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24.テオドールの一日②(テオドール視点)

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「私はね、テオドールが皆にとって利益しか無い、と言うから、今回の計画に同意して、協力したのよ。
 それがどうしてシリルが『女神の願い』を飲んでるわけ?」

 “恵みの乙女”の言う、「今回の計画」とは、女神シュリアーズへの感謝を表す収穫祭において、王太子殿下と騎士ギルバートの婚姻を電撃的に宣誓した、あの全貌についてだ。

 王国を挙げての最大の祭事、さらにその最終日の最重要なプログラムでのサプライズだ。事前に何度も打ち合わせ、綿密に計画したことは言うまでもない。

 王太子と騎士ギルバートの関係は極秘の事項ではあったけれど、僕と“恵みの乙女”だけは以前から知っていた。
 “恵みの乙女”が現れて以来、年々高まる王太子との婚姻を望む声を、最も嫌忌していたのは実は王太子だった。

「今回の計画に関していえば、君が二人の関係を引っ掻きまわしたのが、そもそもの原因じゃないか」

 そして、王太子よりもギルバートよりも、一番前のめりに、嬉々として今回の計画を実行したのは彼女だ。

  “恵みの乙女”は王太子とギルバートに近づき、火種になりうる行動をとっては、拗れる二人を観察し一人盛り上がっていた。

 何を考えてのことかは知らないが、悪趣味だし、理解できない。

 ギルバートは、非常に実直な性格で王太子のためであれば、死すら厭わないきらいがある。融通が利かない男だ。

 だから、そのような状況が続けばいずれギルバートが、“恵みの乙女”と結ばれることが殿下の幸せだ、と身を引こうすることは目に見えていた。

 そして、それにより王太子が暴走してしまうことも、容易に想像がついた。あの男は、柔和そうでいて芯が強いからこそ、思いが募った時の性質が悪い。

「いや、当て馬としてはきっちり役割を果たさないと、と思って」
「何?当て馬って」
「独占欲からの闇堕ち監禁もアリだな、て」
「闇堕ち?」
「私、メリバも大好物なのよね」

 単語がわからないけれど、悪食なのだけは理解する。

 彼女は時折こうして一人の世界に入り込んでは、理解不能な言葉をぶつぶつ唱えることが多々あって。

 その点がシリル兄さんと似ているのが、また僕を苛立たせる。

「あと数分、僕たちが王太子殿下の自室に押し入るのが遅ければ、互いの同意でもってギルバートは二度と騎士をできない体になっていただろうね」

 必然として、その日はやってきた。

 身を引くためにギルバートが王太子に辞職を願い出て、それに憤り昂った王太子が自室に彼を閉じ込めたのだ。

 もう少し遅ければ、ギルバートが逃げられないように、何かしらの対策を講じられたはずだ。

 その策が穏便なものでは済まなかったろうことは、王太子の只ならぬ様相から明らかだ。

 とりあえず、あの王太子にはギルバートがいれば問題ない。
 後は二人がどれだけ睦み合おうと、仕事をしてくれれば僕には関係の無いことだ。

「君のせいで、早急にあの二人の関係を安定させ、公然のものにしなくてはならなくなった。その主な誘因となった自覚はないのかな?」
「あ、はい。
 メリバなんて現実で起こったら、周囲への影響も半端ない。迷惑行為極まりない。
 すいません、非常に反省してます」

 “恵みの乙女”は一人、項垂れた。
 どうやらきちんと反省はしているらしい。

「でも、いい働きしたでしょ!
 今二人が蜜月なんだから、結果オーライよね!さらに新たな子孫繁栄の礎を築けるなんて!!最高でしょう!」

 全く反省していない。

 これが、“恵みの乙女”だなんて、女神シュリアーズとは全く気が合いそうにない。

「君のその性分は、ある意味尊敬するし、少しシリル兄さんに分けて欲しいよ」

 あの人は、「悩むのは性に合わない」なんて言っているけれど、殊自分のことになるといつまでも堂々巡りで苦悩している。

 この人くらい、割り切れていればきっともっと……いや、そうなったら、シリル兄さんはシリル兄さんではなくなるな。
 
「やっぱり分けなくていいよ」

 ぐるぐるしているあの人を見守るのも、僕の楽しみの一つなのだ。

 思い切った大胆な行動と、根っこの部分は意外とうじうじしていて脆弱な精神構造の融合が、あの人の一番の魅力だ。

「あのね。訳分からないこと言ってるけど。
 ただ優しいだけじゃ“恵みの乙女”なんてやってらんないのよ。
 現実の真実の愛なんて、グダグダのドロドロで、愛憎渦巻くいろんなものにまみれて汚い俗物よ」
「それは不本意だけれど同感だな」

 現実なんて、いつもそんなに綺麗なものじゃない。

「て、話が逸れてるじゃない!
 私が言いたいのは、シリルに『女神の願い』を飲ませるなんて、どういうつもりなのか、て話よ」

 彼女がシリル兄さんの親しくしているのは知っている。
 “恵みの乙女”は、早速シリル兄さんと接触し、何かしらの情報を得たに違いない。

 なんでも、僕たちがまだフォレスター領にいる頃から、二人は知り合いらしい。

 シリル兄さんも彼女には随分と気を許していて、砕けた様子で表情豊かにコミュニケーションをとっている。

「それ、君に何か関係があるのかな?」

 あの収穫祭の日、シリル兄さんがわざわざ午後から休みをとっていることも、当然確認済みだ。

 そして、収穫祭に参加した後、僕の政務室にやってくることも簡単に予測できた。
 予測した上で、秘薬『女神の願い』を準備していたし、人払いをして万が一にでもシリル兄さんの姿も声も誰にも知られることが無いように采配したのだ。

 確信犯に決まっている。

 唯一訂正することがあるとすれば、本当に『女神の願い』を混ぜたのは、シリル兄さんに同意を得て一通りの行為が終わった後、彼に飲ませた果実水だ、ということだ。

 プラセボは馬鹿に出来ない。
 
 ほんの数滴とはいえ、果実酒はプラセボとは言わないかな。シリル兄さんは、お酒が弱い。

「君が友人だとしても、僕とあの人の問題だよ。
 何か口を出す立場でもなければ、権利も何もないよね」

 度々こそこそと囁き合っている二人は、物理的にも心理的にも距離が近い。そして、何かしらの秘密の共有をしているのは明らかだ。

 つまり、僕が嫉妬するくらい二人は親しい。
 つまり、僕は彼女のことが、好きになれない。

 そして僕は、好きではない相手に親切丁寧に対応することに、全く意味を見出せない。

「っ!!そうはいっても…っ!シリルの精霊力マナが崩れたら、あんだけの規模よ!どうなるかわからないでしょう?!」
「あの人が心配だって、素直に言えばいいのに」
「っっ!!!!ああぁぁっ!!本当にっ!そういうところ、性格悪っ!!!」
「シリル兄さん以外に、良く思われる必要も無ければ、価値も無い」

 これは僕とシリル兄さんの問題だ。

 シリル兄さんに対して、僕が必要だと思った薬を無断で混入することは、事前に許可されていることだ。

 むしろ、シリル兄さんにお願いされてすらいる。

 いかにして精霊力マナに敏感なあの人が気づかないように混ぜるか、指南書まで提供されているくらいだ。

 シリル兄さんは極度の薬嫌いで、入っているとわかると口を付けることができない。
 精霊医薬師なのに薬嫌いなんて、と本人は気にしているようだから、これは二人の秘密だ。

「『女神の願い』って大丈夫なのよね?」
「自分で鑑定しておいて、僕にそれを聞くの?
 それを確かめるために、念には念を入れて、君に鑑定してもらったんだろう」
「でも、シリルはちょっと、具合が悪そうだったわよ。珍しく作業中、休憩していたから」
 
 それは……昨夜、ちょっと無理をさせたからかな。

 理由はわかるが、あえて教えてあげる義理は無い。僕とシリル兄さんだけの秘密だ。
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