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Ⅱ.体に優しいお野菜編
31.僕、初めてのお買い物です②
しおりを挟むぐったりとこうべを垂れて、ピクリとも動かない。
椅子の下にはほぼ固まりかけた血だまりができている。
身動きが取れない状態で、いたぶられたのだろう。
近づいて確認すれば……ただ一見しては、誰だかわからない顔貌に変わり果てていた。
腫れあがって血まみれの顔は、右目がつぶされて、右耳が無い。
右手と、左の指、あと足の爪が全部無くて……全身あざだらけ、血だらけだ。喉もつぶされているらしく、微弱に繰り返される呼吸はヒューヒューゴロゴロと雑音と喘鳴を伴っている。
声も出せないのだろう。
手をかざして内傷を確かめると、お腹に刺し傷が2か所。
あ、これ。きっと刺されたうえ、中でぐりぐりされたみたいだね。
あー……とっても痛そう。すっごく痛そう。あ。でも、ここまできたら、もう痛いとも感じないかも?
死にかけ?瀕死?意識不明の重体?うーん?この人、なんでこんなことになってるんだろうね?
事情は分からないけれど、このままじゃダメだ。急いでキレイに元通りにしないと。
僕はかざした手をそのままに、傷の一つ一つを元通りに復元していく。
半分ほどだろうか。治癒したところで、うーうーっと酷いうめき声をあげて、お兄さんが苦しみだした。
ああ。そうだよね。
こんな目にあったんだから、正気でいられるはずが無いよね。身体だけ元の通りにしても、きっと心が壊れちゃっている。
うんうん。この傷つけられた間の記憶だけは、キレイに消しちゃおうね。
ふわふわと僕の竜気が漂って、やがて欠損した部位が再生されて、傷も全部キレイに治癒していく。
すべてをキレイに直してしまい、頭の先から足の先、身体の中まで元通りになっていることを確認して、手を離した。
これで良し。全部キレイに元通りだよ!
しばらくして、ふっとお芋お兄さんの瞳が開く。
足元にしゃがみ込み、顔を覗き込んでいる僕に気づき、きょとりと呆けた顔をして固まった。
はくはく口を開閉して、小さな声で言う。
「あ………え……?俺……」
呆然として、混乱しているところ、申し訳ないけれど。
僕にはまず、確かめなくてはならないことがある。
「ねぇねぇ。あのキャンディ屋さん、なんて名前だったっけ?」
もう、ダメだよ。肝試しだかなんだかしらないけど。危ないことしちゃ。
あのままだったらお兄さんの方が幽霊になっちゃったからね。
竜はもしかしたら幽霊とも話しできるかもしれないけど、わからないもんね。
そしたら、キャンディ屋さんの名前、聞けないでしょ?
僕の問いに、お芋お兄さんはしばし考えて……くるりと目を上転させ、再び気を失った。
ああーっ!ダメだよ!!お店の名前、教えてから気失ってくれなくちゃ!
その後、どんなに声をかけても揺さぶっても、お芋お兄さんは目を覚ます気配が無い。
あーあ、残念。これは、今日中にはキャンディ屋さんに行けそうにないなぁ。
僕は今日の予定を変更し、とりあえずお芋お兄さんを椅子から解放し、家に連れて帰ることにした。
*
お芋お兄さんは僕の気も知らないで、僕のベッドですやすや昏々と眠り続けた。
一晩明けても、全然覚醒しそうにない。
あの傷だからなぁ。
治したといっても、受けた侵襲がなくなるわけじゃないから、当然と言えば当然だけど。
ベッドの横にべったりと張り付いて、僕はずっと、じーっとお兄さんを見守り続けた。
僕は寝なくても平気だから、どれだけ僕のベッドを占領してくれても構わない。
ただ一つ。
キャンディ屋さんの名前を教えてくれさえすれば。
僕、お店の名前を聞くまで、絶対にここを離れないから!
お芋お兄さんは数時間おきにぼんやりと目を開けるときがあって、うつらうつらしているらしいその時に、僕は繰り返しキャンディ屋さんの名前を尋ねた。
もう日がのぼり、お昼ご飯の時間になるころ、7回目のうつらうつらタイム。
僕の繰り返し尋ねる質問に、ぼーっとした表情で、何かを言いたげにこちらをじーっと見て、
「…………ミルボン」
と、つぶやいて、ふっと右の口角だけで笑い、お芋お兄さんは再び瞼を閉じた。
ミルボン。ミルボン。ミルボン………うん、今度こそ覚えた。
「ありがとう!」
あとは、ぐっすり好きなだけ寝てください。
誰も睡眠を妨げないよう防御と防音を家全体に施して、僕は家を出た。
*
ヴァルは昨夜は家に帰ってこなかった。
事件や事故があると、そのまま泊りになることもあるとは言ってたけど。
自警団に派遣されてから、遅くなったり泊まることはあっても、連絡もなく帰ってこなかったのは初めてだ。
やっぱり神官って大変だね。いや、この場合、自警団が大変なのかな?
さらに、僕のお腹の好き具合の方が問題であって……。
ぐきゅるるうるぅぅぅ……
久しぶりに盛大に鳴るお腹の音に、ふぅっと溜息を一つ。
今日あたり……ヴァルにいただきますをお願いしないといけない。
お芋お兄さんをキレイにするのに、たくさん竜気を使っちゃったから。もう、ムリ。
でも、僕、上手にお願いできるかな……。
お買い物に行く前に、竜体でぐるりと街の周りを見回る。ちょっとだけヴァルに遭遇しないかな、なんて期待したけど、会うことはなかった。
夕方ごろ街に出て、今度はヴァルに会わないように気を付ける。街中を一人でうろうろしてるの見られたら、大変だから。
キャンディ屋さんミルボンには、今度はすんなりとたどり着いた。
こじんまりとした小さいお店だけど、大きな窓から店内を一望できる雰囲気の良いお店だ。
扉を開けば、カランカランと鐘がなる。
うわぁ……すごい、キラキラしてる。綺麗。
透明の瓶には色とりどりのキャンディが詰められ、ずらりと並べられている。まるで宝石のようにきらきらと輝いていた。
きれいで、甘そうで、とっても美味しそう。
…………でも、僕は、いらないや。
だって、もっと美味しいキャンディを知ってるから。
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