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67.裏にある気持ち②

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 テオドールは怒気を孕んだ声で、吐き捨てるように言う。

 真っ暗なのに、テオドールの顔はよく見えた。直接的にテオドールから怒りを向けられたのは初めてで、思わずたじろぐ。

 けれど、今はそれよりも、テオドールの言葉の内容の方が気になった。

「捨ててしまえばいい」
「な……っ!」
「だって、あなたが大好きな人たちは、最低だよ。最低で、最悪だ。いなくなればいい」
「おい、テオっ……どういう――」
「僕はその中に含まれてないの?」
「え?」
「シリル兄さんの、大切な人の中に、僕は入っていないの?」

 なんで、そんな当たり前のことを聞くんだよ。

「そんなの、入ってるに決まってる」

 この世界でいえば、テオはおれにとって、もっとも生に結びつけるよすがだ。

 テオになら、殺されてもいいなんて、残酷な願いを抱くくらいに。

「だとしたら、僕のことを随分と性格が悪いと思っているんだね」
「は?そんなこと、あるわけ——」
「だって、大好きな人が幸せになるのも許せないような、そんな非情な極悪人だと思っているんでしょう」
「―――っ!!!」

 言葉を失う俺に、テオドールは淡々と続ける。

「あなたが孤独に苦しむ姿を見て平気な人なんて、それを望むような人なんて、あなたが大切にするべき人じゃない」

 そう言って、テオドールはおれの額に一つ、口づけを落とした。

「絶対にいつも一緒にいるよ」

「大好きだよ」

「シリル兄さんが、いてくれるだけで、僕は幸せなんだよ」

 言いながら、テオドールは何度もおれの額にキスをした。
 かつて、おれが繰り返しテオドールに囁いた、おまじないを。

「シリル兄さんが死んでも、僕はずっと一緒にいるよ」

 わかっている。

 おれはテオドールを守るふりをして、おれこそがずっとテオドールに守られていたんだって。
 おれはずっと分かっていた。

 テオドールが、こんなおれがいるだけで幸せだ、て……大好きだって……おれを、ずっとこの世界に、繋ぎ止めてくれていた。

「ごめん……ごめん、テオ」
「何を謝っているの?」
「ずっと…一緒にいる、て言ったのに、……おいて…いこうとしたこと……あと…テオに……」

 殺して欲しいと、願っていたこと。

 テオは優しい。
 おれの、心の奥底に隠した願望をきっと理解していて、それでも否定せずに、ずっと傍にいてくれた。

 おれは愛されてはいけない、と。愛する人に、不幸にされるなら本望だ、と。

 大切な人たちを不幸にしておいて、おれだけ幸せになんて、なっちゃいけないって。そう思っていたはずなのに。



 今世のおれは、どうにもあきらめが悪いらしい。

 おれは、テオドールに手を伸ばす。その手が、みっともなく震えていて。テオドールの腕を掴み、その握りしめた自分の手をじっと見つめた。

 ああ、そうか。テオが言っていた通りだ。こうして、おれがテオに手を伸ばすのは……求めるのは、確かに初めてだ。

 おれは、苦しいときも、痛いときも。寂しくても、虚しくても。
 そして、甘い熱に浮かされたようなあの蕩けるような時間でさえも、こうしてテオを求めたりしなかったんだ。

 いや、できなかった。
 伸ばした手を、掴まれることも、振り払われることも、怖かったから。

 でも、もう。これ以上は、どうにも誤魔化せない。

「テオと……一緒にいたいのをっ…おれ、どうしてもあきらめられない……っ」

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 どうしても、これだけはあきらめられない。

「おれ、テオと一緒に、生きたい。おれが、テオを幸せにしたい」

 おれは大好きな人と、一緒に生きたい。
 そして、おれが幸せにしたい。

「おれ、テオが好き。好き……おれ…テオが大好きだよ」

 この想いが、おれをこの世界で、今まで生かしてくれた。
 間違いなく、そう断言できる。

「うん」

 だから、怖いんだ。切実なんだ。

「おれは……テオに愛されたい。二人で一緒に、幸せになりたい」

 ――……この願いが潰えたら、おれは生きていけない。息をしていても、きっとおれは、おれではいられない。

「やっと聞けた」

 いつになく、柔らかい声がして、いつものおれの好きなテオの精霊力マナに包まれる。

 ぎゅっと強く閉じ込められたのが、テオドールの腕の中だと理解するには、数秒を要した。

「やっと、僕を欲しがってくれたね」

 ふと、見上げれば、テオドールが見たことも無いような、幸せに満ちた顔で笑っていて。これ以上に、美しいものは、この世界には……いや、他の世界にだって、無いと思った。

 きらきらと眇められた銀色の三日月が輝いて、おれを明るく照らしてくれる。

「みんな、願っているよ。
 あなたが大好きな、あなたが大切な人たちは、みんなあなたに幸せになってほしい、て。たくさんたくさん、笑って欲しい、て願っているよ」

 テオドールの言葉がじんじんとしみ込んでくる。

 すると、母さんの、父さんの、妹の顔がおれの中に、自ずと浮かび上がって。いつもはぼやけていて、どんな表情をしているのか、はっきりとは思い出せなかったのに、今はありありと、現実のもののように鮮明に思い出される。

 それは、幸せに包まれた、おれを囲む温かい愛情に満ちた、みんなの一番いい笑顔。

「こんな……嫌なことを、考えてしまう、おれでも…いいのかな…」
「そんなの、いいに決まってる。
 僕は、あなたの、その矛盾こそ美しいと思っているのに」

 そして、「でも、絶対に僕をおいてはいかせない。もう二度と。たとえ死んでも、ね」と耳元で囁いた。

「あなたはただ。僕に愛されて、笑っていて」

 それなら、大丈夫。

 だって、おれはテオが傍にいてくれれば、いつだって笑っていられるから。

 おれも、テオドールの背に手を回して、ぎゅっと強く抱き締めた。頬にテオドールの体温が伝わってくる。そして少し早い鼓動が響いてきた。

 おれの鼓動はもっと速くて、それがテオドールに伝わってほしいな、と思った。

 心の奥から、せり上がって来るのは、これまで押し込めてきた愛しさだ。勝手に溢れてくる涙は温かくて、優しかった。

「でも……シリル兄さんの好きは、どういう意味の好きなの?」
「へ?」

 予想外の質問に、おれは思考が停止した。
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