの腰を思うまま揺さぶり、何度その身の奥へ熱い欲望をそそぎ込みたいと思ったかしれない。
隠れた膚のすべてにくちづけを降らせ、しなやかな身体を眼下にあばいて、己の痕跡と所有の証をレスタの全身に刻みつけることを望んでいた。
したたる欲望を溢れさせるクラウドの凶器は、レスタをまえに獰猛に息づいている。
なのに現実のクラウドはというと、最初の夜も、二度目の翌日も、そのあとも、そして今夜も。
自分でも苦笑が浮かぶほど甘く濃密な愛撫と、手順をふまえた丁寧な前戯に時間をかけた。そして最後の最後にほんの少し、理性を保ちつづけた自分への褒美のように、レスタのなかへ昂ぶる己を埋め、騒ぎ立てる欲望を堪えて吐精した。
自制をなくさないよう浅く穿つのも、緩やかな抽挿に終始するのも、すべてはレスタの怪我に配慮したものだ。
クラウドにとってレスタの怪我は自制になった。
それでも身体は満たされたし、心はもっと潤沢に潤った。湧水のように満たしてくれた。
そこには欲望以上のものが息づいている。言葉にすれば簡単なことだ。
ただ、好きでどうしようもない。
こんなにも、心だけではどうにもならないほどに。
だから相応しいというなら、どちらにとってもこれ以上相応しいものもない。
同じように求めて、同じように与えて、同じように応えることが出来る。たったそれだけのことがどれほど奇跡に近いことか、レスタの最も身近にいる大人がそれを自分たちから正しく感じとったことを、クラウドはめずらしくとても有り難いと思った。
きっとレスタもそう思ったから、クラウドに城代の言葉を話して聞かせようとしたんだろう。
背中の龍神には決して抱かないクラウドの感謝のひとかけらは、そうしてまったくべつの人物へと向けられることになった。
果たしてレスタへの親愛をありありと示した龍神は、そんなクラウドにとって最大の理解者などではなく、いちいちレスタの気を惹くうるさい邪魔者なのかもしれない。
いずれにせよレスタには頭の痛くなるような甘い話だ。
何となくそうくるだろうという予感のあったレスタは、声もひそめず笑いだした。
「…おい」
色気ねぇな、と腐るクラウドにも普段のような色気は感じないが、とりあえずレスタはその腕を宥めるようにぽんと叩いた。
「ていうか、おまえ城代に何か言った?」
「何ってなにを」
「…、いや。…べつに」
はぐらかす必要もないのだし、どうやらクラウドが示唆したものではないらしい。――ということは、これは己に原因があるようだ。とレスタは妙に冷静に判断した。
そもそも初見の日から、城代のクラウドに対する信頼はかなり厚かった。
いまでこそレスタの執事を務める親代わりの城代だが、かつては王室警護の全指揮を双肩に担ったほどの老練な人物だ。
クラウドの威風にも感心こそすれ怯むことなどなかったが、気性も人となりも知り尽くしたような古い付き合いの相手ならまだしも、見知って間もないこの男に全幅と言っていいほどの信頼を置くというのは、ふつうでは考えられないと思う。
(…何度かおまえの話をしたかな。…したような気もするけどな)
だとしたら、城代のクラウドに対する信頼の厚さは、そのままレスタに対する信頼の厚さだ。
だからこそ誰よりも厳正な眼で当のクラウドを見分けただろうに。
――納得して、理解したんだろうか。
こんなにも自分勝手で横暴な、本気で誰かに頭をさげるなんて生まれてこのかた一度だってしたことのなさそうな、不遜きわまりない男のことを。
「…相応しいものを見抜くってよ」
「……誰が」
ゆるやかとは言いがたい、少し性急さの混じる手のひらがレスタの下肢へ伝い降りた。
入浴後の夜着に着替えをすませたふたりの身体は、纏う衣の柔らかさが互いの隔たりを昼間より薄くしている。クラウドが腿の内側へと膝を割り込ませただけで、布越しに伝わるその体温をやけになまめかしく感じてしまった。
「…城代が、おまえを…、」
「…あとでいい」
もういちどレスタの下肢を撫であげたクラウドは、そうすることで邪魔な言葉を遮った。
そのまま少し強引に夜着の裾をたくしあげ、直接内腿へと指を這わせはじめる。
無意識に逃げを打つレスタの背中を何度も引き戻し、懐の中に閉じ込めたままかれを手のひらに握り込んだ。
「…っ、」
ゆるゆると擦りあげる刺激を送るたび、レスタが堪えるように小さく首をすくめる。
背中から抱きしめる腕を振りほどきたいのに、身を捩ることもできなくて焦れったい、そんな気配が見てとれた。
むろん抵抗したいわけもない。ただ同じようにレスタもクラウドを抱きしめたいだけだ。
それなのにこんなふうに背中から懐に閉じ込められている状態では、レスタはクラウドの顔を見ることすら儘ならない。それが焦れったい。
「…、ん……」
熱を帯びたレスタのものが指先の愛撫に芯を持ち、やがてクラウドの手の中で震えながら欲情を示しはじめた。
「…っ、…クラウド、…」
替えたばかりの白い吊り布がほどけたところで、レスタは思わず肩の上へと右手を伸ばした。うなじに触れるクラウドの吐息をこちにら引き寄せたかった。
「馬鹿おまえ、右手…」
手首は動かせないように添え木で固定してあるが、不用意に力を籠めればよけいな負荷になりかねない。クラウドは包帯につつまれたレスタの右腕を制すると、やんわりと下に降ろしてやりながら身体の向きを正面に変えた。
それでようやくレスタはクラウドの顔を、眸を、見ることができた。
両腕でこの男を抱きしめることはまだ難しいが、間近な黒髪を引き寄せるようにしてレスタはクラウドの唇に触れた。
応えたクラウドは誘うようにかれの唇をひらかせ、見え隠れする甘い舌を吸いあげた。
「レスタ…」
囁きを合図にして、レスタの身体を寝室へと運び込んだ。
最初の夜から、いつだって昂ぶる感情は抑えをなくしてレスタを欲した。
何度かれの腰を思うまま揺さぶり、何度その身の奥へ熱い欲望をそそぎ込みたいと思ったかしれない。
隠れた膚のすべてにくちづけを降らせ、しなやかな身体を眼下にあばいて、己の痕跡と所有の証をレスタの全身に刻みつけることを望んでいた。
したたる欲望を溢れさせるクラウドの凶器は、レスタをまえに獰猛に息づいている。
なのに現実のクラウドはというと、最初の夜も、二度目の翌日も、そのあとも、そして今夜も。
自分でも苦笑が浮かぶほど甘く濃密な愛撫と、手順をふまえた丁寧な前戯に時間をかけた。そして最後の最後にほんの少し、理性を保ちつづけた自分への褒美のように、レスタのなかへ昂ぶる己を埋め、騒ぎ立てる欲望を堪えて吐精した。
自制をなくさないよう浅く穿つのも、緩やかな抽挿に終始するのも、すべてはレスタの怪我に配慮したものだ。
クラウドにとってレスタの怪我は自制になった。
それでも身体は満たされたし、心はもっと潤沢に潤った。湧水のように満たしてくれた。
そこには欲望以上のものが息づいている。言葉にすれば簡単なことだ。
ただ、好きでどうしようもない。
こんなにも、心だけではどうにもならないほどに。
だから相応しいというなら、どちらにとってもこれ以上相応しいものもない。
同じように求めて、同じように与えて、同じように応えることが出来る。たったそれだけのことがどれほど奇跡に近いことか、レスタの最も身近にいる大人がそれを自分たちから正しく感じとったことを、クラウドはめずらしくとても有り難いと思った。
きっとレスタもそう思ったから、クラウドに城代の言葉を話して聞かせようとしたんだろう。
背中の龍神には決して抱かないクラウドの感謝のひとかけらは、そうしてまったくべつの人物へと向けられることになった。
果たしてレスタへの親愛をありありと示した龍神は、そんなクラウドにとって最大の理解者などではなく、いちいちレスタの気を惹くうるさい邪魔者なのかもしれない。
いずれにせよレスタには頭の痛くなるような甘い話だ。
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