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47.クッキーは進化した

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 ここはヴァン家のレストランだったらしい。手広く商売をしているのは知っているけれど、飲食店も経営していたのか。

「へぇ……ここ、ダニエルの店だったのか」
「そこそこ有名なはずなんだが」
「ごめん、興味なくて」

 おれは、流行り廃れに興味がない。

「ぐっ……んんっ、自然と抉ってくるから、防御できねぇっ」

 何やら、胸を押えて苦しむダニエル。
 あ、やっぱりダニエルも体調悪い?


「予約を取ってもらって、ありがとう。息抜きになったわ」
「いやぁ、こっちこそ、願ったり叶ったりだよ。
 “恵みの乙女”とフォレスターのご両人に来店してもらったとなれば、箔がつくからな」

 あ、やっぱり予約を捻じ込んだんだ。
 まさか支配人に直接交渉していたなんて。どうりでいい個室だと思った。

「それに、シリルにも用事があったからな」
「え?おれ?」
「いやぁ……実はだな。前にシリルからもらった精霊力マナの蓄積器なんだけどよ」
「ああ……あれね」

 精霊力マナの蓄積器とは、おれが開発したもので自分の精霊力マナを貯めておくことが可能で、持続して精霊力マナを放出、利用できる装置だ。
 元々は生育に持続的に高濃度のマナが必要な薬草の栽培のために、おれが開発したものだ。

 実はこれ、おれがクッキーのナッツに精霊力マナを込めていた手法とその原理を研究した結果、開発に成功した装置だったりする。

 ダニエルが常々、商品の品質保持……特に精霊薬の保管ために持続したマナの供給が必要だけど、運搬過程で常時それなり精霊力マナを供給し続けることが大変だと言っていたので、使っていなかった一つを彼に提供したのだ。

「実は……紛失しちまったんだ」
「紛失……」
「すまん。せっかく、譲ってくれた貴重なものを……」
「ふーん……」
「落とし前はきっちりつける。どうしたらいいか教えてくれ」

 落とし前って。まるで切腹でもしかねない沈痛な表情で頭を下げるダニエルに、

「また、必要なの?いるならあげるけど」

 おれはそう返答した。

「かるっ!え!?……かるっ!!マジか!!?」

 ダニエル慌て過ぎじゃない。若干キャラ変わってる。

「だって、別に作るの自体はそんなに難しくないよ、あれ」

 材料は特殊だけど、そもそもダニエルから購入した物品で作ったものなので、更に必要となれば、そろえるのは簡単だろう。

「あ、これ……あれだな。
 自分には簡単すぎてどんだけすごいことかも、それがあるのがどんだけ便利かもわかってねぇやつか」

 いや、簡単とかすごいこととか便利とかいう話じゃなくて、いるならあげるよ、て言ってるだけなんだけど。

「結局は、盗難にあった、ということだよね?」
「はっきりしないが、おそらくな。厳重に保管してたから、間違って廃棄ってーのはありえねぇ……多分、内部の人間の仕業だ。くそっ」
「そうか……それは、ちょっと…良くないかもしれないね」

 おれが作った精霊力マナの蓄積器は、おれが研究室で使っている2つと、ダニエルに譲った1つの3つしかまだ存在しない。当然公にはなっていない技術だ。

「ああ。あんな風に精霊力マナの蓄積、利用が可能になったらだな。精霊力マナの売買の可能性も出てくるからな」

 例えば、献血のようなものだと思ってもらえばわかりやすい。もし、献血が金銭や権力でもって可能な行為だとしたら、それはもう臓器売買と一緒だ。

 つまり、金銭や権力などの強制力で精霊力マナを搾取、利用できる可能性があるということだ。

「以前から考えちゃいたんだがよ。その辺の法整備もしとかなきゃ、ヤバいだろうってな」
「そうだな。個人利用なら、と思っていたけど……何かしら取り締まる制度が必要になってくるな」
「あー……今の時間、テオドールは自分の政務室にいんのか?」
「いや、今の時間は王太子殿下の政務室にいると思うよ。テオドールも忙しいから、おれでできることなら代わりに聞くけど。
 ああ、でも領地をまたいだ窃盗被害の調査や法整備なら、直接した方がいいか」

 フォレスター領のことや精霊医薬学の分野以外は、おれは完全に専門外だ。
 王太子殿下やその側近であるテオドールに話を付けた方がいいだろう。

「いや、法整備についてはもう申請してるし、窃盗被害の調査はヴァンうち家が総力を挙げてんだがな。
 これはシリルが作った貴重なものを紛失したっていう最重要事案だ。だからおれが直接テオドールに話をつけに行く必要がある。そのために、わざわざ正装してきた」
「どういうこと?」

 正装しているのは、店に出るためじゃなかったのか。なんでテオドールに謝罪する必要があるんだ?

「以前、シリルの私物を持ち込んだやつがテオドールに——」
「ちょっと!」

 ダニエルの言葉をミアが遮って、さらに彼の口を両手で塞ぐ。

「ダニエル、あなた死にたいの?」
「ちょっと、待って。おれの私物を持ち込むって、どこに?」

 さっきから話が良く見えないんだけど。

「ああ、ほら!ばっちり聞こえてるじゃない!」
「意味は分かってねぇから、大丈夫だろ。大体、過保護過ぎんだよ。面倒くせぇ」

 ミアの手を引き離すと、ダニエルはじっとおれを見た。睨むような、見定められるような視線で、上から下までまじまじと見つめられて居心地が悪い。

 はぁ、とダニエルは大きく息を吐く。

「まあ、色々需要があるって話だ」
「需要……」

 それはつまり、おれの精霊力マナ的な意味か?それとも研究の資料か何かだろうか。

「とにかく、他から知られる前にテオドールに真摯に謝罪しとかないと。
 特に今回は内部の人間が関わってるようだから。早急に対応しないと、うちの商会の存続に関わってくるってわけだ」
「なるほど………?」
「どういう目的で盗んだわかんねぇけど、シリル狙いってのが一番ヤバい。これは間違いない」
「いや、どう考えてもおれ狙いは一番平和だろう?」

 どう考えたって、臓器売買の方がヤバい。

「はぁ……お前って、本当に何も分かってねぇんだな……」

 ダニエルは苦い表情で眉を顰めると、盛大に溜息をついた。

 この残念なものを見るような眼差しには覚えがあって、あのミアがおれをジト目で見てくるときの呆れたような表情と同じだ。ふとミアを見ると、やはり同じような表情をしていた。

 ミアもダニエルも、おれに対して失礼過ぎない?
 おれ、そこそこミアにもダニエルにも色々と協力していると思うんだけど。

「シリルはもっと危機感を持った方がいい。あんま、隙見せんな。じゃなきゃ、悪いのに食われちまうぞ」

 昼食を食べに来ているのに、食われるとはどういうことだ。

 理解できずに困惑するおれをよそに、ダニエルは苦笑すると、大きな荷物を立派な馬車に積んで、レストランを超特急で後にした。

「ねえ、シリル」
「なに?」
「ダニエルってさぁ、シリルのこと………いや、いいわ」
「え?なんだよ。気になるじゃないか」

 言いかけて止めるとか、嫌がらせだ。

 食い下がってみるものの、それ以上ミアは話す期は無いようで、「テオドールは知ってるのかしら、まあ、知らないわけがないか」と言いながら、出されたハーブティーを飲んだ。

「シリル、美味しかった?」
「美味しかったよ」

 おれの答えに満足げに顔を綻ばせるミアは、ちゃんと19歳の女の子にみえた。

 噂の調査のついで、という名目で食事に誘われたおれだけど、その食事もついでだったようだ。

 話題について会話した時間の長さを考えれば明解だ。

 相談に乗ってくれた年下女性に食事代を払わせるのも恰好がつかないので、ここはおれがお会計をさせていただく。



 いやはや、さすがは人気店だ。結局おれは、心配代を現金で払うことになった。

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